金蒼学級対抗再戦(8)
「つまり、金竜側は誰も旗を持ってなかったってこと!?」
「そう。本物の旗は戦場範囲のぎりぎりに端に埋めて隠してたの」
「守りも見張りもつけずに? 勇気あるね、戦闘区域にならなくても何かの弾みで壊れるかもしれないのに……」
「ひやひやしてました、実際。でも、そこを戦場にしない限りはまず心配はなかったので」
「実はこっち側に攻めこんできたのも、カモフラージュか」
「突っこんできた金竜の副級長の気迫、マジですごかったー感動した!」
「あのときどうやってこっちの動き察知したの?」
「俺、死亡判定になった奴を戦場外に出す係だったからさーちょっとだけ現場見られたんだけど、金竜学級が救難信号出してるのみてマジかよって思った」
「でも引っかからなかったんだよなー引っかかれよ、仲間助けにこいよー!」
日が沈み始めているというのに、まだ生徒たちの賑やかなおしゃべりが耐えない。金竜学級と蒼竜学級はもちろん、紫竜学級もだ。今回の試合は戦場の設置など雑用係だった紫竜学級だが、試合を俯瞰して見られる立場にあったので、意見を求められている。特にロジャーのはからいでノイトラール竜騎士団の見習いのように働いていたらしく、その話を聞きたいという生徒も多い。
観客たちの議論も、なかなか盛り上がっているらしい。最後まで旗の在処を隠し通した金竜学級の作戦は見事だ、いや卑怯だ、蒼竜学級は堂々と戦った素晴らしい、いや勝てなければ意味がないなどなど、評価は様々だ。
だがこれは両者が健闘した証でもあった。
結局のところ、生徒たちのいい勉強になったのは間違いない。表彰式なんてできる状況ではないが、打ち上げかわりにノイトラール竜騎士団が校庭を片づけ、景気づけにキャンプファイアーの組み木まで用意してくれたのは、称賛も含まれている。食事も飲み物も、観戦者だった住民たちが生徒へと差し入れてくれたものばかりだ。
生徒たちが賑やかに騒いでいる夜を、不謹慎だなどとは誰も言い出さない。
「ジル~~いい加減、機嫌直さない?」
「わたしは別に機嫌を損ねてなんていませんよ、ハディス先生!」
なぜかここにきても配膳係をしているハディスの横で、大皿に盛られたパエリアをもぐもぐ食べながらジルはふんと顔を背ける。
「試合の結果はいいんです。以前より実践的で、口頭よりはるかに経験値も得られたでしょう。――それはもう、平気で犠牲になる兵隊を本番前に見られたんですから、いい勉強になったでしょうよ!」
「本気でそう思ってるならいつまでむくれてるの」
「教官としては、納得してますってば! ただ、陛下の妻としては別です!」
スプーンを動かす手を止めて、ジルは半分になったパエリアの山を見つめる。
「……あんな作戦じゃなくてもよかったんじゃないですか。正面からぶつかり合う戦法もあったはずです」
「でも、金竜学級にはまず勝ちが必要だったでしょ。割り切りもね」
「そりゃそうですけど! もっとゆっくりでもよかったはずです! あれが当たり前の戦い方だと思われたら――」
「金竜学級の子たちは優秀だ。ちゃんとわかってるよ、試合だから割り切れたことだって。あともうひとつ。彼らは僕がやれと言ったからやったんだよ」
「それはつまり陛下が悪く思われるってことじゃないですか!!」
つい大声をあげたジルに、こんなときだけハディスは素っ気ない。
「いつものことじゃないか。あの子たちだってそう思ってたほうが気楽――ぃた!」
ジルが拳を握るより先に、ラーヴェが尻尾でハディスの頭をはたいた。
「言い方ってもんがあるんだろうが、お前は」
「はーーー!? そういうお前はいっつも僕のやることにケチをつけるだけで気楽だな!」
「あのなあ。俺とお前は一蓮托生だから、お前が悪く言われるっつーのは俺が悪く言われるのと同じなんだよ」
「ざまあみろ」
「で、お前はほんとーーーにあの子たちが、お前が悪く言われてほっとするような子たちに思えたのか?」
ハディスが唇を尖らせて、そっぽを向いた。
「そんなの、一日二日のつきあいじゃわからない――」
「あの、ハディス先生。ちょっとだけいいですか」
生徒たちの話から抜けて、そっと控えめに声をかけてきたのは、ノインだった。
「ハディス先生と乾杯したいので、きてもらえませんか」
ぱちり、とハディスがひとつまばたくのを、ジルは横目で見る。遅れて、えっとハディスは声をあげた。
「ぼ、僕のことは気にしなくていいよ、別に」
「でもみんな先生にお礼を言いたがってますから。ジル先生との間をお邪魔してしまいますけど、是非」
「え、なんで?」
「素で子どもに聞き返すなよこのポンコツ……」
ラーヴェが呆れているが、ノインは戸惑わず背筋を伸ばした。
「あなたは俺たちを勝たせてくれたんだから、当然です」
ハディスが何か言いかけて、やめる。こういうとき、このひとはいつも子どもみたいな当惑した顔になる。
それを不審がったりせず、ノインは笑った。
「それにジル先生に怒られてへこんでるんじゃないかって、皆、心配してるんですよ」
「そんなに怒ってないぞ、わたしは」
横から反論すると、ノインはすみませんと優等生らしく謝った。ただ、これだけは言っておかねばならない。
「陛下は誑かすのがうまい。誑かされるなよ」
「人心掌握がうまいのは、皇帝として当然でしょう」
さらりと言い返されて、ジルのほうがつまった。げらげらとラーヴェが笑い出す。
「そらそーだわ。な」
ラーヴェに同意を求められて、ジルは複雑になる。
「……わかってるならいいが」
「ジル先生もルティーヤたちが待ってますよ。ふたりとも、俺たちにつきあってもらえませんか。明日にはもう、金竜も蒼竜も紫竜も、卒業ですから」
そう言われると、ハディスと言い合っている場合ではない気がしてきた。
本当に優秀な生徒だ。ルティーヤがこちらを黙って見ているのは、ノインを信用しているからだろう。
よし、とジルは気を取り直して立ち上がる。
「景気よくいくか!」
「ジル、さりげなくパエリアの鍋ごと持っていこうとしない。君のはそのお皿に盛った分だけだよ!」
「いいじゃないですか、これくらい! 生徒たちとやけ食いするんですー!」
「わかってるからね、そう言ってほぼ君ひとりで食べる気だって!」
「あと陛下、わたしも陛下が悪く言われたら悲しいし、その相手をぶっとばしますからね!」
パエリアが入った鉄製の巨大な鍋から、ハディスが手を離した。
鍋を抱え直し、ジルはハディスに言い聞かせる。
「ラーヴェ様だけじゃないです。わたしだって陛下と一蓮托生ですよ。陛下の妻なんですから」
ちらと見たラーヴェからは、それでいいとばかりに笑い返された。
なんだか悔しい。
だから、再びパエリアの鍋を取りあげられる前に、ジルは歩き出す。ハディスの慌てた声に、生徒たちの歓声がかぶさった。
完全に日が沈んだのを見計らって、組み立てられた木に火がくべられたのだ。
闇夜を明るく、炎が照らす。キャンプファイヤーだ。
同じ灯りに照らされて、笑い声が弾ける。
翌日、午前中に行われた卒業式がわりの集会の挨拶には、竜帝自ら立った。
生徒たちの未来を言祝ぐ祝辞はライカ大公国の復興と、ラ=バイア士官学校の再開に、大きく寄与したと言われている。




