金蒼学級対抗再戦(1)
未来はわからない。当然だ。
しかしあまりに想定外のことが最近、多すぎる気がする。
「皆も知ってのとおり、本国の受け入れや避難先の目処が立ったとの知らせが入った。明後日でいったん解散になる。希望者はラーデアの士官学校に編入できることになっているが、それもだいぶ先の話。ここに残る者、親元にいったん帰る者、帝都や他の士官学校に一時的に編入する者、色々いると聞いている」
自分がまだ子どもっぽい見込みの甘さを捨てきれないからか。だが、それだけでは説明できない気がする。
「わたしもラーヴェ帝国に戻るから、みんなとはいったんお別れだ。それで最後に、ちょっと思い出作りをしたいと思う」
そもそも、竜妃が士官学校の教官をしていることからしておかしいのだ。年齢を考慮するともっと話がおかしくなる。
「ということで今日と明日、陛下が金竜学級の臨時教官になることになった! それで明日は私が率いる蒼竜学級と陛下が率いる金竜学級で試合をする!」
「どうもハディス・テオス・ラーヴェでーす、普段は竜帝やってます。気安くハディス先生って呼んでね! よろしくおねがいしまーす」
「どうだ、最高の思い出作りだろう!」
「いやおかしいだろ!?」
叫んだのはルティーヤのみ。だが決して挫けてはならない。
たとえ校庭に召集された生徒全員から諦めの雰囲気が漂っていたとしても、である。
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ルティーヤの叫びにジルはきょとんと首をかしげた。
「不満か?」
「不満かとかじゃなく、どこをどうしたらそういう案が出るんだよ!」
「陛下と話し合った結果だ! 遠慮することはない。いいかお前たち、陛下が率いる金竜学級をぶちのめすぞ!」
「そうなるのはもっとわかんないよ!」
「思い出作りもあるけど、学級対抗戦があんなことになっちゃったでしょ」
ひとり頑張って突っこんでいる弟と戸惑っている生徒を見渡して、ハディスが穏やかに切り出した。途端にルティーヤまで黙りこんだので、ハディスは意外と教官の才能があったりするかもしれない。
「あの学級対抗戦は街のお祭りで大事な伝統行事だった。悪いイメージはさっさと払拭しちゃいたいんだ。ラ=バイア士官学校は休校するし放っておくと消滅しかねないでしょ。それに、やっぱりあの蒼竜学級の勝ちっぷりは楽しかったらしくってね。あの規模はまだ無理でも、似たようなことをやって君たちの思い出にも伝統行事にも景気づけしたいんだ。蒼竜学級と金竜学級の再戦って聞いたら、復興作業で疲れてる皆も盛り上がるよ」
なるほどそういう意図もあったのか、とジルは表情に出さないように気をつけながら感心する。どうりでエリンツィアも協力的だと思った。
(陛下の指揮する金竜学級と試合できたら楽しいとしか考えてなかったな、わたし!)
ハディスの目線に追いつくのはまだ先のようだ。青空の下、皇帝直々の説明に皆が聞き入っている。ルティーヤも眉をひそめてはいたが、黙っていた。
「でも今、紫竜学級はロジャー先生が、金竜学級は蒼竜学級とまとめてジル先生が担当してるでしょ。試合するのに、指揮官が一緒っていうのは面白くないからね。それで僕が金竜学級の先生をします!」
「そこがおかしいんだよ! 臨時の教官だからって竜帝が出てこないんだよ、普通!」
「だって僕が相手じゃないと、蒼竜学級が勝っても竜妃に忖度したんだって言われちゃうでしょ。姉上は忙しいし」
むっとルティーヤが口をへの字に曲げる。ちょっとジルもむっとしたが、黙っておいた。ジルがどう言わずともそういう忖度が起こりえるのは事実だ。
すっとノインが礼儀正しく挙手した。どうぞ、とハディスが発言をうながす。
「ですが……その、今は学校もこの有り様です。ルールとか、道具とか」
「そこはノイトラール竜騎士団が手伝ってくれるから大丈夫」
「臨時の先生はできないのにそこはできんのかよ……!」
「紫竜学級も手伝ってくれるから。だよね」
ハディスに目配せされたロジャーが、渋々前に出てきた。
「俺は一応反対したんだけどな。ジル先生は状況が状況だったし今更つっこむのも野暮だが、ハディスは皇帝だろ。なんでエリンツィアは止めないんだか……」
「エリンツィア殿下はわたしと陛下が一緒にいる限り、警備もしなくて楽だって言ってました!」
「会わないうちにずいぶんエリンツィアは思い切りがよくなったな……ああ見えて色々気にする繊細な子だったんだが」
「話し合いにいったらどうです?」
ロジャーは咳払いをした。
「じゃあルール説明だ」
話し合いに行く気はないらしい。
「試合は明日の正午から。ノイトラール竜騎士団が取り仕切ってくれる。ただいくつか学級対抗戦と違いがある。まず旗だ。わかりやすく言うと小さくなった」
腰にさげていた旗をふたつ、ロジャーが取り出した。竿部分は椅子の脚を折ったような木材で、その先にそれぞれ青い布と黄色い布をつけた簡単なものだ。金色の布は用意できなかったのだろう。だが、きちんとラ=バイア士官学校の校章が刺繍されている。
「ちゃちな造りで申し訳ないが、学級対抗戦で使うやつは無事だとしても今は瓦礫の下だからな。でもちゃんとほら、校章は刺繍されてるだろ。ここにノイトラール竜騎士団仕込みの魔力感知の魔術が布に縫いこんであるから、ただの旗ってわけじゃない。今回はこれを壊せば勝ちだ。生徒の校章と同じだな。ああ、生徒の校章も腕章の形でノイトラール竜騎士団仕込みで用意してくれるそうだ、当日試合前に配る」
ロジャーが旗を腰に下げ直す。
「今回、竜は双方とも使用禁止。魔獣もなし。魔具を含む武器の持ち込みは魔力を使わず当人が片手で持てる物ならふたつまで自由。いわゆるナックルとか両手でワンセットのものはひとつと数える。これも試合前に検品するから、不安なら武器候補はいくつか持ってきとけ。なお、こっちから長剣と槍と弓と斧の支給はできるようになってる。学校の訓練で使うのと同じやつだから扱い慣れてるだろう。持ってくるもんがなくても心配すんな」
で、と一呼吸置いて、ロジャーは人差し指を地面に向けた。
「会場は校舎全体。廃墟戦ってやつだな。多少壊しても片づけになるから一石二鳥ってこった。寮のあるあたりは観客席で使う。ま、当日はノイトラール竜騎士団様が守ってくれるし結界も張られる、心配せず暴れるといい。ちなみに試合中は竜騎士が判定者も兼ねて竜で飛んでるけど、そっちも気にしなくていいってお達しだ」
生徒の攻撃で撃墜されるような奴は降格だとエリンツィアが息巻いていたのは、ジルも知っている。
「で、試合に教官は不参加だ。当然っちゃ当然だが」
「わたしは陛下と手合わせしたいです!」
「僕は嫌だなあ」
「――という竜帝陛下のご配慮だ」
生徒がそろって胸をなで下ろしている。ぶうっとジルはむくれた。
「陛下はいっつもそうです。いいですけど、生徒たちの思い出作りですから。でもわたしの生徒たちが陛下を負かしても、恨みっこなしですよ!」
「恨みはしないけど、僕、ほとんどの子と初対面で、今日一日しか作戦を立てる時間もないんだよ。そんなにやる気出さなくても」
「作戦を立てる時間がないのはわたしだって同じです。生徒との関係はまあ……でも、手加減はしませんから!」
「まさか夫婦喧嘩の代理戦争……?」
「しっ聞こえちゃうでしょ! ジル先生はともかく竜帝がいるんだから……!」
「金竜学級の奴ら、魂が抜けた顔してるぞ……」
「えーアタシ、陛下とお近づきになりたかったなー」
「ま、まあまあ。楽しくやろうよ、ねっ」
「無理じゃね?」
「いいか、お前らも気合いを入れ直せ!」
ひそひそ言い合っている蒼竜学級のほうに向き直る。途端、生徒たちは背筋を正した。
「前回勝ったからって慢心は許されないぞ! わかってるな!?」
はい、といい声が返ってくる。となれば、早速、作戦を練らなければならない。
「ということで、陛下! 今日と明日は敵です。わたし、今日は生徒たちとすごしますから、近づいちゃだめですよ! わかってますね!」
「うん、昨夜ふたりでそう決めたもんね」
「ほんとにわかってますね!? 実はいじけたりしてませんね!? 何もたくらんでませんね!? あとからひっくり返しませんね!?」
「しないよ、僕は二ヶ月放置されたことにしか不満はないよ」
そっちはまだ言う気らしい。しつこいなと思ったが、嘆息ひとつですませた。
「そんなことを言ってられるのも今のうちです。きっとわたしに負けて、悔しくって眠れなくなりますからね、陛下は!」
「君に負けても僕は全然悔しくならないと思うな」
「なりますよーだ!」
ハディスは笑っているが、ジルは本気だ。びしっと人差し指を突きつける。
「陛下も手加減なしでやってくださいね! 負けたときの言い訳はききませんから」
「わかってるよ。こういうので手を抜いたら君は怒るでしょ。お手柔らかにね、ジル先生」
自分に向けられた呼称に一応のやる気を感じ取って、ジルはひとまず指をさげた。
ここで口論していてもしかたない。口ではない、態度で見せるのだ。
具体的には、金竜学級と彼らを率いる竜帝をこてんぱんにぶちのめす。よし、と気合いを入れてハディスに背を向けた。
「え、もういっちゃうの?」
「もう敵だって言ったじゃないですか。陛下もちゃんとしてくださいね!」
それに、散々ジルに躾け直された蒼竜学級がきちんと姿勢を正したまま待っている。突然の新しい教官に動揺を隠せないままでいる金竜学級とは違うのだ。ちょっと鼻が高くなってしまう。
あ、とハディスが背後で声をあげた。
「最近寒いから、お布団は蹴っ飛ばさないようにね」
「そういうのは言わなくていいです!」




