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「は? 残ってた帝国軍を捕縛……そ、それって実質、逆賊として処分ってことですか!?」
「そう、そしてヴィッセルが連れてきたフェアラートの兵を帝国軍にするんだそうだ。今の帝国兵は、誰が裏切っているかわからないという理由で」
「そ、そんなの」
批判しようとしたジルを、エリンツィアが近くの兵を目で示した。ジルは声量を落とす。
「そんなことをしたら陛下の、国への信頼がなくなります。理由もなく逆賊にされるなんて状況じゃ、誰も命をかけて国を、陛下を守りません」
「そうだ。命をかけて戦ってくれる兵たちに対して掌を返すなんて、国を統べる人間はしてはならない。……ラーデア領が本当に逃げた帝国軍に占拠されているなら、ある程度の詮議はしかたのないことだが、それにしてもやり方が横暴すぎる」
「リステアード殿下は本当に帝都を離れるおつもりなんでしょうか。この状況下で?」
リステアードはかろうじてあったハディスの地盤だ。ジルでは及ばぬところでハディスの大きな力になってくれていただろう。
さすがに不安になるジルに、エリンツィアが嘆息する。
「おそらくな。ハディスは了承したし……リステアードは君に賭けることにしたんだろう」
「え……」
「いらっしゃったぞ! フリーダ皇女だ!」
飛びこんできた声に、ジルとエリンツィアは一緒に駆け出した。
帝国軍――ヴィッセルに言わせると旧帝国軍と、それを捕縛せんとするフェアラートの兵との争いに巻きこまれたのだろう。フリーダが、ふらふらと物置の中から出てくる。
「エ、エリンツィアおねえさま……っ!」
「フリーダ、よかった! 怪我はないな。ナターリエはどうした? 一緒じゃないのか?」
さすがに年端もいかぬ少女を兵で囲むのは気が引けるのか、ヴィッセルたちは距離を取り、駆けよったエリンツィアがフリーダを抱きしめる。ジルも今出て行けば混乱させるだろうと、遠巻きにしたまま素早く周囲を観察した。
(ローがいない。……ナターリエ殿下と一緒なのか?)
金目の黒竜だ。いざとなれば自力でなんとかできる力が――あると信じたいような、信じられないような。あのときはナターリエと一緒に逃がすのが最善だと判断したとはいえ、不安がこみあげてくる。
心配を裏付けるように、フリーダがエリンツィアの腕の中で小さく答えた。
「ナ、ナターリエおねえさまは……て、帝国軍に……」
「人質か……!」
唸るエリンツィアの背後で、ヴィッセルが嘆息した。
「すぐに捜索と追撃を出せ。今ならまだ帝都にいるはず」
「だめ!」
悲鳴のような声をあげて、エリンツィアの腕からフリーダが駆け出す。そしてヴィッセルの前に小さな両腕をいっぱいに広げて立ちはだかった。
「お、追うことは、ゆるしま、せん。お、追えば死ぬって、ナターリエおねえさまが……っ」
全員が息を呑む中で、凛とフリーダが顔をあげた。ばりっとその足元から稲妻のようなものが走る――フリーダの魔力だ。
「第三皇女フリーダ・テオス・ラーヴェの名において命じます! 追撃ではなく、交渉をしなさい! て、帝国軍は、フェアラート軍からナターリエ皇女殿下を守っているのです!」
ぎょっとエリンツィアが顔色を変え、ヴィッセルが眉尻をあげる。
「……まさか、帝国軍を逃がすためにわざと」
「こ、このままあなたの思い通りにはいかせません、ヴィッセルおにいさま……!」
震えながら立ち向かうその姿に、全員が顔を見合わせる。その小さな体を押しのけて向こうに行くことは簡単なはずだ。なのにそれをさせない強さがあった。
「わかった。帝国軍には使者をやろう。いいよね、ヴィッセル兄上」
「陛下!」
フリーダが見つかったことが耳に入ったのかハディスが廊下の奥から姿を見せた。
フリーダが大きな目をいっぱいに見開いて、脅えたようにぬいぐるみを抱きしめてしまう。
だが、ついハディスの横顔をうかがったジルの目には、とても優しい眼差しが映った。兄のような、弟のような、慈しみの眼差し。
「ハディス。逆賊と交渉など悪手だ。ただちに追撃を」
「皇帝命令だ」
ヴィッセルが瞠目し、フリーダがまばたく。少しだけハディスが首をかしげて、微笑んだ。
「やっぱり兄妹なんだね。君、リステアード兄上みたいだ」
フリーダが、初めてまっすぐハディスを見あげた。
――フェアラート軍の捕縛を免れた帝国軍が、ナターリエ第二皇女を連れたまま帝都を出たという知らせは、すぐに飛びこんできた。