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ぐだぐだになっても、さすが父親は爵位持ちだった。
大変失礼致しましたとハディスに頭をさげ、丁寧に屋敷に案内してくれたのだ。途中の道のりで「姫様が竜帝を人質にとってきた」とか「竜帝違いでは?」とか再び憶測が広まっていくのも「人質じゃなく客人だ」「この方は間違いなく竜帝」と諭してくれた。父親はジェラルドの誕生パーティーに皇帝として招待されていたハディスを見ている。ひとまずハディスが竜帝で、ジルが誘拐したのでもなんでもないと領民たちは納得してくれたようだ。
ただ、「皇帝なら美女もよりどりみどりだろうに、なんでまた子どもの姫様を」とか「姫様にはいい経験になるかも」とか「結婚詐欺」とか最後まで「まさかジル姫様が」という失礼な視線は変わらなかった。
(ジェラルド様のときはいい旦那さんが見つかってよかったとか言ってたくせに、なんだこの差。わたしが選んで連れてきたらそんなにおかしいか!)
悔しいが、ジェラルドの根回しのよさからくる差だろう。
だが、むくれるジルをなだめるハディスはいいひと認定されたようで、お詫びにキャベツをもらっていた。釈然としないが、敵国の皇帝が領民に贈り物をされるのはいい傾向だ、たぶん。よしとすることにしよう。
「ご挨拶が遅れてすみません。改めて、僕がハディス・テオス・ラーヴェです。娘さんとの結婚をお許しいただきたく、こちらに参りました」
それに、湯浴みと着替えをすませ、胸に手を当てて両親に挨拶をしてくれたハディスは、どこの角度から見ても完璧にいい男だ。
艶やかな黒髪や長い睫に縁取られた金色の瞳、すっきりした顔の線、すらりとした体つき、優雅な仕草と、何から何まで美しい。
向かいの席に座っている父親のビリーは目を丸くしているし、母親――シャーロット・サーヴェルも頬をゆるめてうっとりしている。給仕のために応接間にいる女性使用人は全員、目を輝かせるか頬を赤らめていた。
ふふん、とジルは鼻が高くなる。
「一緒に試練の道も通ってきました! 南の港町に入って、そこから」
「試練の道? 南から……あらまあ、どうしましょう、あなた」
「しかもここまで四日で辿り着いたんですよ! 新記録ですよね。わたしと陛下の結婚、認めてもらいますよ!」
「……ジル。残念だがなあ、そっちは道が間違っとる」
「えっ」
驚いたジルに、きちんと正装したビリーが困ったように答える。
「あの道はな、交互に使う決まりなんだ。でないと、罠や内容がすぐ伝わって攻略しやすくなるだろう? 前回は父さんと母さんが南からいったから、次に挑む場合は、北から入る道をいく決まりなんだよ」
「そ、そんなの聞いてません! わた、わたしはお父様たちが南の入り口から入ったっていうから……どうして教えてくれなかったんですか!?」
「どうしてと言われても……先にお前の姉様や兄様が使う可能性のほうが高かったし、お前が使うときどっちになるか予想がつかないからなあ」
「じゃ、じゃあわたしと陛下の結婚は!?」
困ったようにビリーとシャーロットが顔を見合わせる。それだけで答えは知れた。
「そ、そんな……せ、せっかく、陛下と一緒に最短記録……」
「ちゃんと事前に確認しないからよ、ジル。手紙にだって、いつもおいしいご飯のことしか書いてこないんだから」
「そっそれは、書けない事項も多い、からで」
「嘘おっしゃい。おいしいメニューばっかりで、読むたびお母様はおなかぺこぺこよ」
「しかも皇帝陛下まで巻きこんで、お前は……」
両親の注意にジルは肩を落とした。反論できない。隣に座っているハディスの顔も見られない。
「ごめんなさい、陛下……せっかく、頑張ったのに」
「き、気にしないでジル。大丈夫だよ。なんていうかその……うん、衝撃続きでもう何が起こっても驚かないよ、僕は……」
「本当に申し訳ない、皇帝陛下。本来ならばこんな辺鄙な屋敷にきていただくこと自体、不敬なのですが」
深々と頭をさげる父親と母親の姿に、ジルはますますいたたまれなくなる。ここへハディスを無理矢理つれてきたのは他でもないジル本人だ。
「どうか頭をあげてください。こちらこそ、いきなり予定にない形で押しかけてしまって申し訳ないです」
「いやいや、ジルが無理言ったんでしょう。確か、南の港でうちの長女――この子の姉が出迎えにきていたはずなので、そこでちゃんと話をしておけばよかったんです」
「……だって、アビー姉様は怒るかなって」
いちばん上の姉は、サーヴェル家の南にある港町を拠点とする商人と結婚した。そして子どもを産んでも本人自ら海賊を取り締まって回る商人兼軍人である。本人が海賊なのではという噂すらある女傑だ。
ラーヴェ皇帝がサーヴェル家を訪問するとなれば、出迎えにくるのは長姉のアビーだとジルは確信していた。呑気な両親を見てやきもきしながら育ったせいか、アビーは政情とかそういうものにとても厳しい。ラーヴェ帝国の皇帝と結婚しますなんて言えば、まずくるのはお説教で、次に政略的な利をレポートで書けと言われる。
両親がそろって溜め息を吐く中で、ハディスが何も知らずに優しく言う。
「君のお姉様がきてたんだ。それは会いたかったな、僕」
「えっだめですよ! アビー姉様は面食いなんです! お婿にきた義兄様より陛下のほうが美形なんですから!」
「え、ええー……で、でも、君のご家族にはできれば全員、ご挨拶したいし……」
「そうだ、クリス兄様はどうしてるんですか? マチルダ姉様は相変わらず行方不明ですか」
「行方不明!?」
仰天したハディスを置いて、父親が頷く。
「クリスは北のほうの領地と屋敷をまかせているが、相変わらず引きこもりでなあ。お前のことは話しておいたし、麓の屋敷にくるよう言っておいたが、竜帝と会ったら殺したい、としか伝言がきてなくてどうするつもりかさっぱりわからん」
「えっあの、それって、どういう……」
「そうですか。でもよかったです。クリス兄様、人とまだしゃべれるんですね……」
頬を引きつらせてハディスが黙った。両腕を組んで父親が天井を見る。
「マチルダはまったく連絡がとれない。どこでどうしているやら……二番目の娘なんですがねえ。必要なときしか連絡よこさんのですよ。狙撃の名手で暗殺が得意なんですが」
あんさつ、と真顔でつぶやいたハディスの前で、ころころ母親が笑う。
「案外、ラーヴェ帝国でお仕事してるかもしれないわよ、あなた」
「ならいいんだがなあ」
「じゃあ、リックとアンディ、あとキャサリンは?」
双子の弟たちと妹の名前をあげたジルに、父親がああと頷く。
「キャサリンは六歳になったからな。師匠のところで特訓中だ。ラキア山脈のどこかにおるだろうとは思うが」
「連絡とるの無理ってことですよね。リックとアンディは?」
「ああ、またどこかに遊びにいっているようだが、そのうち戻ってくるだろう。ちょうど、クレイトス王国一周の武者修行から帰ってきたところだ」
むしゃしゅぎょう、と単語を繰り返すだけになってるハディスに、ジルは説明する。
「うちは八歳になるとクレイトス王国一周の旅に出るんです! 傭兵で稼いで。わたしもやりました、懐かしいです」
「そ、そう……なんか、色々……す、すごいね」
「うちは特殊ですので」
その自覚はある。ジルは前を向いた。
「じゃあ今、会えてもリックたちくらいですか」
「そうなるなあ。クリスは呼び出そうと思えばできるが」
「いっいえ、無理にお邪魔したのは、僕のほうなので、お気遣いなく」
ぶんぶん首を横に振ってハディスが気遣ってくれた。父親が頭をさげる。
「恐縮です。実は、私たちも明後日には麓の屋敷におりる準備をしておりまして、ろくなおもてなしもできない状態でして」
「ジルがいると、食糧難になるかもしれないわねえ」
のんびり母親がとんでもないことを言われて、ジルは焦った。
「お母様! そんなに食べません!」
「お越し頂いて早々申し訳ないのですが、明後日には麓の屋敷に移動する予定なのです。どうされますか。もし一足先に麓の屋敷に移動するなら、すぐ準備させていただきますが」
「……どうしますか、陛下」
ジルが計画していたことの大半が白紙になった以上、ハディスにゆだねる以外ない。ハディスが姿勢を正した。
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