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「だから、本当に君は僕の理想そのものなんだよ」
「そうですか……わたしは残念です……」
「だってあと三年は何も心配せず、一緒にいられる」
引っかかる言い方だったが、ハディスはにこにこしているだけだ。ラーヴェを見ると、そっぽを向かれた。どちらも話す気はないらしい。
(嘘は言ってないが、本当のことも言っていないな、これは。やっぱり十四歳未満という条件には何か理由があるんじゃないのか……?)
希望的観測だろうか。だが時間もないことだし、ジルは話を変える。
「陛下の周囲に敵が多い、ということはわかりました。それで、陛下はどう対処されるおつもりですか」
「火の粉は振り払うし、向こうがその気なら徹底的につぶす。だが、むやみやたらに争う気はないよ。こちらに手出しさえしてこないなら、文句はない」
ジルは深呼吸して、気を取り直した。
ハディスの方針は、ジルの方針とほぼ同じだ。
「ではまず、ベイル侯爵の狙いをつかむために情報収集が必要ですね」
立ちあがったジルに、ハディスは目をぱちくりさせた。
「ハディス様はそのまま体調不良ということで、城で休んでいてください。そのほうが相手も油断するでしょうし、安全です。わたしがなんとかします」
「なんとかって、君がひとりで? どうやって?」
「偵察任務はわりと得意です。こんなこともあろうかと」
ジルは床板をはずし、こっそり隠しておいた男の子の服を取り出す。サスペンダーと小さな帽子もついている。ラーヴェが呆れた。
「おいおい、どっからそんなもん手に入れたんだよ」
ジルは天井近くにある通気口を指さした。
「最初の夜にあそこから一度外へ出て、軍港内にある聖堂から拝借しました。悪いとは思ったんですが、誰かの持ち物ではなく寄付品のようでしたし……」
「ああ、あそこはよく子ども預かったりしてるからな……って既に偵察済みとか、嬢ちゃん強者すぎだろ」
「ですが夜でしたので、軍港部分を把握するのがせいぜいでした。でも閉じこめられてずっとおとなしくしていましたから、今なら見張りも油断していると思います。それに、ここの軍港は正直、警備が甘いと思います。ひょっとして、貴族の次男三男あたりが名誉職代わりに放りこまれただけなのでは?」
ジルの疑問に、ハディスが感心したように頷いた。
「そのとおりだ。軍港こそ北方師団を置いているが、あくまでここはベイル侯爵の領土。クレイトスに対する共同戦線とは言っているが、それもずっと休戦状態だからね。あまり大袈裟なものを置くと反感を買う」
「なら、脱走がばれてもそう大事にならないでしょう。失態を隠すため、もみ消す可能性もあります。わたしが子どもであることも有利に働きます。おまかせください」
ハディスは眉をひそめた。
「君の強さは見せてもらったが、それでも危険だ。何かあったら」
「それをいうなら皇帝陛下、あなたこそ危険です。本当にベイル侯爵が何かたくらんでいるなら、敵に囚われているのと同じですから。それに、なめないでください。わたしはあなたの妻です」
きっとジルはハディスを見あげた。
「夫が危険にさらされているのに、妻のわたしが動かないなど――陛下っ!?」
突然胸をおさえてよろめいたハディスに、ジルは慌てて駆けよる。
「どうされましたか、また体調が……」
「そ、そうらしい。む、胸の動悸が、激しくて……息が……」
「早くお休みになったほうがいいです。わたしがお送りできればいいのですが……」
「だ、大丈夫だ。自分で戻れる……こんなときになんだが、君に言いたいことがある」
手をハディスの両手に包みこまれた。苦しいのか眉間にしわをよせて、あえぐようにハディスが告げる。
「今、僕は、君にありったけのケーキとパンを作りたい……!」
「本当ですか!? でしたらまずは一刻も早く体調を整えてください……!」
ハディスの手を握り返し、見つめ合う。その様子を見ていたラーヴェが半眼になっていた。
「なんだかなー……まー話がまとまったならハディス、早く戻れよ。本調子じゃないだろ。無茶するとまたベッドに逆戻りになるぞ。転移はできそーか?」
「た、たぶん……」
立ちあがったハディスがよろよろしていて、あぶなっかしい。
だが不思議と弱いとか、情けないとは感じない。しかたないなあという、弟や子どもへ向ける目になる。放っておけないと思った。
ハディスの育った境遇やこれから起こることに、同情してしまったのだろう。
(うん、そうだ。それだな。……九つ上だが中身は三歳差だし、そこは目をつぶろう)
どこかほっとして、ジルは微笑んでハディスを送り出した。




