エンドレス奇襲作戦②
「ジルは?」
控えの間にやってきた竜妃の騎士に尋ねると、ふたりはそろってふてくされた顔になった。
「遅れる、だそうでーす」
「先に行っておいてくれだとよ」
「ジルが支度遅れるなんて、珍しいね。いつも料理を待ち構えてるのに」
だが、そろそろ夜会が始まる。ソファから立ちあがると、すかさずやってきた衣装係にマントを羽織らされた。ざっと姿見で全身を確認したら、あとは会場に入るだけだ。
柱時計で時間を確認したハディスは、カミラとジークに向き直る。
「今日は豚の丸焼きが出るはずだよって、教えておいてあげて」
「あー無理。俺ら、出入り禁止だから」
「は?」
まばたくハディスに、何やら物憂げな顔をしたカミラが長く息を吐き出す。
「なんかね、ナターリエ皇女様に追い出されちゃったのよお、アタシまで。手伝うって言ったのに。この熊はともかく、アタシまで追い出すなんてひどくない?」
「誰が熊だ」
「え、じゃあジルの護衛はどうなってるんだ?」
「皇女ふたりと一緒だ。エリンツィア皇女殿下が直々についてる」
つまり本日、ハディスの大事なお嫁さんは妹と一緒に、姉に警護されているらしい。
構図を考えて、ハディスは眉をひそめた。
「それ、姉上が途中で抜けてジルがフリーダやナターリエたちの護衛になったりしない?」
「あー会場に入ったら俺たちがつくことにはなってるから」
「心配しないで。大事な竜妃様を理由もなく護衛にはさせないわよ」
ジルの強さはハディスも頼もしく思っているし、かっこいいと胸をときめかせたりもする。竜妃は竜帝を守るものだから、強さを求められるのも当然だ。
だが、いきすぎるとただの兵と変わらないと勘違いする輩が出てくる。
立食式の食べ物に目を輝かせているジルに向けられるのは、愛らしいと見守る目ばかりではない。どうにか利用してやれないかと企むのはまだ可愛いほうで、厄介なのは竜妃をおだてる素振りで内心は子どもだと侮ってくる連中である。そういう連中はいくらジルが強さを見せつけても、『しょせん兵隊』としか見なさない。
(かといってジルに無理はさせたくないし、難しいな)
(ほんとーに見た目は子どもだからなー)
胸の内から話しかけてきたラーヴェに、ハディスは苦笑いを浮かべる。
(そればっかりはしかたないよ。時間がかかる。それに都合がいいこともあるし)
(ああ、なめられてるほうがいいってやつな)
子どもの竜妃など敵ではない。どれだけ竜帝が寵愛してようが、身ごもることだってできない。竜帝はきちんと他の令嬢にだって目を向けている。あんな子ども相手ではいずれ物足りなくなるだろう――そう思わせておけば、ジルへの危険が少なくなる。
ヴィッセルがまだ子どものジルを夜会に参加させているのは、場慣れのためだけではない。ジルを侮らせるためだ。リステアードなどは複雑そうだったが、まだ子どものジルに負担を強いることもしたくないのだろう。黙って了承している。
(女の戦いって怖いもんなー)
結論としては、ラーヴェのひとことに尽きる。
「夜会続きで疲れちゃったかな、ジル。そろそろお弁当持ってピクニックとか休ませてあげたほうがいいかも」
皇帝の来場を知らせるラッパの音にかき消されるつぶやきに、ラーヴェが何を思ったか中から出てきた。
「おめーは大丈夫かよ。愛想ばっか振りまいて、疲れてないか」
「ん? 平気だよ。ヴィッセル兄上もリステアード兄上も、色々手伝って調整してくれるし」
「……そうか。よかったな」
「うん。……って肩に乗るな、重い」
「いいだろー今日は俺もなんか食おうっと」
「勝手に食べるな、消えたって騒ぎになる」
会場から沸き上がる拍手を隠れ蓑に、ラーヴェとこそこそ話しながら会場へ入る。ハディスの忠告を聞いているのかいないのか、そのままラーヴェは気楽にどこぞへ飛んでいってしまった。
嘆息し、ひとまず飲み物の入ったグラスを取るハディスの横に、まずリステアードがやってきた。
「ハディス、ジル嬢はどうした?」
「なんか支度に時間がかかってるみたい」
「そうか。今夜はフリーダも顔を出すらしいから、早めに引き上げさせよう」
「フリーダも場慣れさせるんじゃなかったのか」
背後から声をかけたのはヴィッセルだ。むっとリステアードが振り返る。
「まだ八歳だぞ。顔見せ程度で十分だ」
「過保護なお兄様だ。ハディス、疲れていないかい」
ラーヴェと同じことを優しく尋ねるヴィッセルに、ハディスは微笑む。
「うん、大丈夫だよ兄上」
「そうか。何かあったら兄上に言いなさい」
「うん」
「お前にだけは過保護だとか言われたくない……」
「何か言ったかリステアード?」
軽口を叩いている三人に、勇気を出して今夜もまた誰かが近づいてくる。互いに牽制し合いながらじりじり囲んでくる気配を感じながら、ハディスは考えた。
(確かあの子は前に踊った。あぁ、今押しのけられた子、こないだも負けてたなあ。助けたほうがいいかな。余計にいじめられるかな)
そこまで考えるとさすがに気疲れしてくるが、しかたない。少なくともジルが大きくなるまでは、そうやってしのいでいくしかないのだ。
思考を遮るように、ラーヴェ皇族の入場を知らせるラッパが鳴った。
ああ、可愛いお嫁さんがやってきた。それだけで頑張れる自分は意外と単純な男だ。
そう思って、振り向いた。




