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どこで騒いでいるかはすぐにわかった。
ソテーが蹴り返した魔力弾が煙をあげ、本校の壁をえぐる。だが同時に放たれた魔力弾は女子生徒も狙っていた。それをかばい、正面から魔力弾を胸で受け止めたソテーの羽が舞う。
「ソテー先生!」
叫んだのは女子生徒だ。だがソテーはふらついた足で、まだ立つ。
「ゴ……ゲッ……!」
「な、なんなんだこの鶏の魔獣……これだけくらってまだ」
「だが、もう動けなくなってきただろう。手間を取らせおって。とどめだ」
警備兵を押しのけ、グンターが前に出た。狙われているのがわかっているのに、ソテーは動かない。背後に生徒がいるからだ。その生徒の膝小僧や足首に、血のあとが見える。転んだのか、怪我をして動けないらしい。
うしろにいる生徒たちが悲鳴をあげる。ジルは顎を引いた。
「――よくやった、ソテー」
ソテーがその声を聞き届けたように、ふらりと倒れた。同時に放たれたグンターの魔法弾をジルは結界で破裂させる。爆風が、ジルの髪や服の裾をゆらした。
警戒する警備兵たちを一瞥もせず、ジルは倒れたソテーにすがっている女子生徒の前に膝を突く。
「せ、先生……ソテー先生が」
「ソテーは大丈夫だ、この程度でやられたりしない。怪我をしてるのか?」
「す、すりむいただけだから……ほ、本校の校舎に、入ったって、追いかけられて……」
校則で禁止されている事項だ。だが、女子生徒が座りこんでいるのは校舎の外である。
それ以上は説明にならないのか、女子生徒は倒れた傷だらけのソテーを抱いてしゃくりあげだした。ジルは立ち上がり、消えた攻撃に眉をひそめているグンターにまず声をかけた。
「どういうことでしょうか、グンター先生。この子が本校に入るなという校則を破ったんですか? ここは校舎の外のようですが」
「その生徒は校舎の壁に張りついて身を隠していたのだよ。溝鼠が本校に入れないのは、施設利用を禁じられているからだ。校舎の壁を利用したのだから、校則違反だろう」
難癖なのは承知のうえだろう。議論は無駄だと、ジルは冷静に応じる。
「蒼竜学級の生徒は校舎を使ってはいけない校則ですからね」
「そうだ、士官学校とはいえ規律違反は厳しく罰する。軍とはそういうものだろう」
「確かに理不尽な命令でも、軍人は従うよう教育されます。それが嫌なら……」
言いながらグンターに近づいたジルは、その背後にある校舎の壁目がけて拳を叩き込んだ。
まず、円状にひびが入った。グンターの笑顔が引きつったところで、音を立てて、壁が崩れ落ちる。
「理不尽な命令をくだす上官には、殉職していただくしかありません」
「……!」
「生徒たちはわたしにまかせろと言ったはずだ」
低く脅すと、グンターが青ざめたあと、悔しげに表情をゆがませる。
「こ、こんなことをしてただですむと……っこれだから本国の連中は!」
「では、この件を本国にご報告なさっては? わたしをクビにできるかもしれませんよ」
嘲りをこめて挑発してみる。だがグンターは一瞬だけ真顔になり、鼻を鳴らした。
「ふん、本国が我らライカの訴えなどまともに取り合うわけあるまい」
「蒼竜学級の扱いを、本国に知られては困るからではなくて?」
「そう言ってまた我々が長年築き上げてきた教育システムや研究をつぶす気だろう」
ジルは黙った。ここまでラーヴェ帝国への不信が募っていると、話し合いは難しい。
(また……ってことは、昔、何かあったんだろうな)
ただのラーヴェ嫌いなだけの人物が、この士官学校の校長に任命されるとは思えない。これだけ強気に出られるのは理由がある。誰かが背後にいるか、それだけの才能があるかだ。
だが、政治的な分野はジルの領分ではない。嘆息して、ジルは生徒たちに振り向く。
「彼女に手を貸してやれ。教室に戻ろう」
「大体、蒼竜学級の生徒など、どこにいても同じだ。学びもしなければ努力もしない」
だが、これには頷けない。背中向けようとしたジルは足を止める。
「それは環境のせいです。ろくな授業も用意せず、竜も使わせず、何を学べ、努力しろと?」
「逆だね。彼らは学びも努力もしなかったから、環境が得られなかったのだ」
「成績不良も素行不良も結果です。学びも努力もしないという姿勢とは、違うはずです」
「……もういいよ、先生。議論したって無駄だ」
ルティーヤが素っ気なく声をかける。グンターが髭をなでた。
「彼などその最たる者ではないかね。最高の環境にいながら、甘え、怠惰にすごし、ついに見放された」
ルティーヤは無表情だ。だがその手には、女子生徒から預かったソテーを抱いている。それだけではない。ルティーヤは女子生徒を助けようと真っ先に動こうとした。決してほめられた行動はしないが、大人に傷つけ、虐げられる者に、ルティーヤは守ろうとする。
「水も肥料も手間も、有限だ。育たぬ花に水や肥料をやり手間をかけるのならば、その分だけ他の花の成長を遅らせる。それは害悪だ。そう思わないかね?」
生徒たちは全員、グンターに言い返すこともなく、顔を背けている。グンターの言い分を無視しているのではない。自分たちの出来が悪いから大人たちに見捨てられたのだと、彼らは誰よりも知っている。
だから、彼らは決して『自分たちは溝鼠ではない』と反抗しない。
溝鼠で何が悪い、と自分を傷つけながら嗤うのだ。
「先生のおっしゃることは一理あります。非常時なら選別も必要でしょう」
助けられる者を助け、助けられない者は見捨てる。戦場ではそういう判断も必要だ。
「でも今は、水も肥料も手間もかけられますよね?」
生徒の何人かが、こちらを向いた。その視線を背に受けて、ジルはグンターを見返す。
「先生の仰ってることは怠惰です。自分では育てられない言い訳としか思えません」
「はっこれは大きく出たな! まるで自分なら育てられるかのような物言いだ」
「できますよ。わたしなら、あの子たちを金竜学級よりも強くできます」
グンターが目を丸くした。その場を去ろうとしたルティーヤも足を止めて振り返る。
「お……大きく出たな! 金竜学級に勝てる? できるわけがない! 不可能だ!」
「じゃあもし勝てたら、あの子たちの待遇を他の学級と同じにしてもらえますか」
「できるわけがないと言っているだろう! 議論するだけ無駄だ、馬鹿馬鹿しい」
「逃げるんですか」
「なんだと」
「あー、じゃあこうしたらどうですかね?」
緊迫した空気にのんびり割って入ってきたのは、ロジャーだった。相変わらず、気配を感じさせない神出鬼没っぷりだ。ジルは眉をひそめる。
「先生、今までどこに」
「ちょっと野暮用でね。で、さっきの話ですけど、ちょうどいいのがありますよ。――二ヶ月後の学級対抗戦です。蒼竜学級を前座で、金竜学級と当たらせるってどうです?」




