31
宣誓は、エリート様の仕事だ。自分たちが応じる必要はない。だが、眠たいお決まりの文言が終わった瞬間から戦いが始まる。
ゆっくり、ルティーヤは深呼吸した。指揮をとるのは自分だ。冷静に、と言い聞かせるほど心臓が早鐘を打つ。――これが、責任というものだろうか。
「ははっ、全員、緑竜とかマジかよ……勝てとか普通じゃねーわ」
誰かが少し震えた声でつぶやく。だがルティーヤが口を動かす前に、誰かが答えた。
「ソ、ソテー先生とどっちが速いかな……?」
「速さだけならソテー先生だろう。図体違うし、竜は意外とのろい」
「ならよけられるね。当たってもくま先生ほどじゃないって話だし」
「いやいや、それよりもっと強力な呪文が俺たちにはあるでしょ。せーの、」
「「「ジル先生よりマシ!」」」
全員そろった言葉に、笑いがこぼれる。怖くないわけではない。ルティーヤだって、まだこんな場所に立っていることに、現実感がない。
「負けたら、先生、悲しむかな……」
「いやあ半殺しのほうがあり得る……」
「でも意外とジル先生、涙もろいっしょ。こっちは平気だって言ってるのに、そんなのだめだってすーぐ涙ぐむしさー」
「でも叩きのめせってすぐ物理に走るんだよなぁ。せんせー、嫁のもらい手あんのかね?」
「え~何、男子。気づいてないの? 先生、年上の彼氏かなんか絶対いるよぉ」
まばたいたルティーヤは、会話に参加しないまま耳をすませてしまう。
「いやそりゃないだろ。全然、そんな男の影なかったし、合宿中」
「でも、夜に定期的に誰かと連絡取ってたのは私も見たよ。くま先生も誰かからのプレゼントっぽくて……ただの魔具じゃなくて、互いの命と心を縛る古の契約の証だった……!?」
「確かにジル先生いつ起こしにいってもくま先生抱きしめて寝てるんだよね……ご飯まだ~?とか寝ぼけて話しかけてるから、まさか一緒に暮らしたことある相手……?」
「アタシこの試合で勝ったら教えてもらう約束した。菓子と引き換えだから協力ヨロ」
「えっ天才!」
女子が盛り上がっているが、男子はぴんとこないのか、気まずそうだ。
ルティーヤは咳払いをした。
「そろそろだよ、おしゃべりやめて。初手ミスったら、それこそジル先生に吹っ飛ばされる」
「それ一番怖い……勝てるかな」
「勝てなかったら、ジル先生が責任とるんでしょ」
ルティーヤのひとことに、皆が口をつぐんだ。
「ほらみたことかって、僕らみたいに笑われるだけだ。あのクソむかつくエリート共に」
「……それは……嫌だよな」
「ま、負けるのは慣れてるよ。……でも、ジル先生は……」
「嫌なら勝つしかない。簡単だよ」
言ってから、ルティーヤは苦笑する。簡単なわけがない。なのにすっかり、ここ二ヶ月であの無茶苦茶な先生に思考が影響されてしまったらしい。
思考を遮るように、ラッパの音が鳴り響く。忌々しい、始まりの合図。宣誓を終えたエリート様が、竜に乗って、えらそうにこちらを一斉に向いた。
そうだ、この状況なら正面から、一斉に攻撃しにくるしかない。
自分たちを馬鹿にするためだけの催し。怖くないなんて嘘だ。でも、腹の底から声を出す。
「――行くぞ、蒼竜学級! 出陣だ!」
――勝ってこい。
自分たちなんかを信じて尻を叩き続けた、馬鹿な先生の期待に応えるために。




