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 目がさめると、何もかもが変わっていた。昨日の続きなのに、まるで今までの時間がまるごと消えたみたいだ。

 それとも、夢みたいな時間から、現実に戻ったのか。


「ナターリエ皇女が南国王の後宮にいることだけは確認がとれた。今日のジェラルド王子との謁見で、皇女を南国王が解放してくれればいいんだけどね。……皇女の安否と居場所は?」

「もう少しで割り出せると、リックが言ってました」

「そうだね。じゃあ確認しよう。これが最新の後宮の見取図だ」


 大きな机の上にロレンスが図面を広げた。その首筋に一筋の汗を見つける。

 クレイトスの最南端、日照時間も長いこの地域は、とにかく暑い。ただでさえ夏だ。魔術で稼働させている冷風装置も気休めにすぎない。もっと設備の整った高級な宿にいけば涼しいのだろうが、ジルたちは潜入者だ。快適さより、雑多にまぎれるほうが優先される。


「ジェラルド王子がどんな情報を持ち帰ってくるかによって動き方は変わるけれど……潜入と脱出のルートは、早めに頭に叩き込んでほしい。国璽の保管場所もね」


 とん、とロレンスが叩いたのは、後宮の真ん中にある、吹き抜けの庭園だ。天井のないそこに屋根のような大きな魔法陣が張られているのは、ジルも目視している。

 アンディが気難しい顔を作った。


「リックにも確認させてますけど、ここ、偽装の可能性はないんですか。あんなに派手な魔術展開をするなんて」

「南国王はそういうのがお好きだ、というのがジェラルド王子の見解だけれど。あと、そう簡単に破れる魔法陣ではないとも聞いてるよ」

「……確かに、女神の護剣が核になってますからね」


 偽の天剣――そうラーヴェ帝国で評されていたものは、こちらでは護剣と称されているらしい。知らなかった。儀式に使われることもなく表舞台にまったく出てこないので、女神の聖槍にかすんでしまい、クレイトス国内でも浸透していないのだろう。実在もあやふやだった竜妃の神器と似たようなものだ。

 だが、天剣の模倣とはいえ女神の聖槍から造られたのだ。威力も出所も、護剣というに値する代物だと、ジルはもう知っている。


「ジェラルド王子でも手出しできないとなると――」

「竜妃の神器なら破れる」


 ジルのひとことに、ロレンスとアンディが付き合わせていた顔をこちらに向けた。椅子に座り、肘掛けに頬杖を突いたままジルは続ける。


「天剣は陛下が持ってる。つまり破れるのはわたしか、陛下。そういうことだろう」


 視線をさげると、左手の黄金の指輪が目に入った。


「いつ取りあげられるかわからない。竜妃の神器がまだ使えるうちに、動いたほうがいい」

「……ジル姉」


 珍しくアンディが言葉に詰まっている。ジルは苦笑した。


「嫌な言い方だな、すまない。でも、ほんとうの、ことだから……」


 竜神ラーヴェの祝福を受けて、ジルは竜妃になった。ジルの承諾も何も必要ない、一方的なものだった。なら、一方的に取りあげられてもおかしくない。


「……わたしは、まだ竜妃なのかもさだかじゃない。陛下次第だ」

「竜帝はまだ見つかっていない。ラーヴェ帝国軍も動く気配はない。軍が動き出す前に竜帝ともう一度話せたら、当初の予定どおり君と竜帝が婚約して、ラーヴェ帝国に帰国する可能性もある。考えるのは、もっと先でもいいんじゃないかな」


 ロレンスが冷静に言う。つい、ジルは笑ってしまった。


「先延ばしか。……お前は慰めるのが下手だな」

「気遣いを台無しにしないでくれるかな」

「だが、陛下はつかまらないぞ。逃げるの、ものすごく得意なんだあのひと。隠れるのも」


 ジルの回答に、アンディもロレンスもなんとも言えない顔をする。それが少しおかしい。

 今、ジルたちは二手に分かれてことにあたっている。両親たちはサーヴェル家の別邸から姿を消したハディスを捜索し、長兄と長姉が国境付近の出入りと動きを牽制している。その間に、ジェラルドとジルとロレンスが、アンディとリックを中継にしながら南国王の対処をする手はずだ。

 ハディスが戦端を切り開く前に、国璽を取り戻しナターリエの安全を確保すれば、ジルたちの勝ち。当初の予定通りに婚約して、元通りというわけだ――本当に?


「……ねえ、ジル姉。この際、南国王とか開戦とかいう問題は置いといて、このまま本当に竜帝と結婚するの?」


 答えずにいると、アンディはロレンスを横目で見た。


「ここでジル姉がクレイトスに戻っても、反逆者とか言われませんよね」


 問われたロレンスは頷く。


「もちろん。ジェラルド王子もそんな気はないだろう。俺としても、竜妃をやめるのは大歓迎だよ。君と一緒にジェラルド王子の下で働ければ楽しいだろうしね」


 ジルはもう一度、金の指輪を見た。


「やめたくても、わたしにはどうすることもできないだろう。ひょっとしたら、陛下にもどうにもできないんじゃないのか」


 その仮説はしっくりくる気がした。二度とはずれないと言われた指輪だ。


「竜神……理の神との契約だもんね。確かに反故とか、認めなさそうだけど」

「……。ジル。もし、その指輪をなくす方法があるとしたらどうする?」


 分厚い硝子を一枚隔てたように、どこかぼんやり会話していたジルは、まばたいた。

 竜妃をやめる方法。金の指輪をはずす方法だ。そんなものがあるとしたら――。


「女神クレイトスか……?」

「女神の御業ではあるだろうね。ちょうど、今の状況にもおあつらえ向きだ。――女神の聖槍と、護剣だよ。おそらく、理という契約を反故にできる」


 今、まさにクレイトスの国璽を大仰に封印している偽物の天剣だ。


「調べたんだよ、君が竜妃の神器を手に入れるときに、竜妃について色々と。三百年前の前例も、そのとき知った。……歴代の竜妃の死に方も」

「女神はずいぶん、竜妃を気にしてたんだな」

「ジル姉。話の矛先をずらすのは、やめたほうがいいよ。痛々しいから」


 そうか、とジルは弟に笑う。


「痛々しく見えるか、わたし。すまない。慣れていなくて、こういうことに……」

「……ジル姉は疲れてるんだよ。少し休んだほうがいい。ジェラルド王子が戻ってきたらまた起こすから」

「何か、おいしいものでも用意しようか。ゆっくりできるのも、今のうちだけだろうし」


 つとめて明るく、ロレンスが言った。気遣いを素直に受け取って、ジルは頷く。


「そうしてくれると有り難い、かな」

「折角の南国だ。果物なんかは特においしいんじゃないかな。君も食べたいものある? アンディ君」

「なんでもいいですよ。サーヴェル家って、正直あんまり農作物の出来がよくないので楽しみです」

「ああ、だろうね。ラキア山脈周辺は元々農作地に向いてないうえに、あの磁場だから」

「……そうなのか。知らなかった」


 ジルの感想に、アンディが嫌そうな顔をした。


「知らないって……ちゃんと座学とか聞いてないからだよ、ジル姉。うちの領地が緑豊かなのは、女神の加護のおかげ。ラキア山脈の気候なんて読めたもんじゃないんだから」

「……ラーヴェ帝国側では、ちゃんと作ってたから……陛下が」

「ノイトラールのこと? あそこは麓だし、時季もよかったからだろう」


 なるほど、とジルはつぶやいた。


「色々、ちゃんとわかってないことが多いんだな、わたしは。勉強しないと……」

「……ジル姉、本当に大丈夫? 勉強に目覚めるジル姉なんて、想像できないんだけど」

「失礼だな。反省したんだ、これでも。何も知らずに竜妃になって」


 とたんにふたりが、ひっかき傷でも作ったような顔をする。


「覚悟が足りてなかったんだ。そう思うよ」

「その……俺が言うのも、おかしいけど。ジル姉は、まだ十一歳だよ。そんなの当然じゃないか。むしろそんなの要求するほうが重いと、俺は思う。みんなも、思ってるよ」

「俺は君の家族ではないけれど、同意するよ。それに――戻れる、まだ」

「うん、そうだな……戻れるんだ。本当に、わかってたつもりで、わかってなかった」


 正方形の窓の外を、ふと見あげる。竜の飛ばない、空。

 そこから逃げるように視線をそらして、両足を椅子の上に持ちあげ、膝を抱える。


「とんでもない男だよ、陛下は。だまされた。悔しい」

「ジル姉……だったら」

「どっちにせよわたしのやることは同じだ。国璽を取り返すために、あの護剣の魔法陣をわたしが破る。ナターリエ殿下の身柄も保護する。どちらも、陛下より先にだ」


 両膝を抱えたままでも、自分のすべきことを見据える。


「わたしにだって、意地がある。……そのあとのことは、そのあとのことだ」


 それまで、余計なことは考えない。

 ふたりがほっとしたような顔で頷いた。うまく笑えているようだ。恋に破れて傷心中の、少女のように。他人事みたいに、そう思った。


連続更新、おつきあいくださってありがとございました!ブクマ・評価はもちろん、感想などとても嬉しかったです。

ここからはまた月水金の朝7:00の更新に戻りたいと思います。

頑張りますので、またジルたちを応援してやってくださいませ。

引き続き何卒宜しくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
急なジルの無神経さや痴話喧嘩が全てはクレイストを騙すための演技だとしたらいいのだが
[一言] 意地に先延ばしって全然ダメじゃん。逃げてるだけじゃん。向き合おうよ、ちゃんと話をしようよ…
[良い点] ナターリエサイドを読んでいてクレイトス側の考えが分かってきたのでジルが無自覚に物事の核心をついたり惚気たりするたびにロレンスや弟たちが話が反れてる、と誤魔化したり一々反応して本音駄々漏れの…
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