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翌日、朝から体調が悪いふりをして、ジルは布団に潜りこんだ。
見張りはこちらが申し訳なくなるほど大層心配してくれて、水と薬をくれた。昼食は先に断り、寝かせておいて欲しいと頼む。脱いだ服などを詰め込んで布団を膨らませ、着替えたあとは通気口の中へ入った。
魔力はあまり使いたくない。平常時とはいえ、軍港だ。いくら魔力がラーヴェ帝国で珍しいとしても、魔力を使える兵がいないとは限らない。
聖堂の裏側に出たジルは、ほこりを払い、結いあげた髪を帽子の中に入れ直す。聖堂で世話になっている少年、という設定だ。軍人の振る舞いはそのままジルを少年のように見せてくれるし、ベイルブルグにたどり着いてからジルの顔をまともに見ているのはスフィアと扉の見張りくらいしかいない。脱走がばれない限りは、まず見破られないだろう。
(……そういえば聖堂に子どもがいないな? どこかに皆で出かけているのか)
さてまずどこへ向かおうと首をめぐらせると、可憐な声が耳に届いた。
「神父様、私は……私はどうしたらいいでしょうか……!」
聖堂のほうからだ。窓が開いているのだと気づいて、ジルはそっと背伸びをして中をのぞいてみる。
中は礼拝堂になっていた。祭壇の前に神父らしき服を着た男性がおり、その前でスフィアがうなだれている。
「嫌な予感がするのです。床に伏せっておられますが、あの方はハディス様です。なのにどうして、ハディス様ではないなどと……お父様は何をお考えなのでしょう。何も心配しなくていいとおっしゃるのですが、それでいいのでしょうか」
「ベイル侯爵はあなたのことを思っておられるのです。信じられてはいかがですか」
穏やかな神父の回答に、スフィアがきつく唇を噛みしめて、うなだれた。
「……愛のない政略結婚だった前妻との娘でも、ですか……」
「あなたはハディス様の婚約者候補です。大事にしないわけがありません」
「そう……ですね。ハディス様が目をかけてくださっている間なら……でもハディス様は昨日、クレイトスから連れ帰った女の子とお会いになったのです」
ぎくりとしたジルの焦りを、神父が否定してくれる。
「まさか。ハディス様は伏せっていらっしゃるのでしょう」
「ですが、そうとしか思えません! 昨日まで『僕の紫水晶はどこに』と、ずっと心配しておられて……わ、私は自分のわがままを恥じたくらいです。なのに昨日からいきなり、『近づくと危険だ動悸がひどい、城で養生する』とおっしゃるようになられて……」
「それは……その、冷静になられたのでは?」
「違います! 恋する乙女をなめないでくださいっ! ハディス様は恋に落ちかかっておられるのです!」
(いやそれはない)
しかしジルの心の声はスフィアに届かない。
「そして、今朝はお菓子作りのレシピ本を片っ端からお読みに……!」
それはジルのせいかもしれない。
「女性が喜ぶ飾りや味について相談されたのです、私に! あれは絶対に小さな女の子を想定しておられますっ……こ、こんなひどい仕打ちがありますか……!?」
「お、落ち着いて……そうだ、スフィアお嬢様への贈り物かもしれません」
「そ、それは……はい……でも、ハディス様は……じゅ、十四歳未満でないと……!」
ついにスフィアがわっと床に伏せて泣き出した。
「こ、婚約の話をもう一度考えていただけないかと言う私に、十四歳未満ではないからだめだと、はっきり……ほ、他のことなら努力もできますが、年齢はっ……なぜ十四歳未満なのですか!? 十六の私が悪いのですか!? し、しかもそれを聞いたお父様が、十四歳未満の従姉妹を宴に呼ぶ準備を……!」
スフィアの嘆きを頭の痛い思いでジルは聞く。だが、いつまでもここでスフィアの愚痴を聞いているわけにもいかない。
申し訳なく思いながらも、そっと窓下から壁にそって移動した。
(確かに年齢でふられると、納得はしがたいだろうな。なんで十四歳未満なのかと言いたくもなるか)
実際、なぜなのだろう。あえて幼女趣味の可能性をはぶき、十四歳、十四歳と考えて歩く。
クレイトス王国で十四歳といえば、天界でただの少女だった女神がその権能に目覚めたと伝えられている年齢だ。それにちなんで、クレイトス王国に生まれた少女は十四歳の誕生日に花冠を作ってもらい特別なお祝いをする――そこまで考えて嫌な思い出が蘇った。
城壁から飛び降りたあの夜の、きっかけになったことだ。
(フェイリス王女の十四歳の誕生日だから、王都に戻って……やめよう、考えるの)
理由は本人から話してもらうしかない。聞くのが怖い気もするが。
「いやでも近いうちにはっきり聞いておくべきだな……でないとわたしが十四歳になったらどうするのかという問題が――」
「おい、合図はまだかよ」
「門が閉まったらだ、もうすぐだよ。静かにしろ!」
聖堂の正面に回ったジルは、漏れ聞こえた声に咄嗟に近くの茂みに隠れた。そのまま聖堂前の通りを数人の男達が、どこか急ぎ足で進む。
(おかしいな……ここの軍人は貴族の子息が多いとしたら、何か)
育ちのよさというのは動きににじみ出る。歩き方がどこか粗雑で、少しなまっている気もした。まるで傭兵か何かのようだ。
だが、着ているものは北方師団の軍服だった。
「標的は間違いなくここにいるんだな?」
聖堂の扉をさす仕草に、ジルはまばたく。
「ああ、今、神父が引き止めてる。もう片方も軟禁されてる部屋はわかった」
「基地内に残ってる北方師団の奴らは」
「せいぜい十人程度って話だ。ほとんど使い物にはならねぇだろうよ」
正直、啞然とする以外なかった。
(ちょ……待て、だめだめすぎないか北方師団! そんなに弱かったか!? ……ま、まさかこれをきっかけに建て直したのか……)
いや、問題は今だ。とてもまずい状況にあるのではないかと思ってる間に、門がおりたと声があがった。聖堂の扉が蹴破られる。中から悲鳴が聞こえた。
「な、なんですかあなた達は……!」
スフィアの声だ。やっぱりか、と思ってジルは頭を抱える。だがすぐ決断した。
(わたしの役目は情報収集!)
「あの、今、悲鳴が……どうしたんですか!?」
飛びこんだジルに、腕をつかまれたスフィアが涙目で振り向く。
なんだこのガキは、という声と一緒にジルも押さえこまれるまで、そう時間はかからなかった。
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