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今日は風が強い。ファンファーレの音と一緒に、雲が流れていく。
ハディスは階段状に設置された観客席の一番高い位置で、入場する生徒たちを眇め見ていた。最初に紫竜学級、そして蒼竜学級、最後の大トリに金竜学級が整列して入場してくる。学生にしてはなかなか様になっている行進だ。
だがこうして見ると、ジルが担当している蒼竜学級は貧相だ。軽くとはいえ周囲は武装しているのに、制服を着ているだけ。これで竜も使えないとなれば、どう考えても分が悪い。見たところ、魔力の差もそれほど感じられない。
だが、ジルは勝てると判断した。生徒がついてこれたのなら、勝つのだろう。
「サーヴェル家って少数のゲリラ戦最強って話だよね……怖いなぁ、僕の義実家」
「いたいた、ハディス。見回ってきたぞー。今のところ妙な動きはなし」
竜神らしく、空からラーヴェが戻ってきた。
「竜もやっぱ、竜よけの効果をもっと強くした笛が最近作られたらしい、くらいしか認識がないな。竜を操る笛なんてほんとにできたんだかなぁ」
もったいぶって始まった校長の挨拶とやらがハディスの声をうまく周囲から隠してくれる。
「それを今日僕らが蜂起に乗じて確認するんでしょ。ジルのほうは?」
「それも予定どおり。ちゃんとあやしまれず、弁当渡してきました」
「あやしまれるはずないよ。どうせお弁当があれば僕がいなくても文句ないでしょ、ジルは」
「お前に会いたかったのに、って」
つい真顔になってラーヴェを見た。ラーヴェがすまし顔で続ける。
「さみしそうだったなー嬢ちゃん。可哀想になぁ」
「……そっ」
そんなの自分だって同じだ。真っ赤になったハディスは顔を両手で覆ってうなる。
「も、もう、ジルはすぐ、そういうこと……なんで僕の前で言ってくれないの!?」
「おめーがこなかったからだろーがよ……」
「そ、そもそも僕を放置したのはジルじゃないか。二ヶ月も! それを棚に上げて……ぼ、僕はここで甘い顔なんかしないんだからな! たまには夫の威厳をみせないといけない!」
ぐっと拳を握り直し、ジルが担当したという生徒たちをにらむ。
「大体ジルはずるい。結局、今日までぜんぜん戻ってこずに、若い男と遊んでたんだから」
「あーそれは嬢ちゃんも悪いけど、遊んでたわけじゃねーし、言い方をだな……」
「僕はごまかされたりしない。絶対ジルはあの子たちと仲良くなって、一部の男子からは憧れとか淡い恋心を抱かれたりしてる……!」
ジルは強いが、優しくて可愛い女の子だ。情も深い。ちょっとぬけたところも、強さと相まって魅力的だろう。先生だから、生徒を見捨てたりもしない。そんな素敵な女の子が、あんな情緒も理性もなさそうな少年たちと寝食を共にしたのだ。どんな勘違いを生むか。
そう、寝食。一緒にご飯を食べたり、夜更かししたり、もしかして枕投げしたり、まさか着替えとかお風呂とかまで――想像しただけで、金色の瞳の焦点が合わなくなる。
「絶対殺す……」
「おい妄想で殺意を持つな。夫の威厳はどうした」
そうだった。舌打ちしたハディスは座り直し、前屈みになって生徒たちを観察する。蒼竜学級の列の先頭にいるのが、自分の弟だろうか。
兄にも姉にも妹にもだいぶ慣れてきたけれど、弟は初めてだ。どんな感じなのだろう。やはり妹とは違うのだろうか。ナターリエやフリーダと話すのもまだ緊張するのに、弟なんてどう接すればいいのかわからない。しかも、ジルの手を煩わすいけすかない性格をしているようだ。ジルは、ハディスのために更生させると言っていたが。
「……。僕が負けるわけがない、僕のほうがぜったいめんどくさい……!」
「お前、その争いに勝って嬉しいのかよ……」
「ジルの中でいちばんなら僕は何でも嬉しいよ」
あ、そうとラーヴェが呆れているが、当然の感情だとハディスは唇を尖らせる。
校長の話が終わり、まず紫竜学級が会場から一気にはけた。前座である金竜学級と蒼竜学級の布陣の時間が始まる。用意に時間がかかるのは竜に乗る金竜学級のほうだ。その間、蒼竜学級は広い地形の中で隠れるなり有利な場所を取るなりできることになる。
だが、蒼竜学級は周囲に障害物のない平原のど真ん中に陣取り、目立つ位置に倒されたら負けになる青い旗を立てた。そして準備完了とばかりに円陣を組んで、動かなくなる。
竜に乗る金竜学級のほうを注視していた会場も、蒼竜学級の動きに気づいてざわめく。
「おい、ハディス。あれだと旗、狙われ放題だよな?」
「だね、囮だ。あれじゃ金竜学級は正面突破するしかない。攻める方向も方法も限られる。短期決戦のかまえだね。――さすが僕のお嫁さん」
金色の旗を一番観客に近い場所に立て、金竜学級の学級長が前に出て、高台から高みの見物を決める大人達に叫ぶ。
「宣誓!」




