表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/467

21

 ナターリエを見るジェラルドの目がいささか冷ややかなのは、しかたがない。押しかけ花嫁のようなものだ。むしろジェラルドの視線を平然と受け流しているナターリエが大物だ。


(なんか、不思議な感じだ。ジェラルド様と対等に振る舞う女性がいるなんて)


 自分にはできなかったことだ。


「そんなに未練がましく見送るなら、今から乗り換えたら」


 扉から出ていくふたりを見送っていたら、とんでもないことをリックが言った。


「なんでそうなるんだ」

「だってさーてっきり俺たち、ジル姉はジェラルド王子と婚約すると思ってたから。ジル姉だって、王子様ってどんなのかって楽しみにしてたじゃん。目ぇきらきらさせて」


 まだやり直す前――初めての王子様に夢を見ていた頃の話だ。


「まんざらじゃなさそうだし、ジェラルド王子のほうが面倒なかったのになぁ」

「少なくとも竜帝よりはしっかりしてそうだよね。精神的に」

「へ、陛下は! 確かに子どもっぽいけど、いいところだってたくさん……っカレー、おいしかっただろう!?」

「あー食べ物でつられたんだ、やっぱり。そうだと思った」

「もう少し人生をちゃんと設計したほうがいいよ、ジル姉。男を見る目がないんだからさ」

「なん、なんなんださっきから、いきなり!? 何が言いたい」

「ジル、座りなさい」


 中腰になっていたジルは、母親に言われ、黙って腰をおろした。


「あなた」

「――ん、んん!? 儂か!?」

「当然です。家長でしょう。ジェラルド王子がせっかく気を利かせてくださったんです」

「いや、だが、こういうことは母親のほうがいいんじゃないのかね。娘のことだし……こう、儂から言うと嫉妬みたいじゃないか……」

「あーじゃあ俺からいきまーす。ジル姉、竜帝の嫁になってマジで大丈夫なのかよ」


 きょとんとしたジルに、リックから目配せされたアンディが眼鏡を押しあげる。


「そもそも竜妃って、どういうものかわかってるの、ジル姉。竜帝の盾だよ」

「そ、それは、知ってる。竜帝を守るんだろう」

「それって、いいように使われてねー?」


 いつもあっけらかんとしているリックが、言葉を選んでいる。


「……俺らはそういう一族だからさ。王族と守るとか、国を守るとか、そういう仕事ならいいんだよ別に。でもさあ、違うだろ。結婚って。一方的に守るっておかしいだろ?」

「一方的って、陛下はちゃんとわたしを大事に……」

「今、ラーヴェ帝国がどういう動きをしてるか知ってるの、ジル姉」


 含みのある質問に眉をひそめると、アンディは淡々と続けた。


「ノイトラールとレールザッツに帝国軍が集まってる」

「そ、それって、まさか反乱とか」


 慌てたジルに双子がそろって眉をよせる。静かにあとを引き取ったのは、父親だった。


「違うんだ、ジル。うちを――クレイトス王国を、牽制しとるんだ」


 苦笑い気味の父親の横から、母親が嘆息する。


「牽制? 威嚇でしょう。いつ国境をこえてきてもおかしくないわ、あれじゃあ」

「まっ……待って、ください。陛下は、そんなことするひとじゃ――こ、皇太子のヴィッセル殿下が、陛下を心配してやっている可能性も」

「それはそれで問題だろ。国内掌握できてねーとか」


 言い返せない。まごつくジルに、母親が少しまなじりをさげる。


「やっぱり、ジルは知らなかったのね」

「は、い……聞いて、ません。でも陛下もわたしも、戦争するつもりなんて……あの、今、どうなってるんですか……」

「北はクリスが、南はアビーが見張っておる」


 長兄と長姉が動いているということは、決して油断できない状況だということだ。


「何を目的に、何がきっかけで動くかわからんのがなあ……皇帝がここにいる状況でどうやって連絡を取るつもりなのだか」


 ローだ。ローならハディスの指示を受け取れる。その指示をレアがヴィッセルあたりに伝えれば、それだけでラーヴェ帝国中にハディスの指示が飛ぶ。

 つまり――逆説的に、この状況はハディスだからこそできること、ということになる。

 これが竜帝の力だ。ぞっとした。


(なんで、陛下……)


 喉元に、剣を突きつけられているみたいだ。


「合図でもあるんじゃねーの。見逃さないようにするしかないだろ」

「……ジル姉は、何か聞いてる?」

「い、え」


 まだ何もわかっていない。だから首を横に振った。


「へ、陛下は、わたしと結婚するために和平を選んでくれたんです。だから、何かの間違いです。いえ、間違いじゃなかったとしても、絶対に先に攻めてきたりしません。だってまだ国境をこえていないんでしょう? 何か、理由があるんです。だから、信じてください」


 どうしてだろう。言えば言うほど、自分だけが何もわかってない気分になる。母親が気遣うように言った。


「ジル……そりゃあ、うちだって攻めてほしいわけじゃないのよ。信じたいの。でも」

「だってわたしは何も聞いてないです」


 せめて顔をあげると、気まずそうにリックが頬杖を突く。


「ジル姉の言うことは信じたいけどさ……本当に婚約だけで要求が終わるのかよ」

「正直、何か口実をさがしてるとしか思えないからね。皇帝に傷のひとつでもつけたら、それだけで攻めてきそうだよ」

「陛下はそんなこと」

「しない、と絶対に言えるかね、ジル」


 今まででいちばん厳しい父親の声に、断言が遮られた。


「それくらいお前は、ちゃんと、あの竜帝のことをわかってるのかい。たくさん死んだと聞いたよ。彼が皇帝になるまではもちろん、皇帝になってからも」

「それは、陛下が悪いんじゃない!」

「だとしてもだ。お前は、それに巻きこまれるんだろう」


 平気ですと突っぱねられなかった。父親の目にも、母親の目にも。双子にも――ジルへの心配がにじんでいる。


「――反対、するんですか」


 やっと、それだけ声を絞り出す。母親が首を横に振った。


「反対なんてうちはできないのよ、ジル」

「お前が望んでいて、国もそれを了承している。ジェラルド様は、もし反対なら掛け合うと仰ってくださったが、大局で見てそれは悪手だろう」

「ジル姉を竜帝に差し出しゃそれで戦争回避なんだからな、言い方悪いけど」

「費用対効果はおつりがくるよね。家族としては、あまり頷きたくないだけで」

「だが、お前が決めたことならみんな認めるだろう。だから教えてほしいんだ、ジル」


 責めるのではない。否定するのでもない。

 ただ、案じる眼差しが、慈しむ声が、ジルの正面に立ちはだかる。


「よりによって竜妃だ。ラーヴェ帝国ではどう言われているか知らないが、儂が聞いている限りでは竜帝の盾になって、ろくな死に方をしていないと聞いている」

「それは……色々あったんだと思いますけれど、でも……」

「都合が悪いから隠されているんじゃないと、言えるかね。本当にわかっているんだと」

「だって、昔の話です。今のわたしと陛下には、何も」

「関係ないと本当に、本気でそう言うのかい? 何も知らないが安心しろ、と」


 黙ったジルに、父親が一息置いた。それをいたわるように見た母親が、続く。


「ジル。あなた、ハディス君をしあわせにすると誓ったそうね」

「はい……」

「とても素敵よ。お母様、誇らしかったわ。強く育てた甲斐があったわって。でも、ジル。もうひとつ考えてほしいの。家族のお願いよ」


 いつか聞いた子守歌のように、優しく、家族が問いかける。


「あなたはそれで、ちゃんとしあわせになれるの?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
幸せになれるのというか、家族のすすめでジェラルド王子とくっ付いた正史が全方向ジェノサイドな世界滅亡エンドだから神目線でうるせえ黙れって感じではあるけど 愛の国なら娘のために忠誠心より愛とったらダメなん…
南国王にちょっかい掛けられた直後なんだから牽制するくらい当たり前だよね 「和平を望んでるくせに牽制されてるー」じゃなくて「我が国の愚王が迷惑かけたせいでピリピリさせて悪いと思ってる」だろ?
[気になる点] 他の感想を見ると家族に愛されててみたいなのが多いけど、 私はこれを読んで逆に愛されてないなと思ったよ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ