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金竜学級がどうなるか。
その視点はジルにはなかった。同じことに気づいたノインは両目を見開いている。
いつの間にか捕縛結界を解いたルティーヤが、ノインを鼻で笑う。
「今度はお前たちの番だ。クズだって笑われて、後ろ指さされて、ははっざまあみろ」
「……っ責任は学級長の俺がとる! 校長先生も金竜学級すべてを罰したりはしない!」
「なら、お前が僕らのお仲間になるってわけ? せっかく父親がぺこぺこ頭さげて稼いだ学費をドブに捨てるってわけだ!」
「じゃあ君は、自分たちが勝てると本気で言えるのか!?」
「勝てるさ!」
叫んでからルティーヤは自分の矛盾に気づいたようだったが、後には引けないのだろう。同年代の同性相手なら、なおさらだ。
「……なら君が、率いるのか。蒼竜学級を」
「と――当然、だよ」
動揺をまぜつつもルティーヤがそう答えた。ジルは笑いをこらえたが、つい噴き出してしまった生徒が数人、ハディスぐまに反応されて慌てて真顔になる。
ノインはルティーヤを正面から見返したあとで、唇を引き結ぶ。
「――わかった。ジル先生、ご教授痛み入ります。確かに俺のお節介だったようです。忘れてください。では」
「待て、ロジャー先生と戻れ。この山には竜がいる」
「結構ですよ。どこかのラーヴェ皇族じゃあるまいし、俺はひとりで戻れます」
片眉と片頬を釣り上げたルティーヤを一瞥して、さっさとノインは踵を返した。
「あれ、全力でこっちにきちゃう感じだよなあ。いいの?」
ロジャーに耳打ちされて、ジルは答える。
「どんとこいですが……あのふたり、何かあったんですか?」
「入学当日、ノイン君がルティーヤ殿下に食ってかかったらしい。君がそんな振る舞いだからラーヴェ帝国への不信が広まる襟を正せみたいな。以後ずっとあんな感じ」
「おいアンタ!」
勢いよく振り向いたルティーヤが、ふくれっ面で吐き捨てた。
「僕は何をしろって?」
「……。訓練はやらないってさっき」
「僕の気が変わってもいいわけ? ――やりたいようにやれって言ったのは、アンタだろ!」
照れもあるのだろう、噛みつかんばかりの勢いだ。できるだけ笑わないように表情筋の震えをこらえながら、ジルは声をあげる。
「さっきの捕縛結界を自力で解けるお前に、今の訓練は必要ない。足並みがそろうまで、今の生徒たちの指導を頼む。あとはそれぞれの能力を把握して、作戦を考えてくれ」
「いいよ。いざとなったら、試合前に奴ら全員体調不良で欠席にしてやるから」
「そういうのはなしだ」
ルティーヤは答えなかったが、ソテーから逃げ回っている生徒たちのほうへ向かう。いったんソテーに待てをかけて、生徒たちを集めていた。作戦を立てるつもりのようだ。
「いやぁ……まさかルティーヤがやる気になるとは……」
ロジャーと一緒に生徒たちを見ながら、ジルもしみじみ頷く。
「青春の力ってすごいですねぇ……」
「いやいやそれだけじゃ――って、ジル先生、自分の年齢わかって言ってる?」
「ロジャー先生も協力してくれませんか、訓練」
「またまた、やだなあ。俺みたいな駄目教官にまで何を期待して――」
「強いですよね、ロジャー先生。校長先生よりも、よっぽど。なんなら学校で、一番」
木漏れ日の下で投げたジルの視線を、ロジャーはわざとらしく両目を見開いて、笑った。
「確かに場数は踏んでるな。教師の道を選ぶまでは、住所不定の風来坊だったんでね。自分の身は自分で守るが基本だったから」
「その護身術を生徒に教える気は?」
「ちょっと忙しいんだ、対抗戦の準備で。それにお邪魔虫になっちゃうだろ、ここで俺がずけずけ入っていったら。せっかくジル先生を中心にまとまってきてるのに」
「そんなことないと思いますよ。わたしの任期は三ヶ月。対抗戦が終わったあとはお別れですから、そのあとロジャー先生があの子たちの担任教官になってくれればって思ってます」
「自分の後任の心配か。君、ほんと生徒思いのいい先生だなあ。……俺は駄目な先生だからちょっと羨ましいよ」
「本当に駄目な先生は、それを自覚もしないし、悔しそうに言わないとも思いますが」
ははは、とロジャーは軽く笑い流し、背伸びをした。
「考えとくよ。そうだなぁ。無事、学級対抗戦が終わったら」
「……先生、何か仕事してるんですか」
「失礼な。これでも忙しいんだよ、警備とか色々。マイナード宰相もいらっしゃる、大事な行事ってね。蒼竜学級の生徒が大活躍したら、学級制度の見直しは全然、夢じゃないよ」
まばたいたジルにぱちんと片眼をつぶって返す。それ以上何か言うでもなく、ロジャーはきた坂道をおりていった。
(……駄目な先生は、そんなこと助言しないと思うんだけどなあ……)
まったく力になろうとしないし巧妙に実力を隠して胡散臭いことこのうえないが、いい先生には間違いない。ジルにはない処世術にも長けている。ああいう先生は、ジルの士官学校にもひとりはほしい。
「きゅきゅー!」
突然草むら飛び出てきたローが、ジルの足に抱きついた。
「ロー! どうだ、竜は? きてくれたか?」
答えのかわりに、大きく風が吹いて、木々を斜めにした。生徒たちの悲鳴があがり、どこぞに飛んでいきそうになったハディスぐまをソテーが押さえている。
ゆっくり上空からおりてきて先頭に立ったのは、赤い鱗を持つ竜だ。ジルは目を輝かせた。
「赤竜か! よく見つけてきたな、ロー! しかも緑竜も、こんなにたくさん!」
「うっきゅん!」
ローが胸を張って鼻の穴をふくらませる。挨拶をしようとジルは一歩前に出た。だが険しい顔をした赤竜が突然、吼える。いきなりの戦闘態勢に、ジルはまばたいた。
「な、なんだ、いきなり。ロー、お前ちゃんと事情を説明したのか?」
「うきゅ?」
説明って何だっけ、とでも言うようなローのくるんとした大きな目に、頬が引きつる。
「ギャオオォゥ!」
殺すならまず自分を殺せ、と言わんばかりの悲痛な気迫だ。よく見れば、背後の緑竜をかばっているようにも見える。生徒たちが叫んだ。
「りょ、緑竜がこんなに、赤竜まで……っ!」
「物陰に隠れろ、竜は魔力を嫌って攻撃してくる、感知されるな! ビビるな、くまのぬいぐるみと一緒だ!」
ルティーヤの指示は的確だ。ふむと考えて、ジルは正面を見据える。
「アンタ、何してんだよ! 早く逃げろ、こんな数の竜、僕だけじゃ対処しきれない!」
「――いや、好都合だ」
行き違いはあるようだが、竜たちが敵視しているのはジルだけだ。身構えて、拳を握る。
「お前たちに竜は倒せるってことを見せてやる」
「ハァ!? ちょっ――!」
先生、という教え子たちの叫びを背に、ジルは地面を蹴る。かっと見開かれた赤竜の目端に光る涙には、なんとなく、申し訳ないと思った。




