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まずスフィア、そしてジーク、カミラ、と順番に縄を素手で引きちぎった。
感心したようにジークが、自由になった両手を見る。
「子どもでもこんなに簡単に縄を引きちぎるのか。聞いてはいたが、魔力は侮れんな」
「そんなわけないでしょ、この子ちょっとおかしいって」
「こ、皇帝陛下の婚約者にその言い方はまずいのでは……」
「そういえば、まだあなたの名前を聞いていませんでした」
縄に手をかけたジルに、見張りの兵士が不思議そうな顔をしたあと、おずおず答えた。
「さ、さきほどからカミラ殿に呼ばれてるとおりであります……ミハリ、と申します」
「え」
「……嘘から出たまことってやつだな」
「も、もしかして知らずに呼ばれていたのでありますか!? なぜ……あ、見張り!?」
見張り君、もといミハリが情けない声をあげる。それを聞いてスフィアが少し笑った。
立ちあがったジークが柔軟体操をしながらつぶやく。
「それで、どうするんだ? 武器は途中で奪うとしても、これだけの戦力では奇襲をかけて逃げるのがせいぜいだぞ」
「まずここを出て、わたしたちと同じように捕らえられている北方師団を解放、戦力になってもらいます。どこか一カ所に拘束されているか立てこもっていると思うのですが」
ばっとミハリが自由になった手を垂直に伸ばした。
「わ、我々以外の兵は聖堂で拘束されていると聞きました! ただ、負傷者が多いとも聞きましたが……」
「戦力にならなそうよね。やっぱりアタシ達だけで逃げるのが一番じゃない?」
「見捨てるべきではありません。逆恨みされて、あとからわたしたちが密偵でスフィア様がだまされているのだと言われでもしたら厄介です」
北方師団と協力し、全員でスフィアを守ったのだという認識が必要だ。
ジルの判断に、カミラがしかめ面になる。
「それはそうだけど、危険すぎない?」
「大丈夫です、できます」
「ここまで言うんだ、お手並み拝見しようじゃないか。何か策があるならのってやる」
笑うジークに、カミラが両肩を落とす。
「わかったわよ、確かに一番いい結果が出るし。あーやだ、これだから戦闘狂って」
「では、ミハリは案内をお願いします。ジークとカミラはスフィア様の護衛を」
「それはかまわんが、お前の護衛はどうするんだ」
きょとんとジルはジークを見返した。うわあ、とカミラが痛ましそうな顔をする。
「完全に自分は対象外っていうこの顔……。修羅場慣れしてるんだろうけど、クレイトスではこんな子どもまで魔力があれば軍属させるの?」
「……そういうわけではありませんが……家の方針で。あの、心配しなくてもわたしは」
「お手並み拝見とは言ったが、お前、魔力があってもまだ子どもだろう。それに下手に目立って敵に目をつけられても困る。俺達が動くから、おとなしくしていろ」
素っ気なくジークに言われ、カミラに頭をなでられ、ミハリに何度も頷かれた。
どうしたものかと思っていると、スフィアに手をつながれる。
「邪魔しないでおきましょう」
「そうよぉ。それに敵の情報に騙されることなく未来の皇后を守ったとなれば、アタシ達の功績が評価されるんだから」
スフィアとカミラの言葉に、ジルは自分の立場を考え直す。確かに、北方師団にスフィアだけではなくジルも守ったという功績を与えるのはありだ。
それに、ジークとカミラの実力をジルは疑わない。
(ふたりの魔力の開花訓練したのはわたしだからな……その点だけカバーすればいけるか?)
「……では、お言葉に甘えて頼らせてもらいます」
「ふん。最初からそう言ってればいいんだ。――まず、どうやって脱出するかだな」
「ただし、壁はぶち破りますね」
固まったスフィアの手を離し、ジルは倉庫の壁に手を触れる。カミラが慌てた。
「えっちょっと本気? そんなことできちゃうの? まっ――」
「時間がないので、泣き言はあとで」
右拳を魔力と一緒に思い切り壁にたたき付ける。一瞬の静寂のあと、ものすごい音を立てて倉庫の壁が崩落した。
「ちなみにわたし、鬼軍曹と呼ばれていたことがあります」
お前たちに、という言葉は持ちあげた口端に隠す。
敵の悲鳴と怒号があがる中で、呆然としている皆にジルは振り向いた。
「皆さんの働きに期待します。大丈夫、死なない程度にフォローしますから」