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控えの場に爆風が吹き荒れ、天幕がひっくり返った。
生徒たちの悲鳴があがる。ノインも腕で顔を庇いながら、爆風の中、目を瞠る。
ものすごい魔力の爆風に結界を張り続ける、蒼竜学級の生徒たちの姿が見えた。
「準備運動だからって手を抜いていいと誰が言った! 魔力の精度は習慣だ! そんなザマで竜を落とすために必要な高さまで跳べるのか!?」
「いやジル先生、今日はもう訓練してる場合じゃないって! 当日だよ!」
「そうそう、ここで魔力を消耗するのはさすがにまずいだろ!」
身を寄せ合って結界を張っている蒼竜学級の前に、上空から小さな影がおりてくる。背負った鞄からくまのぬいぐるみと、黒い竜に似た魔獣が顔を出していた。そのかたわらを鶏が滑空して、地上に着地する。爆風の中、紫の目を見開いた状態で、少女が真顔で首をかしげた。
「この程度で消耗……? どんな使い方をしたら消耗できるんだ?」
蒼竜学級はもちろん、それを目撃した生徒たちも全員固まる。見た目は可愛くて小さな女の子なのに、ばりばりと全身に奔っている魔力も相まって、恐怖しかない。
「今の発言はどいつだ? わたしはそんな教育をした覚えはない」
「や、やだなぁ言葉の綾だってば、ジルせんせー! ねっ」
「そうそう、男子はいつも大袈裟に言うから! 息をするように魔力を使え、だよね!」
「それよりもう時間だよ、ジル先生。僕たちも着替えないとだめだし、制服に」
面倒そうに前に出たのはルティーヤだ。薄汚れ、あちこちすり切れてぼろぼろの服の袖を見せ、上空で浮かんでいる小さな教官に進言する。
「担任教官はそろそろ生徒たちに接触禁止になる時間だよ。先生は昼飯でも食べてれば?」
「あっそうだった! わたしのお弁当!」
ぱっと顔を輝かせた小さな教官が、地面にぴょんっと着地した。
「じゃあ、わたしはここまでだ。――全員、傾注!」
小さな女の子から発せられたその声は、腹の底から響くような重圧があった。ざっとそろった動きで、蒼竜学級が姿勢を正し、小さな教官と黒い蜥蜴と鶏の魔獣に向き直る。
「溝鼠ども! 以上で訓練は終了、いよいよ実技だ。今までよく耐えた。よしよししてやりたいが、まだ早いのは理解しているな?」
はい、と全員がまっすぐ前を見て返す。にやりと小さな教官が笑った。
「勝ってこい! お高くとまった子猫ちゃんに人生の厳しさを教えてやれ、以上だ!」
周囲は金竜学級だけではなく紫竜学級もいる。発破をかけるにしても、全員に喧嘩を売っているに等しい。他の教官が聞いたらどう思うか――しかし、だが小さな先生は生徒たちを置いて、平然と踵を返した。
「じゃあルティーヤ、あとはまかせたぞ。わたしはお昼ご飯だ!」
「いってらっしゃいせんせーー! よっし自由だ……っ久しぶりの自由……!」
「やっと鬼教官から解放されるんだな、俺たち……あれ、涙が……」
「聞こえてるぞ! 全員、醜態をさらしたらただじゃすまさないからな、返事!」
「「はい!!」」
「よろしい」
最後まで念を押された蒼竜学級は、きちっと姿勢を正したまま教官を送り出したあと、はーっと深く息を吐き出した。
「あやうく対抗戦の前に死ぬところだった……誰だよ高度さげたやつ」
「ちょっとかっこよく着地決めようかと思ったんだよ……ばれるとは思わなかった」
「ばれるに決まってんだろ、ジル先生だぞ……」
「――なんだあれ、ボロボロじゃん」
どこからか漏れた嘲笑の声は、あっという間に広がった。
「最近見ないと思ったら、どこで何してたんだが」
「溝鼠らしい格好じゃんか。金竜学級に勝つ? 大口叩いて、恥かかなきゃいいけどな」
「逃げなかっただけほめてやろうぜ。新聞でも予想に金竜学級の不戦勝ってあっただろ」
蒼竜学級の目が向けられる。まずいとノインは声をあげた。
「おい、やめないか。それより各学級、それぞれ準備を――」
「今日はよろしく、金竜学級さん」
蒼竜学級の誰かが、気負わぬ声でそう言った。むっとした者たちが数名、だが当の蒼竜学級はただ挨拶をしただけのように、何やら明るく雑談しながら周囲を無視して歩き出す。
いつもと違う。ノインは振り向いて、顔をあげた。
ルティーヤと、すれ違い様一瞬だけ視線が交差する。だが、何も言わない。いつもなら必ず突っかかって騒ぎを起こすのに、そんな素振りは見せず、ただまっすぐ歩いていく。
「なんなんでしょうね、あの態度」
今日は緑竜に乗れると報告してきた同級生が、不満げに言う。周囲も同じような反応だ。いつもと違う態度に肩透かしをくらったのだろう。だが、それだけではない。
魔力に敏感な一部の生徒は気づいただろう。あからさまに変わった、彼らの気配を。
――何様だ、エリート様か。
口端をあげる。なんだろう、この武者震いのような、高揚は。
もし本当に自分が間違っていたなら、きちんと正しく裁いてくれる。導いてくれる。正義は示される――まるで理の竜神を前にしたような、期待感。
そうだ、敵に手加減など必要ない。侮るな。それはおごり高ぶった強者の理屈だ。ノインは微笑んで、目の前の仲間の肩を叩く。
「気を取られるな。今日は、頑張ろう」
「はい!」
正義は勝つ。子どもじみた発想だ。
でも案外、世界は単純にできているのかもしれない。




