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 ――私と心中する必要はない。


 上空で始まった銀色の魔力のぶつかり合いを呆然と見あげながら、サウスはかつて聞いた主君の言葉を思い出していた。


 ――どんな形であれ、国は残る。負けた直後の不安はラーデアだ。竜妃が現れたのが本当ならば、神殿に竜妃の神器が顕現するだろう。私がいなくなった一瞬の隙に、クレイトスが狙ってくるやもしれん。噂の竜妃に渡していいものかどうかもわからんしな。


 自分が負けることを当たり前のように話さないでほしかった。でもあのひとはきちんと理解していたからこそ、反旗を翻す理由をサウスに打ち明けてくれたのだ。

 今のラーヴェ皇族は、本当のラーヴェ皇族ではないこと。天剣はクレイトスからひそかに入手した偽物であること。

 それでも今までとこれからのラーヴェ帝国を守るために、後世に愚者とそしられることも覚悟で、ゲオルグ・テオス・ラーヴェは立ちあがった。

 祖国を、家族を守る。その一途な心に、胸をうたれて自分たちはそれに従った。

 あなたこそが我々のラーヴェ皇族。そう思って、ついていった。


 ――もし、私が負け、竜帝が勝って。


 だからそんな話は聞きたくなかった。


 ――もし、あの竜帝をラーヴェ皇帝だと思う日がきたら。守りたいと思う瞬間がきたら。


 そんなこと、あり得なかった。


 ――恥を耐え、裏切り者と笑われながら、忠誠を誓ってくれ。新しいラーヴェ帝国が、守るべき祖国が、そこにあるのだから。


 そんなふうに思う日を、こさせないでくれ。


「サウス将軍……あの、パン屋は……」


 本物だと思わせないでくれ。跪かせないでくれ。

 夜明けのように輝き、自分たちを守る力がまぶしくて、涙が一筋流れる。

 それは敗北であり、追悼であり、希望だ。


「あなたがサウス将軍ですね」


 幼い少女の声に、我に返った。振り返ったサウスの顔を見て少女は少し驚いた顔をしたが、すぐに表情を引き締める。金色の柔らかそうな髪に、紫の凛とした目。どこから見ても可愛い少女なのに、隙がひとつもない。

 名乗られる前に肌で理解する。これが噂の竜妃だ。


「竜妃の神器をいただいていきます。陛下を守るために」


 見返すサウスの目にも臆することはない。むしろ挑みかけるように尋ねられる。


「あなたは、どうされますか?」

「どう、とは。……我々は、自分の立場は、わかっているつもりだ」


 じっと少女はサウスの顔を見たあとに、突然、愛らしく笑った。


「わたしの陛下はかっこいいでしょう」


 ぽかんとしていると、きゅっと声がして少女の背後から小さな竜が顔を出した。気づいた兵が腰を抜かす。


「き、金目の、黒竜……!」

「う、嘘だろ、なんで竜の王がこんな姿で!?」

「ロー。ここにいるのか? わたしは行くけど」

「きゅう」


 そうか、と頷いて少女は踵を返す。慌ててサウスは声をかけた。


「お、おい。ここに置いていく気か、危険だ!」

「なら守ってあげてください。その子、飛べないので」


 あっさりした返答に、サウスはまたも口をあけて惚けてしまう。周囲も同じだ。

 なのに振り返りもせず、少女はまっすぐ神殿の奥に向かって駆けていった。

 飛べないという子竜がぽてぽて近づいてきて、くるんとした大きな目で皆を見回す。


(なんと、幼い)


 あの少女も、きっとあの皇帝も、まだ幼い。守らねば死んでしまう。

 なくなった右腕がうずく。もう軍人としては働けまい。だからここが自分の、最後の最前線になるだろう。


「……ラーヴェ帝国の軍旗はまだあるな。あのふざけた軍旗を倒すだけではたりない」


 皆が心得たように敬礼を返す。足元でうきゅっと金目の黒竜が笑った気がした。





 神殿の奥だ。背中でびりびりと感じる戦闘の気配を振り払って、ジルは走る。不思議と行き先は迷わなかった。金の指輪もないのに、方向がわかる。

 ここまでほとんど戦わずにきたジルは体力魔力共に充実している。だが、それでもあれには勝てないとわかった。ハディスが押さえ込むだけで精一杯なのだ。


(生半可な武器じゃ一撃で終わる)


 祭壇の上に辿り着く。最奥に翼を広げた竜と剣を抱く、大理石の女性像があった。女性の抱く剣の柄には、不思議な色をした宝玉がはめ込まれている。


(……赤と、青?)


 光の当たり具合なのだろうか。混ざり合うのではなく、絡み合うように中できらめいている。

 血に濡れた赤と、空を写した青。凝縮された、魔力のきらめき。


「これだ……」


 左手を伸ばそうとすると、像の前で弾き飛ばされた。封印の魔術に拒絶されたのだ。金の指輪がないせいだろうか。

 指先からじんわり鈍い痛みが広がる。深呼吸して、ジルは像に向き直った。時間がない。

 ここを守るだけでは足りないのだ。今、この武器を使えねば、ハディスを助けに行けない。


(無理矢理でも封印を破る!)


 再度左手を宝玉に向けて突き出す。正面から魔力の爆風と反発がきた。


 ――誰ダ。


 頭の中に直接響いた声に、ジルは目を見開いた。


 ――誰ダ、誰ダ、オ前ハ。


 左手の指先が魔力で焼けていく。痛みに顔をしかめたまま、ジルは怒鳴り返した。


「わたしは竜妃だ!」


 一瞬だけ反発が止まった。と思ったら、黒い何かに左手首をつかまれた。


「え」


 ――竜妃。

 ――竜妃、竜妃、竜妃! 新シイ竜妃、新シイ贄、アノ男ヲ絶望サセル駒!


 うしろに倒れまいと踏ん張っていた足が、前に引きずられる。小さな赤と青の宝玉が、大きくなった気がした。出入り口のようにジルを呑みこもうと、魔力が膨れ上がる。


「なん、なんだこれ!?」


 ――あんな男、愛さなければよかった。


 目の前に膨れ上がった黒い絶望に、ジルの視界が染まった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前回も同じような感想書きましたが、やっっぱりサウス将軍とゲオルクの信頼は理解できない。 家族と祖国を守るため・・・って、偽物血筋の栄誉と救済の為に本物の皇帝、竜妃の魔力を奪って攻撃して…
[一言] うわーついに神器が明かされますね楽しみ。 しかしあらこれは先代?初代の竜妃殿下ですかねちょっと不穏な気配。レアさんを説得したようにジルさんのカッコ良き説得を待機いたします。 この三部の後は…
[良い点] ジル、いわば、自分の先輩だ。 永いこと、封じられて旦那に怒ってるかもだけど、 説き伏せて、自分の旦那さん助けなよ。 でも、ジルのあまりの凜々しさに、クレイトスの変態に目を付けられそうでそれ…
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