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金竜学級の生徒たちには、それぞれ自分たちが選ばれた人間である、という矜持がある。実際、ラ=バイアといえばラーヴェ帝国からもスカウトがくる優秀な人材を輩出し続けた士官学校だ。その評価は今、『ラーヴェ帝国に人材を搾取され続けた』に変化しつつあるけれども、実力には関係ないと、ノインは思っている。
だが対抗戦当日、担任であり校長でもあるグンターから差し出された小さな笛に、そんなものはもう幻想なのかもしれないと思った。
「ノイン君。念のためだ、持っていきなさい」
「グンター先生、お断りしたはずです。こんな笛がなくても俺たちは負けません」
「こんな笛? 言葉には気をつけたまえ、ノイン君。これは生徒を竜から守るためのものだ」
そう言われると反論しづらい。ぐっとノインは詰まり、目を伏せる。
「――申し訳ありません。ただ、僕は、笛がなくとも緑竜を扱えます。ですから必要ありません。他の生徒たちも同じです。そうでなくとも、蒼竜学級は竜も支給されていないんです。勝負になるわけがないのに、これ以上はどうかと」
「言っただろう。念のためだ。君の誠実さは美徳だが、これはただの道具。他の生徒だって使っているじゃないか。そう片意地を張るものじゃない」
ノインは拳を握る。
話には聞いていた。校長が今、机にのせている小さな笛――操竜笛と呼ばれる、ライカで開発された竜を従わせる笛が学内で相当数、出回っていること。元はなんてことはない、竜よけの笛だった。竜の気をそらす、動きを一瞬止めると生徒の安全を確保するために進められていたグンターの研究が、いつの間にか変貌していた。
最新のものでは、名前のとおり、緑竜以下の階級の竜は操れるという噂もある。すべての竜まであと一歩だとも聞いている。
ノインに差し出されているものは、『乗る』『飛ぶ』『降ろす』程度の単純な行動なら強制できるものだ。緑竜に挨拶をすませたノインには必要はない。だが、金竜学級や紫竜学級の生徒たちがグンターから受け取ったこれを使っていると聞いてはいた。そのおかげで今年の金竜学級には緑竜を操る優秀な生徒が多いのだということにも、うっすら気づいてはいる。
「これはさらに改良を加えたものでね。君なら黄竜、いや赤竜にも乗れるかもしれない。ぜひためしてみたまえ」
誘いかけるような声色に、ノインの口調は硬くなる。
「必要ありません。俺は、自分の力で戦って、勝ちます」
「は! まるでこの笛が、卑劣なものであるかのような言い方だ」
「そんなつもりはありません」
竜は竜神の神使、人間が叶う相手ではない。それに対抗する術を人間が考えるのは、卑劣ではない。だが少なくともここで使うのは違うとノインは思うが、うまく説明できない。
「ですが、先生。もし他の生徒にも使用を強制しているようなら――」
「強制? いいのかね、そういう態度で」
――金竜学級がどうなるか、わからないのか。
ふとその忠告を思い出したノインは、手のひらに爪を立てる。
「先生からのご指導に水を差すつもりはありません。ですがぶっつけ本番での使用はさすがに自信がないので、俺はいつも通りのほうが実力が出せます」
「……ふん。わかった、なら準備に向かいたまえ」
「はい。失礼します」
「所詮、父親と同じ本国に媚びへつらう売国奴か」
吐き捨てられた言葉は聞こえなかったふりをして、頭をさげ、校長室を出る。その場から早く離れたくて、早足に廊下を歩いた。
既に学内は朝から観戦にきている街の住民や来客でごったがえしている。今回は特に賑やかだ。新聞社から取材を受けたという生徒もいた。それだけ注目されている。特にルティーヤとラーヴェ帝国を同視し、勝敗の行方を煽っている記事が大半だ。皆、金竜学級が勝つことを望んでいる。そうすればラーヴェ帝国にも勝てるのではないかという期待をこめて。
自分の何か及ばぬところで大きなことが動いている。生徒たちもそうだ。ライカの独立だ、解放運動だと気炎を吐く者たちが増えてきた。熱に浮かされているみたいだ。確かに本国のやり方に問題があることは間違いないし、ノインも反発はある。
だがこの学校も、竜も、ラーヴェ帝国があったからこそあるものではないのか。本国に媚びる父親のおかげで、ノインがこの学校に通えたように。
何が正しいか、ノインはわからない。でも、学生だからわからないと逃げたくもない。中途半端だ。大人なんて全部敵だと息巻くルティーヤが時折、まぶしく見えるくらいだ。
ルティーヤは怖くないのだろうか。こんなふうに、皆の行き先を背負うことに。
道を示してくれているはずの大人たちを疑い、刃向かうことに。
「級長、遅いですよ! 竜はもう、厩舎を出て会場に入ってます」
校舎を出たところで声をかけられ、はっと顔をあげた。尖塔にかけられた時計は、予定時刻をすぎようとしている。開会式までまだ時間があるが、そのあとすぐ前座の試合があることも考えると、昼食も早めにとったほうがいいだろう。
会場近くに学級ごとに控え室として設置されている天幕へ、早足で向かう。
「すまない、皆の準備は?」
「ばっちりです。なんと今日は全員、緑竜に乗れるんですよ! この笛のおかげで!」
息を呑んだノインに、胸にさげた小さな笛をつかんだ同級生が嬉しそうに笑った。
「これで足手まといにならずにすみます! あの溝鼠ども――ラーヴェ帝国なんてもう敵じゃないってところを、見せてやれます」
――これにどう答えれば正解なのか、そういうことを大人たちに教えてほしいのに。
「だから高度をさげるなって言ってるだろうがーーーーーーー!!」
突然、聞き覚えのある教官の怒鳴り声と一緒に、上空で光が炸裂した。




