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「じゃあ作戦をもう一度確認するよ」


 クレイトス側が提示した猶予の二十四時間まで、ちょうど十時間。

 魔力の壁を魔術士にも気づかれぬよう伝令をすり抜けさせ、準備をすべて整えたハディスは日付が変わった頃合いに闇に紛れて集まった兵たちを見回した。


「作戦開始は今から約三時間後。街へ向かってくる竜を撃ち落とすため、あの魔術の壁が攻撃を開始する。それを合図に、まず神殿に突入。小さな神殿だからね、進路と退路はちゃんと頭に叩き込んで。隊は四つ。まず、第一部隊は君達の大事なサウス将軍を助けにいく」


 ハディスは全員の前で二本目の指を立てる。


「第二部隊は、城と街を守る。最初は外に気を取られてるだろうけど、神殿が攻められたことに気づいたら街に攻撃をしかけてくるだろう。魔術で攻撃されても慌てず、物陰に隠れてやりすごすこと! 住民は地下に避難させてるから、街への破壊は止める必要はない」


 優先すべきは人命だ。反論はない。


「対魔術士についてもおさらいしよう。あっちは必ずどこかに隠れて、広範囲の攻撃をしかけてくる。囲まれたら負けるからだ。だから攻撃されてる間は冷静に、連携を密に、魔術士をさがすことに徹する。忘れちゃいけないのは、魔術士はまず単独では動かないってことだ」


 クレイトスの軍人魔術士ならそう動く。しかも今回のお客様は貴人だ。護衛でも、正規の軍に近い訓練を受けているだろう。現に城に捕縛魔術が仕掛けられたときも、ふたりいた。


「今回の人数から考えると二人一組で動いてると思う。街を囲んでいる魔術も維持している奴とそいつを守るなり補佐するなりしている奴がいるはずだ。ひとり見つけたからってすぐ飛び出さない。そして見つけたら全員で一斉に殴る! とにかくひるまず殴る! 数ではこっちが勝ってるんだから位置を把握してたたみかければ必ず勝てる」


 知略もへったくれもない物量作戦である。しまらないと思いつつ、三本目の指を立てた。


「第三部隊は、予備と後方支援。魔力の壁が消えたら住民の避難誘導もね。外から助けがきたらそっちに従って。ああ、第一部隊はサウス将軍が動けそうならサウス将軍に従ってね」


 そして、最後の四本目の指を立てた。


「最後に、第四部隊。いちばん死ぬ確率が高い、ゴミ掃除の部隊だ」


 兵たちは反論も動揺も見せなくなっていた。どうも腹が据わったらしい。いいことだ。おかげで街の住民も暴れ出さずにすんでいる。


「僕と一緒に神殿にいる大将を叩いて、あのふざけた軍旗を蹴倒す。それだけだよ、簡単な仕事だろう?」


 威勢のいい返事がそろって返ってきた。不敵に笑って、ハディスは周囲を見回す。


「いいお返事だ。じゃあ頑張ろうか。君たちは国を守る素敵な軍人さんだ。せいぜい、かっこよく死ね」






「いいか、我々竜騎士団はラーデアの街を取り囲む魔術の壁を突破して住民の救助へ向かう!」


 かがり火が焚かれた広場で凛と声を張り上げたリステアードの前には、彼が作った竜騎士団がそろっている。偽帝騒乱のときにもハディスの救出作戦に参加してくれた面子だ。お世話になりっぱなしだなと、リステアードの横でジルは小さく思った。


「また、竜妃の部隊が神殿に潜入できるようにする囮役でもある。できるだけ長く飛び回って魔力を消耗させてやれ! 相手はクレイトスの対空魔術だ、いい腕試しだろう。全員、撃ち落とされるなよ!」

「わたしたちは迂回して神殿の裏側に回り込み、竜妃の神器を確保します。ロー、頼むぞ」


 ジルの腕に抱かれたローがうきゅっと鳴く。


「リステアード殿下、危険な任務ですがお願いします」


 ジルたちの部隊はロー頼みの飛行しかできないゆえの役割分担だ。リステアードが鼻を鳴らしてジルを見おろす。


「侮らないでもらおう。この戦いでラーヴェ帝国の精鋭竜騎士団はノイトラール竜騎士団ではない、レールザッツ竜騎士団であるとクレイトスに思い知らせてやるさ」


 頼もしい宣言に握手をかわし、ジルは踵を返して村の外に出る。ローに使役してもらうのは野生の竜になるので、村の外に呼び出すことになっているのだ。


「あ、あの!」


 村をぐるりと囲む石造りの壁を出たところで、声がかかった。伝令として馬を駆ってきたふたりの兵だ。ジルは足を止めて尋ねた。


「休んでいなくて大丈夫ですか」

「へ、平気であります。少し馬で駆けた程度ですし……こんな状況ではとても休めません」

「我々も、そちらの部隊に加えていただけないでしょうか、竜妃殿!」


 眉をひそめたジルは、ふたりにきちんと向き直る。


「あなたがたは竜帝を認めていない。ということはわたしも竜妃ではないでしょう」


 だから竜妃『殿下』ではなく『殿』と呼ぶのだ。ジルの指摘に兵はぐっと顎を引いた。


「しかもあなたがたにとって、わたしは仇です」

「……」

「わたしたちはサウス将軍を助けに行くのではありません。竜妃の神器を狙う輩を排除しにいくんです。場合によっては彼を見捨てます」

「――わかっております! ですが我々の仲間が、まだラーデアにいる。そして戦おうとしています!」

「それと……実はその、何より、パン屋がどうしているのか、気になります!」


 ジルは頬を引きつらせた。きゅ、と腕の中でローが首をかしげる。


「サウス将軍が囚われたとき、うろたえる我々をまとめ、助けを呼べと逃がしてくれたのはパン屋です。今もおそらく兵の先頭に立っているでしょう。我々は軍人なのに、一介のパン屋に戦いをまかせたまま逃げることはできません!」

「サウス将軍は大義のために死を覚悟しておられました。ですがパン屋は違います。彼に頼ったあげく、助けに行きもせず死なせてしまったとあっては……そのときこそ、我々は本当にただの逆賊に成り果てます」

「サウス将軍もお怒りになるでしょう。……大層、気にいってらしたので。皇帝に跪けと我々に向かって臆面もなく言う、あのパン屋を」


 パン屋と聞くたびに頬が引きつって言葉が出てこない。だがふたりの目は真剣だ。


「我々は竜に乗れます。リステアード殿下の竜騎士にもひけはとりません!」

「竜妃殿の部隊は飛行訓練が未熟な者が多い。ですが、我々なら野性の竜であってもまともな動きができます! 必ずお役に立てます!」


 実際のところ、迷う場面ではなかった。

 戦力はひとりでも多くほしい。ハディスもジルも戻っている魔力は半分。それで神殿にいる『客人』と戦うには心許ないのだ。


「……わかった。ただし! わたしが指揮官だ。命令違反すればわかっているな」


 はっと綺麗な敬礼をふたりが返す。


「あともうひとつ、条件がある。それを受け入れてもらわねば同行は許可できない」

「な、なんでありましょうか」

「実は、そのパン屋は竜帝だ」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのはこういうものだ、というお手本のような表情をふたりが見せた。気持ちはわかる反面、なぜか笑みが浮かぶ。

 そう、彼らがいうパン屋は竜帝。

 この国の、皇帝陛下だ。


「それでも助けに行くというなら、こい」


 踵を返したジルは、背中で驚愕の声を聞く。


「な、んっ!? ん、パン屋が皇帝!? なんで皇帝がパン屋!?」

「じょ、じょじょじょ冗談だろ、いやでもなんか天剣っぽいの見た……ような……」

「な、なんで今の今まで気づかないんだよ! 敵の顔だぞ、ゲオルグ様の仇の!」

「いや皇帝がパン屋とか思わないだろ普通! 皇帝のパンってうまいんだな!?」

「うまかったな、竜帝だからか!?」


 錯乱のあまりなんだか変な会話をしている。でもあのふたりはジルと一緒にハディスを助けに行く気がした。歩きながらふっとジルは笑う。


「やっぱりかっこいいな、わたしの陛下は」


 生まれながらの皇帝。ラーヴェがそういうようなことを言っていたが、正しかった。


「きゅん」


 なぜか自慢げにローが胸をはる。この子も、生まれながらにして竜の王だ。だから野性の竜が呼んだかとばかりに首をそろえて待っている。

 胴に鞍をつけられた緑竜に、ローを抱えたまま飛び乗る。ハディスがジルに与えた作戦は単純明快だ。竜妃の神器を手にして、あの街をクレイトスの魔の手から救うこと。


 ――僕は君を竜妃にする。


 竜帝は誓いを違えない。

 さっきの兵が、何やら顔見知りと話し合って出陣の準備を始めている。そのためにどこからともなく、二頭、空から竜が舞い降りてきた。驚き、心酔したあの眼差しが、ハディスに向く日は近い。


「でも、わたしは怒ってるからな。神器で殴る」

「ぎゅ!?」


 さあ、首を洗って待っていろ、竜帝陛下。

 夜空を見あげて、ジルは叫ぶ。


「作戦開始! 目標、竜妃の神殿だ!」


いつも読んでくださってありがとうございます。

明日はお休みいただいて、明後日から決着がつく手前くらいまで連続更新したいと思います。

多分来週末には終わっているはず…!(根拠のない願望)

最後までジルたちをよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 電車で泣きそうな、とっくに成人している読者です。 面白いです。 陛下がかっこいい。ギャップに萌えます。 兵にかける言葉が、リステアード殿下と真逆なのがまたよかったです。 [気になる点] …
[良い点] 陛下ーーー!!!死ねとか躊躇いなく命令するのカッコ良すぎるーーーーー!!!!それでこそ皇帝ですーーー!!! この夫婦どっちもイケメンすぎて、どうしたらいいか分からない…! でも陛下、ジル…
[一言] ついにクライマックスが近づいているなぁとワクワクです。国王陛下とどんな対決をするのか楽しみ。三部冒頭のやり直し前の王太子が、ジルと会わせたくなかったようなので、変に気に入られると厄介なことに…
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