9
ハディスが宿泊する部屋を整えている間に、ジルは本邸周辺を案内をすることにした。まずは畑だ。クレイトス王国では女神の加護でなんでも育つため、種類は様々である。もちろん土地や気候に合っていない作物は出来に差がでるが、酸っぱい苺は懐かしさを含めてもおいしいと思う。
案内ついでに、夕食の食料調達も引き受けた。ハディスが夕飯の支度を申し出たからである。ハディスの料理とその感想を熱心に書き綴った手紙が功を奏したと思いたい。
(陛下のいいところ、たくさんわかってもらおう!)
最初の作戦は失敗に終わったが、ハディスの真骨頂は顔と魔力と筋肉、そして料理だとジルは思っている。せっかくなので夕食は屋敷で格式張るものではなく、外で皆で食べられるものをねだった。
ハディスは竜騎士団で料理長もやっていたし、なんならパン屋さんだったこともあるのだ。両親は心配していたが、本邸周辺にいる領民は百人程度だ。サーヴェル家の厨房の手も借りられることになっている。
「何にしようかなあ。大勢ならカレーかな。香辛料はあったし、材料もそろえやすいし……」
「カレー! じゃあ、じゃがいもとにんじんと玉葱と、お肉ですね! まかせてください、あっちの畑です!」
大きな木箱を抱えてジルは駆け出す。ハディスは急がなくていいよ、と声をかけながらついてきた。
「この辺の作物とかは、全部サーヴェル家の管理にあるの?」
「そうですね、本邸近くに住んでるみんなは、全員本邸が雇ってる形です。毎月お給金も出てるはずですけど、でもこんな場所ですから大所帯の家族みたいな感じです」
家はそれぞれあるし仕事内容に専門や得意分野もあるが、作物も家畜もサーヴェル家から買ったほうが早いうえに安い。子どもの面倒も互いに見ることが多いので、ほとんど自助でまかなっているような生活だ。
「麓はちゃんと街になってて、他の領地とも交流がありますし、人口から何から違うんですけどね」
「若いひとが少ないみたいだけど、防衛とか大丈夫なの?」
「ここで食い止めている間に麓からあがってきた軍で取り囲んで殲滅するんです。逆に麓から攻められたときはここからゲリラ戦をしかけて殲滅します!」
「どっちにしろ殲滅なんだね……」
「そういえば陛下、ラーヴェ様は? ここに着いてからずっと姿、見てませんけど。ひょっとして無茶させましたか……?」
魔力が封じられた直後ならともかく、だいぶハディスと離れても行動できるようになってきたと思っていたのだが、やはりまだ無理は禁物だろうか。ジルの懸念に、ハディスは曖昧に笑う。
「無茶ってことはないけど、まだ万全ではないからね。寝てるみたい」
「そうですか……ここのみんななら、ラーヴェ様を見られる可能性もあると思うんですけど」
「追いかけ回されたら嫌だって、ラーヴェが」
なるほど、とジルは納得した。
「陛下も気をつけてくださいね、手合わせとか安易に受けちゃだめですよ。皆が詰めかけてキリがなくなるので」
「うん、それが全然脅しじゃないってことはわかってきたよ……」
「そうですよ。すみません、じゃがいもとにんじんと玉葱ほしいんですけど」
ジルが道ばたから畑に向かって声をあげると、おお、と返事が聞こえて、何人かが興味津々といった顔で出てきた。
「ジル姫様、ほんとに帰ってきたんだなぁ。あの魔力でそうかなとは思っとったが」
「そうゆうたじゃろが。んであれが、姫様が胃袋をつかまれた相手じゃと」
「あぁ。奥様がゆうとったおいしい毎日の献立の。どうりで」
「そりゃあしょうがないべな。コックさんと結婚するってゆうてたもんなあ」
「い、いいから野菜、ください!」
「え? 僕は聞きたいなあ」
背後のハディスの低い声に、ジルは振り返る。
「もう、五年くらい前の話だって言ってるじゃないですか! 意地悪ですよ、陛下。……わたし、ちゃんと陛下のこと好きなのに」
唇を尖らせて視線を落とす。しばらく返事がなかった。そこでジルははっとする。
案の定、ハディスは静かに倒れていた。
「陛下! さ、最近は体調、よかったのにまた駄目に……!?」
「い、いや……こ、言葉と表情どっちかだけなら持ちこたえられるときもあるんだけど、今のは両方きたからっ……」
「何言ってるかわかりませんけど、やっぱり無理しているなら屋敷に戻って」
「い、いや大丈夫。うん」
本当だろうか。すーはー深呼吸をしているハディスの背中をなでていると、ぽかんとその様子を見ていた領民が声をあげた。
「いやあ、竜帝さんは体が弱いってぇのは本当だべか。ジル姫様は体弱い男なんぞ選ばんと思ってたんじゃがな、魔力が大きすぎるか。鍛えてどうこういうレベルとは違いそうじゃ」
「つまり持久戦に持ちこんで疲弊させればええわけじゃ。魔力を使わせる罠を設置して」
「何話してるんですかそこ!? わたしは陛下と結婚するんですよ! 陛下を倒すってことはわたしと喧嘩するってことですからね!」
「おお怖い」
「ジル姫様、ちゃんと守ってやらにゃならんぞ」
にらみをきかせても、領民たちはからから笑うだけだ。むうとむくれていたら、ひょいとうしろからハディスに頬を突かれた。
「ジル、そんなにふくれないの。僕は大丈夫だから」
「だって陛下……」
「それより野菜をもらおう。よかったら僕、収穫手伝いますよ」
シャツの腕をまくったハディスに領民たちが目を見開いてから、いやいやと首を振る。
「夕飯作ってくれるって話だからな。なんでもかんでもまかせるわけにゃいかん」
「待ってろ、いい野菜入れてやるから」
「気になさらず。僕、ジルの彼氏なので」
きらきらした顔で言っている。気に入ったんだな、とひそかにジルは思った。
「いやぁ、あんたどっちかって言うと、ジル姫様の嫁さんじゃねえべか」
「確かに、そっちのほうがしっくりくるべな」
「えっ。ジルは僕のお嫁さん……」
「悪いこと言わんから、姫様に守ってもらっとけ。姫様、強いでなあ」
「そうそう。おなかをすかせないようにだけしといてやれば、十分だべや」
「そ、それはもちろんですけど、僕は彼氏……」
「まあ待ってろすぐ用意してやっから。おーい、姫様の嫁さんに野菜わけてくれやー」
わらわらと皆が広がっていく。ハディスが真顔でつぶやいた。
「ジルが僕のお嫁さんじゃなくて、僕がジルのお嫁さんだった……?」
「どっちでもいいんじゃないですか」
「よくな……いやいいような……いい……のかな……!?」
ハディスが苦悩している間に皆は注文通りの野菜を集めてくれた。野菜でいっぱいになった重い木箱をジルが持とうとする横からひょいとハディスが片腕で抱えあげる。
「お肉もあるからね」
あけておけ、ということらしい。頷くと手を差し出されたので、握り返した。手をつないで歩くのは別に珍しいことではない。抱え上げられるよりましなほうである。
「姫様が男と手をつないで歩いとるというのは本当か!? 天変地異の前触れじゃ!」
「色仕掛けは無理だろうに、無茶しよって……!」
腹が立つのは、ふたりで手をつないで歩く姿を見送る領民の感想だ。だが、相手にすると余計面白がられるので無言で歩いていたのに、ハディスに横で噴き出された。ぎろりとにらむ。
「陛下、何が面白いんですか」
「そりゃあね。君が僕をたぶらかしたことになってるのがすごいなって。普通、逆でしょ」
「すごくないですよ! 失礼です、わたしにも陛下にも! もう手、つないであげません!」
「え、やだジル。待っ――」
手を振り払って先に歩き出した瞬間、ハディスが背後から蹴っ飛ばされて倒れた。
いつも読んでくださって有り難うございます。ブクマ・評価・感想など励みになっております。
本日発売のコンプエース2月号にて、柚アンコ先生によるコミカライズ第一部が終了いたしました!柚先生のTwitterにて今後の予定などアナウンスされておりますので、チェックして頂ければ幸いです。
そして、昨日『勘当されたので探偵屋はじめます!~実は亡国の女王だなんて内緒です~』(https://ncode.syosetu.com/n8747hg/)が完結しました。一気読みにぜひどうぞ。
書籍版は来年1/15に発売予定です。表紙なども既に公開されておりますので、チェックしてみてください。
色々お知らせが渋滞しておりますが、作者Twitterでもまた随時お知らせしていきます。
忙しない年の瀬ですが、皆様風邪などひかれませんよう。
引き続き何卒宜しくお願い致します。