金蒼学級対抗再戦(終)
申し合わせたわけでもないのに、皆の出発の日は竜帝夫婦の帰国日と重なった。
じゃあまた、遊びにきて。
ラーデアで会おう。
色んな言葉が飛び交う中で、竜や船がライカから友達を乗せて出ていく。
もちろん、竜帝夫婦のご帰還はノイトラール竜騎士団が護衛する竜でだ。
「へいか! 陛下、わたしが竜に乗せて帰ってあげますからね!」
赤竜に鞍をつけてもらった先生が、はしゃいで兄の手を引っ張っている。竜妃なのに、今まで持ち竜がいなかったらしい。嫌われてるんだ、と本人はしょぼんとしていたが、合宿で散々竜を殴り倒していたのを見ていた自分たちとしては、納得しかなかった。
しかし、なんの因果か合宿で殴っていた赤竜が、出発準備中にひょっこり顔を出し、竜妃を送り届ける竜に名乗りをあげたのだとか。
「ほんとに大丈夫なんだろうな、ラーヴェ。……保証はしないってどういうことだ、おい目をそらすな」
「大丈夫ですよ、もし言うこと聞かないなら殴ってやります!」
「そうすると乗ってる僕らも墜落するんじゃないかな!? っていうか君、竜の操縦したことあるの?」
「えっ勝手に飛んでくれますよね?」
「う、うーん……その、とりあえず今回は僕が手綱持ったほうがよくない……?」
「だめです! わたしの竜ですよ! そうだ、名前つけないと!」
「ステーキは嫌だって」
「なんで言う前から!?」
何やらどちらが竜の手綱を持つかもめているようだ。だがふたり一緒の竜で帰る、というのは決定なのだろう。
つい、溜め息が出た。
「大丈夫か?」
「何が」
背後からノインに声をかけられ、反射的ににらみ返す。ノインは苦笑した。
「これから帝城で一緒に暮らすんだろう? 毎日あれを見て大丈夫かって、みんな心配してた」
「帝城は広いから、毎日顔を合わせるとは限んないだろ。特にハディスせんせーのほうはお忙しいはずだよ」
「愚痴なら聞くよ、俺は帝都に下宿するし」
「余計なお世話だよ。帝都の士官学校で田舎者扱いされて打ちのめされろ」
「いじめられたらルティーヤ皇子殿下に相談しようかな、立ち回り方を」
「ノイトラール竜騎士団に相談しろよ、見学にこいって誘われてるんだろ」
この年で緑竜を乗りこなすノインは、卒業したらノイトラール竜騎士団にとエリンツィア直々に勧誘されている。
「お前ならそのまま竜騎士になれるんじゃないの」
「そうだね、ノイトラール竜騎士団にはいずれお世話になるかもしれない」
自分でけしかけておいて、少しだけ胸がちくちくした。ルティーヤはいずれライカ大公国に戻る。でも、ノインはどこにでも行ける。
ルティーヤの横に、ノインが並んだ。
「優秀な竜騎士団が、ライカに必要だと思うんだ」
顔をあげると、ノインはまっすぐ海の向こうを見ていた。
「グンター先生たちの言い分も、わかるんだ。ライカで育てたのに、ライカにはその人材が残らない。でも、ノイトラール竜騎士団に負けないくらい立派で、優秀な竜騎士団ができたら、ライカにだって残ると思う。――どうかな、ライカ大公殿下」
悪戯っぽい問いかけに、ルティーヤはまばたいたあと、むっとする。
「ライカが竜騎士団を持つなんて、相当うまく立ち回らないと駄目だってわかってんだろお前! 無理難題言いやがって」
「今は無理でも、お前ならできるよ」
後頭部をはたくとよけられなかったので、一応無理を言ってる自覚はノインにもあるのだろう。
「おい、ルティーヤ! ノインも。そろそろ出発するぞ」
大声で、エリンツィアから名前を呼ばれた。
ふと見ると、ジルは結局ハディスに手綱をとられて鞍にまたがっている。ぶすっとしているが、とりあえず決着はついたらしい。そもそも、ハディスを前にのせジルがうしろから手綱を取るという体勢に無理がある。
「行くか。お前も帝都までは一緒だろ」
「ルティーヤ」
踏み出そうとした足を止めると、ノインが右手を差し出した。
「これからもよろしく」
「なんだよ、改まって……気持ち悪い」
「こんなふうに一緒に出発できると思わなかったから」
――それなら、自分だって。
ラ=バイア士官学校にきた頃、何もかもに嫌気がさしていた。襟を正せというノインのことはまぶしくて目障りで、一生平行線だと思っていた。
戦って、勝って負けて、同じ未来を見る友達になれるなんて思ってなかった。
「――お前、真面目だよな」
「お前がいつも誤魔化すからだよ」
右手を握り返す。
「ならお前、帝国一の軍人になれよ」
「じゃあお前は帝国一の政治家になれよ」
そして、一瞬だけ固く握り合って、離した。
■
ルティーヤは、大人の欺瞞に慣れている。
ジルのことは信用しているが、あの先生は竜妃だ。決して甘くはない。ロジャーもエリンツィアも親切にしてくれるが、本人たちの気質によるところが大きい。
初めて会うきょうだいなど、他人と変わりない。いや、他人より近い分もっと面倒な関係だ。警戒するにこしたことはなかった。
自分の立場は、人質なのだ。
あくまでラーヴェ皇族、竜帝の弟だから保証される地位。初めて見る帝城でルティーヤに皆が頭をさげても、そこを間違えてはならない。間違えれば痛い目に遭う。叶わぬ夢を見たまま死んでしまった祖父のように。
「おかえり、ハディス」
実際、出迎えに現れた宰相だという人物は、ルティーヤに目もくれなかった。
「ずいぶんご活躍みたいだったね、竜妃殿下と。すぐ帰るんじゃなかったのかな?」
「た、ただいま、ヴィッセル兄上……あの、リステアード兄上は?」
「あれは今、別件でベイルブルグにいる」
「えっ嘘。なんで? リステアード兄上がいなかったら誰がヴィッセル兄上から僕をかばってくれるの!?」
「今からじっくり説明しよう、執務室で。山のような書類がお待ちだ」
「えええ、やだ帰ったばっかりでやだーーージル、助けて!」
「今日くらいゆっくりさせてあげたらどうですか。新しい弟だってやってきたばかりですよ。フリーダ殿下に紹介したり、色々あるでしょう」
このままやりすごせないかなとひそかに祈っていたけれど、ジルにそんな思惑は通じなかったらしい。
じろり、と新しい兄の視線がこちらに向いた。わかりやすく冷たい目が、自分を品定めしている。
「ルティーヤ、だったか」
「そうそうルティーヤ!」
よほど目の前の兄が怖いのか、ハディスがルティーヤのうしろにまわった。
「ちょっ、何……」
「今夜はみんなで食事会にしよう! 僕、料理作るから!」
「ハディス。とりあえずこっちにきなさい。いい子だから」
「やだ! ひとりじゃやだ! ルティーヤと一緒じゃないとやだ!」
なんなんだと呆れていると、ルティーヤの両肩を持って前に出そうとするハディスの手に力がこもった。
「大丈夫、兄上はきっとこの子を気に入るよ」
瞠目したルティーヤの目に、表情を消したヴィッセルが映る。
それでわかった。ハディスはともかく、この目の前の兄は、ルティーヤを始末することも視野に入れているのだ。
ぽんと、軽くハディスがルティーヤの背を押した。
突き放すように。あるいは、励ますように。
「――ルティーヤ・テオス・ラーヴェ」
背筋を伸ばして、名乗った。
今までのように、嘲りをこめてではない。堂々とだ。
でなければ、ライカに竜騎士団を作るなんてできない。それが分かる程度には、大人になれた。
「それとも、もうライカ大公って名乗った方がいい?」
「……いいや、もっとふさわしい肩書きがお前にはある」
ふっとヴィッセルの表情がゆるんだ、気がした。
「竜帝の弟だ。――きなさい、ハディスと一緒に。これからの話をしよう」
小さくぐっと拳を握り、顎を引いて、ルティーヤは歩き出した。
(帝国一の、政治家か)
見るからに切れ者そうなこの兄をしのぎ、あるいは竜帝すら出し抜いて?
(無茶言いやがってさ)
未来はわからない。当然だ。
でもきっとこの道はどこかに続いている。
あの日あの瞬間笑い合ったみんなも、同じように歩いている。




