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「僕が今回の騒動に関わっているのは事実だ。でも、それはライカを見下し本国におもねったからじゃない。僕はいずれラーヴェ皇帝にと持ち上げられて育った。でも天剣を持った竜帝が現れ、叶わなくなった瞬間、見捨てられた。大人は誰も助けてくれなかった。だからラーヴェもライカも、どっちもめちゃくちゃになればいいと思って、今回のたくらみに加担した」
「責任逃れをする気はない。ここまできて今更止まれと言っても、止まれないだろう。僕だってそうだった。いくらでも、機会はあったはずなのに、自分でその選択を捨ててきた」
「だからもし僕を愚かだと思うなら、一瞬でいい。立ち止まって考えてみてくれないか」
「ラーヴェ帝国軍の横暴は事実だ。でもそれは、戦争でないと解決できないことなのか」
「士官学校が襲撃されたのは事実だ。でもそれは、誰がなんのためにやったことなのか」
潮風が心地よく吹きこんでくる響く声を、ハディスは両腕を組んで聞いていた。帆のうしろから見下ろすルティーヤの背中は、しゃんと伸びている。
「悪くないじゃんか、お前の新しい弟」
「うん。使えそうだ。……さすが僕のお嫁さんは、見る目があるなあ」
見守りたくなってしまうのが不思議だった。これが兄の気持ちだろうか。
だがこうなると問題は、新しい兄のほうだ。ルティーヤを見下ろせるこの檣楼に出てくる予定のはずだが、一向に姿を現さないのはどういうことか。いちいち警備兵に紛れて動向を探る作業にもそろそろハディスは飽きてきている。
「――責任逃れだろうが!」
「そうだ、うちの子どもが帰ってこない! お前に殺されたんだ!」
あがった野次に、ハディスは視線を戻す。ルティーヤの背が震えた気がした。だが、あの子は責任を取るといったのだ。
たった十三歳。まだ子どものくせに、大人に利用されたことの、責任を。
「……そうだ、僕の責任だ。いくらでもなじればいい、許さなくていい。でも、その怒りの矛先を何もしてない相手にぶつけて、戦禍を広げるのは違う!」
頑張れ、と知らず胸中でつぶやいた。
「僕がやったことだ、でもラーヴェ帝国が仕組んだことじゃない! 士官学校の襲撃は、ラーヴェ帝国の仕業に見せかけられたものだ! 仕組んだのは校長のグンターと――」
「校長は死んでるかもしれないんだぞ、お前のせいで!」
「もういいしゃべらせるな、猿轡を持ってこい!」
「そこまでだ、ルティーヤ」
船尾にいかにも貴族が着ていそうな長衣が翻った。帆の影からハディスは目を凝らすが、日差しよけにフードをかぶっているせいか、見えたのは眼帯と包帯だった。怪我というのは、顔だったようだ。
「ルティーヤ・テオス・ラーヴェを処刑しろ!」
「そうだ、責任転嫁して命乞いするなんてライカの恥だ!」
マイナードの姿に勢いづいた周囲から再び声があがる。群衆には煽り役もまざっているだろう。警備兵に押さえ込まれ、猿轡を噛まされたルティーヤが悔しげに表情をゆがませる。
そうだろうな、と思った。世の中そんなものだ。努力なんて大抵報われない。
「これがラーヴェ帝国のやり口だ、皆、だまされるな!」
「証拠を出せよ! 出せないだろうが! 亡くなった学生たちはもう帰っては――」
「証拠ならここにあるぞ!」
でも、報われることだってあるだろう。
その声は、空から飛んできた。
激突した客船からあがった水しぶきが埠頭にかかり、港に居並ぶ軍艦をゆらす。ずぶ濡れになった観客たちから悲鳴があがり、兵士たちがゆれる軍艦にしがみつく。ハディスも帆柱で体を支えて、苦笑した。
「うーん、どこから侵入するのかと思ったら、まさかの空」
ベイルブルグに辿り着いたときと同じやり方だ。あのときよりは飛距離は短いだろうが、船に乗っているだろう生徒たちは無事だろうか。
だがここで姿を見せてくれなくては、証拠にならない。それはわかっているのだろう。いくぶんかふらついた足で、客船の甲板にぼろぼろの学生服を着た生徒たちが出てきた。あれ、と誰かが指さし、ざわめきと動揺が広がっていく。金竜学級の級長が最前線に出て叫ぶ。
「俺たちは生きています! ルティーヤ殿下と蒼竜学級の先生たちに助けられました! 俺たちを襲ったのはラーヴェ帝国軍じゃない――っルティーヤは、嘘を言ってない!!」
動揺とざわめきが走る中で、我に返った兵が叫ぶ。
「……っあの学生たちはラーヴェ帝国に与する裏切り者だ! 撃ち殺せぇ!」
客船に目がけて兵士たちが銃を構える。銃声が鳴った。だがジルに鍛えられた生徒たちはひるまず隊列を組み隙間のない結界で銃弾を撃ち返し、上ってこようとする兵士たちを別働隊で叩く。指示を出しているのは金竜学級の級長だ。
もはや港は大混乱だった。悲鳴と怒号、争いに巻きこまれまいと一斉に港から観客が逃げ出そうとして、兵の一部はそれに押し流されている。これでは客船から生徒たちがルティーヤを助けに向かうのは、不可能だ。
だがたったひとり、客船の甲板を蹴り、軍艦を足場にしながらこちらに向かってくる小さな少女を、誰も止められない。
「撃ち落とせ!」
対空魔術が一斉に向けられた。だが彼女はそれを黄金の一閃で叩き落とす。青い空で舞う姿は、戦女神のように美しい。あーあ、とラーヴェがつぶやいた。
「背中の鞄に入ってるロー、酔いそうになってるぞ」
「もうちょっと僕の心、大事に扱ってほしいなあ……」
「ルティーヤ!」
ジルに名前を呼ばれたルティーヤが、振り向く。ところどころで起きる衝撃に艦が傾ぐその隙を狙って、拘束する手を振り切った。生徒に目がけてジルが飛ぶ。
少し妬けるけれど、見逃そうと思った。その左手に、金の指輪が輝いているからだ。魔法陣を打ち砕く竜妃の神器が真昼の空に水しぶきを浴びて、太陽のようにきらめく。
「わたしにつかまれ!」
ルティーヤを抱き寄せ、ジルが拳を甲板に叩き込む。艦首が大きく傾き、人が甲板から流されて、海に落ちていく。
咄嗟に船がまっぷたつにわれないよう魔力で守った自分は、やっぱりできる男じゃないかな、と自画自賛した。




