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初めて入ったフリーダの部屋は、ぬいぐるみがたくさんある可愛い部屋だった。
クリーム色の下地に花柄が入った壁紙と、おそろいのカーテン。猫脚の長いソファーには丸いクッションと小さなうさぎのぬいぐるみが並んでいる。可愛いリボンもフリルもあるが、全体的に調和がとれていて、皇女の気品を損なわない。
大きめのバスケットを持って入ったジルは、ぐるりと見回してほうと息を吐き出した。
「素敵なお部屋ですね。ぬいぐるみもたくさん……」
出入り口を見張る厳めしい兵たちに固い顔をしていたフリーダが、少し頬をゆるめた。
「ぬいぐるみは、おにいさまが帝都を離れるときにいつもさみしくないようにってくれるからふえてしまって……でも今回は……いきなり、だったから……もらって、なくて……」
お茶会開始早々、いきなり地雷を踏んだ。びしっと固まったジルだが、それこそ子ども扱いは失礼だろうと思い直し、まず紅茶を飲んでみる。きちんとお茶を用意して時間どおりに待ってくれていたフリーダは、それを見て尋ねた。
「おいしい……ですか……?」
「はい、とっても! 今回はお時間くださってありがとうございます、フリーダ皇女殿下」
「こちらこそ。……竜妃殿下」
ためらいつつも受け答えをちゃんと返すあたり、やはりフリーダも皇女なのだ。ヴィッセルを止めただけのことはある。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。ジル・サーヴェルと申します。皇帝陛下と結婚の約束をして、クレイトス王国より参りました」
兵が何やら不満な顔をしているが、無視してジルは続ける。
「ラーヴェ帝国には詳しくないので、色々ご面倒をおかけすると思いますが、宜しくお願い致します。……いえ、黙っていたことをまずお詫びしなければなりませんね」
「……だいじょうぶ、です。わたしも、仮病をしたので……おあいこです」
「そう言っていただけると嬉しいです。わたし、陛下のご兄弟とは仲良くしたいので! しかもフリーダ皇女殿下はとびきり可愛いですし!」
ぱちりとフリーダはまばたいたあとに、はにかんだ。
「そんな……ことは……」
「そして何より、ご立派でした。ナターリエ皇女殿下を救うべく、皇太子殿下に訴え出られたこと。感銘を受けました」
ふるふるとフリーダは首を横に振る。
「……ほんとうに、すごいのは、ナターリエおねえさまだから……ご無事で、いてくださるといいのだけれど……」
「大丈夫ですよ。ナターリエ皇女殿下は大事な人質。乱暴はできないはずです」
「……おにいさまの、ことも……できることがあれば、いいのだけれど……」
小さな胸を痛める姿についジルも眉がよりかけたが、あえてここは笑顔を作った。
「それこそ、大丈夫です。リステアード殿下はとても立派な御方ですから。あっという間に問題を片づけて、あっという間に帰ってこられますよ。きっとぬいぐるみを持って」
そう言うと、フリーダは嬉しそうに微笑む。それであっとジルも思い出した。
「そうです、他にもフリーダ皇女にご紹介したい者が……」
紅茶のカップをよけて、持ってきたバスケットをテーブルに置く。そして、中身がフリーダに見えるようふたをあけた。並んで出てきたのはびしっと敬礼しているソテーとくま陛下だ。
「ソテーと、くま陛下です」
「……に、にわとりさんと、くまさん……?」
「コケッ!」
返事をしたソテーにフリーダは一瞬びくっと震えたが、興味はあるのかまじまじとその姿を見ている。臆病だが好奇心は強いのだ。
「にわとりさん、おとなしい……かしこい、ね……」
「ソテーは軍鶏ですから。そして、くま陛下は戦うぬいぐるみなんですよ! どっちも皇帝陛下にもらったわたしの大事な宝物なんです」
「へいか……」
困った顔になるフリーダは、やはりハディスが苦手なのだろう。でもジルはにっこり笑う。
「はい、とっても素敵なわたしの陛下です! 見てください、このくま陛下!」
バスケットからハディスぐまを取り出して、正面のフリーダの席へと回りこむ。
出入り口の見張りから脅えた眼差しを向けられる。ここにくる前に荷物検査としてソテーとハディスぐまの検分をした際、ソテーに蹴り回されたからだろう。
「……かわいい」
「でしょう!」
ハディスぐまを手渡すと、フリーダは王冠を突いたり撫でたりして、笑顔になった。
「とっても丁寧な作り……」
「そうなんですよ。陛下の手作りなんです。陛下、とっても裁縫が得意で」
フリーダの顔が未知の生物でも発見したような、形容しがたい表情にゆがむ。
「……へいか……手作り…………ぬ、ぬいぐるみ……が……皇帝……!?」
最終的には混乱してきたのか熱を出したかのようにうなされ出した。
「あっ無理に呑みこまなくていいです! 落ち着いてください。ただわたしは、おそろいですねって伝えたかっただけで……!」
「お……おそろい……?」
不思議そうな顔をするフリーダに、ジルは苦笑いを浮かべる。
「陛下が、わたしがさみしくないようにって帝都にくる前にくれたんです。リステアード殿下がフリーダ殿下に渡したのと一緒だなって。……陛下は帝城にいますけど、わたし、今は陛下と会えないので」
ナターリエ皇女の誘拐にくわえ、ラーデアに反乱の兆しありということで皇帝の身辺警護が強化されることになり、ハディスは今までジルと一緒に寝起きしていた宮殿から移動してしまった。だから今は食事はもちろん、寝室も別だ。身辺警護は本当だろうが、本音はヴィッセルがハディスにジルを近づけさせないためにそうしているのだろう。「まだ婚約もしていないのに理由もなく寝室が一緒なんてだめに決まってる」という完璧なヴィッセルの常識論に、誰も反論できなかった。
意外にもハディスも反対せず、そわそわしながら「ためしで」と言って了承した。ただ「ジルを僕の宮殿以外で寝泊まりさせるなんて死んでも嫌だ」という謎の要求により、ジルはそのままハディスの宮殿に住み、ハディスが出て行ったのである。
それから数日、ハディスとは一切顔を合わせていない。警備の目をかいくぐって会いに行くのは簡単なのだろうが、緊急性もないのにそれはしないことにしている。さすがに皇帝に何かあればジルの耳にも入るはずだし、エリンツィアからハディスが元気なことは聞いている。
ラーヴェも会いにこないので、ハディスにはきっと何か考えがあるのだ。ハディスからも時間がとれなくなるだろうと予告されていた。ある意味、ハディスの想定通りの展開なのだ。
だが、ここまで徹底して会えなくなるとは思っていなかった。だから本音がこぼれる。
「わがままかもしれないけれど、ぬいぐるみよりそばにいてほしいなって思いますよね。だからフリーダ殿下とわたし、おそろいです」
皇帝の手作りぐまの脅威から立ち直ったのか、フリーダがもじもじと尋ねる。
「……へ、陛下が……す、好き、だから……?」
はたと考えたあとで、ジルは両手に頬を当てた。自覚すると頬が熱くなってくる。
「な、内緒ですよ。陛下はわたしが甘い顔すると、すぐに調子にのるので……!」
恥ずかしさが伝染したのか、フリーダも紅潮した頬でこくこく頷く。
「わたしも、リステアードおにいさまには、内緒……こ、子どもあつかい、されるから」
「内緒もおそろいですね」
もう一度繰り返すと、フリーダが嬉しそうに笑いぎゅっとハディスぐまを抱きしめた。




