21
学級対抗戦。そう聞いて咄嗟にジルが思ったのは、また何かの見せしめか、だった。
だが、ロジャーは片眼をつぶってみせた。まかせろと言いたいらしい。
「学級対抗戦はどの生徒にとっても自分の実力をみせる大事な機会だ。成績にも大きく左右する。そんなところに、蒼竜学級をなぜ特別扱いせねばならん。街の住民も観戦にくる士官学校の威信をかけた行事なのだぞ」
「だからですよ。金竜学級の実力を見せる、いい前座になるじゃないですか」
むっとグンターが口をへの字に曲げた。
「だが……金竜学級の生徒たちへの負担がかかることになる」
「紫竜学級同士の試合の間に休憩はとれるでしょう。それに、いいハンデです。それでも勝ってこそ金竜学級ってね」
グンターの虚栄心をくすぐるように、ロジャーが誘いかける。グンターが髭を撫でた。
「ふむ、確かに一考の余地は……よかろう。ただし! 金竜学級への負担も考慮して、本校から蒼竜学級への支給品はなしだ。入学時に支給された剣だけにしてもらおう」
まばたいたジルに、ちらとロジャーが視線を向けた。
「要は竜は使わせないってことだ。金竜学級は使ってくるだろうが――どうする」
「待てよ、無理に決まってるだろそんなの! ただの見せしめじゃん!」
こちらに一歩踏み出してルティーヤが怒鳴る。グンターが笑った。
「そもそも、支給されたところで大半が使えない連中ばかりだろう」
「使える奴がいても、お前らが使わせないからだろうが……!」
「負け犬の遠吠えだな。竜とて無尽蔵に用意はできない。限りある資源だ。優秀な者に優先的に使わせるのは、それこそ必要な選別というやつではないかね」
「それだけですか?」
「何」
ジルの質問に、全員の視線が集まる。だが、条件ははっきりさせておかねばならない。
「こちらは学校の支給を受けない。それだけでいいんですか?」
「……。も、もちろん他のところから武器を借りるとかもなしだぞ。学校の行事だからな」
「はい、わかりました。ちなみに現地調達はありですよね? 武器を奪うとか」
「それはまあ――そ、そうだ。もちろん教官は不参加だからな! その鶏の魔獣も対抗戦には参加できない」
「そりゃそうでしょう、生徒同士の試合なんですから。ちなみにどこで戦うんです?」
これにはロジャーが答えてくれた。
「学校の裏に、くぼんだ形でちょうどいい平原が広がってるんだ。そこが戦場。とはいえ本気での殺し合いじゃない。範囲は結界で囲んで、そこから出た場合は逃亡扱いで脱落、左胸につけた感知魔術つきの校章を取られたり破損されたら死亡扱いで脱落。それぞれ陣地に学級の色の軍旗があって、それを倒されても負け。時間内に軍旗が両方残ってる場合は生き残ってる生徒数で勝敗を決める」
へえ、とジルは感心した。なかなかうまくできている。ここにきて初めて、ぜひ取り入れたいと思えるものを見つけた。
「そういう生徒の奮闘を、高台に作った観戦席から、教官と保護者と街の住民やらで応援するわけ。この街じゃ年に一度のお祭りだよ。中央からもお偉いさんが見にくる。優秀な生徒にツバつけとこうってね」
「いいですね……より実戦に近づけるために全部の学級を一度に参戦させて、どこと手を組むとか、対抗戦の前から戦略が問われるようにするほうが個人的には好みなんですが」
「な、なんだって?」
「あ、いえ。概要はわかりました、はい。じゃあそれでお願いします、二ヶ月後ですね」
おい、と声をあげたのはルティーヤだ。
「勝手に安請け合いするなよ、勝てるわけないだろ。常識で考えなよ!」
「考えた結果だ。ノイトラール竜騎士団に勝てと言われたら無理だって答える」
「同じようなもんだよ! 戦うのは僕らで相手は金竜学級。しかも竜も使えるんだから」
「ああ。だったら別に、勝てるだろう」
ジルの返答にルティーヤは言葉をなくしたようだった。他の生徒たちも目を白黒させたり、戸惑って動けずにいる。こっそりロジャーが尋ねた。
「言い出しておいてなんだけど、ほんとに大丈夫か? 俺は役立たずだぞ」
「かまいません、口添え有り難うございます」
「――どうですか、校長。これでも参加を認めなかったら、さすがに逃げと取られてもしかたなさそうですけど」
ロジャーの言い方に我に返ったらしいグンターは、髭をなでながらもったいぶって頷く。
「い、いいだろう。正々堂々、戦おうではないか」
「――となれば、早速訓練だ。戻るぞ、全員!」
号令をかけて歩き出したジルに、遅れて生徒たちがついてくる。ロジャーは肩をすくめて手を振った。味方なのか敵なのか、よくわからない教官だ。
ずんずん歩いていると、ルティーヤが小走りで走ってきた。そっとささやいてくる。
「……まさか、本気じゃないよね? 本国から圧力をかけるとかするの?」
「は? なんでそんなことしなきゃならない。正面からつぶす」
「はあ!? だから、できるわけないって……! 僕らをなんだと」
「ソテーから逃げられる生徒が出てきてる。たった四日で」
ルティーヤが黙って、腕の中のソテーを見る。他の生徒たちがはっとしたように、早足で歩きながらソテーを覗きこんできた。
「そういや大丈夫、ソテー先生……って寝てる……」
「……怪我、消えてきてないか……? え、まさか寝るだけで回復するのか……?」
「ソテーはただの鶏だが、おそらく斑竜相手なら仕留めるくらいの力がある」
「いやもう絶対にただの鶏じゃないっすよね先生!?」
「細かいことを気にするな。つまり、お前たちには十分、才能も勝ち目もある」
倉庫のような教室が見えてきた。ジルは笑顔でくるりと振り向いた。
「お前たちはわたしについてくればいい」
「いや、ついてけないよ……言っておくけど、先生ちょっとおかしいから」
「大丈夫だ、お前たちはついてこられるよ」
午前の終了の鐘が鳴る。ふわりとジルは笑った。
「だって今、誰も勝ったと言い出さないだろう。教室内に全員いないのに」
足を止めた生徒たちが互いに目配せし合う。ルティーヤが毒づくように言った。
「……気づかなかっただけだよ」
「なら、賭けは自分たちの勝ちだと今から言い出すか? 卑怯な大人たちみたいに」
答えは返ってこなかった。生徒たちにも矜持はあるのだ。ジルは笑う。
「じゃあわたしの勝ちだな。今日の報酬は、学級対抗戦に出てもらうこと。何、ちょっと何度か死ぬかもしれないが、気のせいだ」
青ざめた生徒たちに、ジルはばきりと指を鳴らして薄く笑う。
「竜ごとき、拳で殴り倒して一人前だ。それをまず、お前らに教えてやる」




