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 部屋は普段は後宮の妃たちが使う貴賓室であり、後宮の敷地ではない。

 絨毯が端まで敷き詰められた廊下を進むと、噴水のある広場に出た。周囲を取り囲む回廊を歩き、反対方向に入ると、今度は大きな円形の出入り口が現れる。上を見ると、鉄格子があがっていた。夜はおりているのかもしれない。中は城門の詰所のようになっており、兵士がフィーネを見て頭をさげた。


「ここから先が後宮の敷地になります。ジル様は初めてですわね。護衛がいなくては、不安ですか?」


 カミラとジークは、フィーネから「ただの散策ですわ。それとも、まさか私が竜妃殿下に害をなすとお疑いなの?」という遠回しな脅しを受けて、ついてきていない。どうせ警備の確認などやることは山のようにあるので、そちらに回ってもらった。


「いえ。一度入って配置を確認しておきたかったので、いい機会です」

「さすが竜妃殿下、頼もしいですわ」


 再びフィーネが歩き出す。後宮を囲った壁の内部なのだろう。少しだけ暗がりの石造りの通路が続き、やがて外からの光が差し込む。

 そしてジルが踏み出したのは、白い花が咲き乱れる花畑だった。

 想像していた華やかさはまったくなかった。花畑も、手入れされた様子はない。真ん中にぽつんとある傾いた東屋のおかげで、埋もれかけている石畳の通路があるとわかる。おそらく元は前庭だったのだろう。

 だが今は、真っ白な花畑に覆い尽くされた、さびれた庭園にしか見えない。


「ここが後宮……ですか?」

「竜葬の花畑です」

「こ、ここが!? あの!?」


 ぎょっとしたジルに、フィーネが意味深に笑む。


「あら。まさか誰かとお約束されてました?」

「そ、そんなわけないじゃないですか! でもなんで、こんなところに」

「こちらが竜妃殿下の後宮――竜妃宮だからです」


 フィーネがすっと左方向を長い指で示した。余計な装飾のない簡素な外観の屋敷が、花畑に埋もれるようにして建っている。


「竜妃宮……わたしの、後宮の、宮殿ってことですか。三百年放置されてるっていう……」

「はい。私たち皇妃が暮らしているのは、あちらです」


 今度は花畑の向こう、正面を指さされた。仕切りの鉄柵があり、その向こうにはアーチや芝垣が供えられた庭園と、大きな建物が見える。黒い屋根が新しい、華やかな屋敷だ。見えているのは側面らしく、玄関は見えないが、大きな建物だとはわかる。


「……竜妃宮とは完全に仕切られてるんですね」

「竜妃の領分に皇妃は立ち入れませんから。竜妃は皇妃のひとりですが、皇妃は竜妃ではないのです。皇帝であっても、竜帝でなければ、竜妃宮を使えません。前皇帝も後宮へのお渡りは正面通路をお使いでした。竜妃は特別なのです」


 特別と言えば聞こえがいいが、ものすごく孤立している、ということではないのか。目の前に広がる光景も、特別な場所というよりうち捨てられた場所に見える。


「特にここに出入りするのは、あまりよいことではありませんしね。三百年前の竜妃が、逢い引きに使った場所ですから」


 ぎょっとしたジルに、フィーネがからかうように笑った。


「子までなしたという話です。竜帝自ら斬り捨てたと伝わっています」


 いつぞや見た、三百年前の竜妃の記憶と一致する。


「そ、そんな記録まで、残ってるんですか……」

「いいえ。竜帝は竜妃に関する物をすべて焼き払いました。ですが後宮は閉ざされている分、時間の流れが外より遅い。口伝で残るのですよ」

「……な、なんかすごいですね」

「お相手は、よりによって竜帝の弟だったそうですよ。ジル様もお気をつけくださいませ」

「はい? どうしてわたし……まさか」


 ルティーヤを疑っているのか。だがフィーネは笑みを深めるだけで肯定も否定もしない。

 忠告なのか、皮肉なのかもわからない居心地が悪さに、そろそろうんざりしそうだ。


「……あの、嫌がらせならストレートに言ってくれませんか。わたし、そういうのあんまりきかないというか――」


 フィーネが人差し指を唇の前で立てた。それから内緒話のように、身をかがめてジルに耳打ちする。


「実は、カサンドラ様が竜葬の花畑に通われているという話がありますの」

「えっ!?」


 密会に使われると噂の花畑だ。そんなところに、第一皇妃が通っている。嫌な予感しかしない。うろたえるジルに、あくまで静かにフィーネは続ける。


「何よりジル様は、ここなら自由に出入りができます。竜妃ですから」

「そ、それはそうかもしれませんが……えっまさかわたしに、第一皇妃殿下がくるまで張り込みしろってことですか!?」

「名案でしょう?」


 目をきらきら輝かせて同意を求められた。


「ひとは弱みを秘密にするもの。そして他人と仲良くなる秘訣は、秘密の共有です。きっと第一皇妃殿下の秘密をつかめば、竜妃殿下とも仲良くしてくださいますわ」

「それ、弱みを握って脅せってことですよね!?」

「あら、私そこまで野蛮なことは言っておりませんわ」


 不思議そうに言い返されて、頬がひくつく。だんだんフィーネのやり方がわかってきた。絶対に言質をとらせず、思わせぶりに他人を動かすのだ。


「狙いはなんですか」

「立派な竜妃になっていただきたくて」

「いいですもう、わかりました。やればいいんでしょう、やれば! そのかわり絶対、ドレスと花冠のデザイン、変えてもらいますから!」


 デザインひとつ変えられない今のままでは、ジルが願った成功の形にはならない。最悪、いいように使われて終わりだ。


「竜妃殿下は、思い切りのいい方ですわね。見ていて元気が出ます」

「それ、ほめてませんよね? 後宮らしい振る舞いはできてないって」

「竜妃が皇妃と同じ振る舞いをしてどうするのです。あなたはただただ次の竜帝を生むことだけを求められる私たちとは違う」


 鋭い返しに、ジルは驚いて振り返る。だがフィーネはすぐに笑顔で本音を覆い隠してしまった。


「管理人がひとり出入りしておりますが、竜妃殿下がここにいることは伏せたほうがよろしいでしょう。第一皇妃殿下に気づかれれば、さけられてしまいますから」

「あ、はい。そうですね」

「では私は失礼しますわ。長くここにいると、不貞を疑われてしまいますから」


 それは竜妃であるジルも同じではないのか。と気づいたときにはもう、フィーネは姿を消していた。

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