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 湖畔をぐるりと見回して、ルーファスは肩をすくめた。


「なかなか君とふたりきり、とはいかないようだ」

「ジル、さがりなさい」


 父親がテラスに出てきた。母親にそっと肩を引かれ、ジルはうしろにさがる。ロレンスもカミラも一緒に、うしろへさがった。


「やあ、お久しぶりだサーヴェル伯。元気そうだね、一度手合わせ願いたいくらいだ」

「国王陛下に向ける刃など我が家にはございません。どうされましたか、此度は。あらかじめご連絡いただいておりましたかな?」

「それは失言だ、気をつけたまえ。僕がこの国のどこに現れたって、自由だろう?」


 獣のように見開かれた黒曜石の瞳に臆さず、父親は胸に手を当てて頭をさげた。


「――それは、その通りですな。失礼しました」

「いいさ、僕の息子が意地悪なのがいけないんだから。ねえ、ジェラルド」


 湖畔の向こうからナターリエと一緒に走ってきたジェラルドが、父親に一瞥されて表情を険しくする。


「……何をしにきた」

「これを、返してもらいに」


 ひらりと手品のように、ルーファスが手のひらを差し出した。金でできた、何かきらきらしたものを持っている。


(なんだ、あれ……)


 同時に背後から、リックとアンディが駆け込んできて叫ぶ。


「父さん、明日使う広間が荒らされてる!」

「封印の魔術も全部ぐちゃぐちゃだ、ジル姉の婚約もこれじゃあ延期……」


 双子が国王に気づいて息を呑む。

 ロレンスが舌打ちした。


「――国璽か」


 ぎょっとジルは目を剥いた。ルーファスが高笑いする。


「これで竜妃ちゃんと竜帝くんの結婚を認めるんだと聞いてね。そんな楽しい行事、僕だって一枚噛みたいじゃあないか!」

「もうジル・サーヴェル嬢はラーヴェ皇帝に嫁ぐと決まった」


 ジェラルドの厳しい声に、金の国璽を指先で玩びながらルーファスが流し目をくれる。


「おや、竜帝にみすみす竜妃をくれてやるとでも? 身を引くのか。僕の息子が、情けない」

「あなたに狙われるよりマシだ」


 驚いて、ジルはジェラルドを見た。今までのどんな言葉よりも、胸をつかれた。

 だが息子の真摯な叫びを、ルーファスは笑う。


「そうかい。でも、国王は僕だ」

「……!」

「不満なら国璽を取り返しにくればいい。いつだって大歓迎――」


 ふと、ルーファスから笑顔が消えた。

 轟、とすべての雑音を呑みこんで、上から銀色の嵐が落ちてくる。ルーファスは身を翻し、湖のふちに着地した。

 代わりに上を取った金色の眼差しが、星のように冴えてきらめく。


「陛下!」


 騒ぎに気づいたのだろう。別方向からジークも駆けてくる。


「茶番もいい加減にしてくれないか」


 冷たいハディスの双眸に、ルーファスが唇をゆがめる。


「竜帝くんか。君はまた今度だ。もう用はすんだ」


 国璽を握りしめて、ルーファスが立ちあがる。同時に、足元から魔力が立ちのぼった。転移する気だ。


(だめだ、国璽を取られたままじゃ……!)


 手すりに足をかけたジルは、そこでルーファスに向かって走る影に気づく。

 魔力も何もないからこそ、気づかれていない影。


「ではまた、会う日を楽しみにしてい――」

「ナターリエ!」


 ハディスが叫んだ。ルーファスもぎょっとしたようだが、もう転移は始まっている。ルーファスの腕にしがみついたナターリエが、一緒に魔力の渦に呑まれていく。ハディスが手を伸ばす。届く距離だ。だが、ナターリエが振り返って、ハディスを見た。笑顔だ。


「信じてるから、ハディス兄様――」


 ハディスが動きを止めた。まるで、助けるのをやめたみたいだった。

 そのまばたきのような躊躇の間に、ナターリエごとルーファスが、あっけなく消える。

 あとは、嵐のあと静けさが残るだけだった。


「……ナターリエ、殿下……」


 呆然とジルはつぶやいてから、すぐさま我に返った。


「――ロレンス、南国王の居住は変わってないな!?」

「あ、ああ。エーゲル半島にいるよ」

「今すぐナターリエ殿下を助けにいきます! 国璽も取り返さないと――」

「必要ない」


 少し離れた場所から、静かな声が響いた。

 聞き間違いかと思ったが、皆が同じ方向を見ている。ジルは、声の主を確認した。


「……陛下?」


 喧嘩をしたあとだから、だろうか。ナターリエとルーファスが消えた場所に降り立ったハディスが、別人みたいに見える。

 とても嫌な予感がした。

 ハディスがゆっくりとジルに振り向き、柔らかく微笑んだ。真綿で、首をしめるように。


「ジル。おいで」

「……え?」

「帰ろう。ラーヴェに」

「は!? 何を言ってるんですか、ナターリエ殿下が連れて行かれたんですよ! 国璽もなくなって、このままじゃわたしと陛下の婚約が」

「そうだよ。国王が僕と君の婚約を拒絶して、ナターリエを人質にとった。――これは、クレイトスの宣戦布告だ」


 まくし立てようとしていたジルは、息を呑んだ。横から反応したのは父親だ。


「お待ちくだされ、皇帝陛下。それはあまりに早計な判断では」

「誰の許しを得て発言しているのか」


 冷たくハディスが切り捨てた。とても竜帝らしく。


「ジーク、カミラ。帰国の準備だ」


 しかめっ面になったジークの返事を待たず、湖畔からハディスがこちらに歩いてくる。そのうしろから、ジェラルドが声をあげた。


「皇帝。冗談にしても笑えない。皇女を見捨てる気か」

「まさか。きちんと助けるよ」

「なら今、なぜ帰国するなどと言う! 宣戦布告などと……っ国王のしたことだというのは確かだ、謝罪しろと言うならばする! だが、あれがまともでないことくらいわかって――」


 途中でジェラルドが何かに気づいたように、足を止めた。ハディスは止まらない。


「……まさか、利用したのか。ナターリエ皇女を」


 ジルを迎えに、まっすぐ歩いてくる。


「開戦の理由に使うつもりか、妹を。――答えろ、竜帝!」

「ジル」


 背後の叫びなど聞こえないかのように、目の前にやってきたハディスが、手を差し出した。

いつも読んでくださって有り難うございます。感想などとても励みにさせて頂いております。

連続更新したほうがよいかなという展開の流れなので、週明けまで連続更新いたします。週末、おうちでのほっこりタイムのお供になれたら嬉しいです。


ここから宣伝ですが、先週『勘当されたので探偵屋はじめます!実は亡国の女王だなんて内緒です』がアース・スターノベル様より発売されました~。もう全国の本屋さんに出回っていると思うので、ぜひぜひ手に取ってやってくださいませ。電子書籍版も発売されております。

また、『聖女失格』がオレンジ文庫様より発売することになりました!こちらも今、書影が公式サイトで出ております。とても素敵なイラストなのでチェック宜しくお願い致します。


年始から色々出ておりますが応援していただけたら嬉しいです。

ジルたちのお話も頑張ります~引き続き楽しんでいただけますように。

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― 新着の感想 ―
[一言] 気になり過ぎてたので週末もお話が読めそうで楽しみです。
[一言] ドキドキの展開になってきた中、連続更新してくださるということで週末の楽しみが増えました! 寒さが厳しいのでお身体ご自愛してくださいませ。
[気になる点] 女神は誰よりも愛をエンジョイしている南国王には粉をかけなかったんでしょうか? 一途じゃない男は嫌い??? [一言] ナターリエ様、南国王の南国王たる所以を知らないんじゃ… ((( ;゜…
2022/01/21 12:21 退会済み
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