17
「わかりやすく、最初から説明しよう」
ゆっくりとヴィッセルが会議室を見回して、静かに言った。
「さっきも言ったとおり、ラーデア領が元帝国軍に占拠された。声明は何も出てませんが、蜂起は時間の問題です。あなたがたが帝都で手をこまねいている間にね」
ヴィッセルの批判にエリンツィアは拳をにぎる。拘束されたリステアードも黙ったままだ。
だが、予想できた話ではあった。ラーデアはゲオルグが代理で領主をしていた土地、反逆者の治めていた領地だ。元帝国軍の逃亡先としてハディスたちも注視していた。
だが、ラーデア領を暫定的にまとめているゲオルグの補佐官からは異変なしという報告が入っていた。しかも、ラーデア領は特殊な領地なので下手に手を出せなかったのだ。
厳しい声をあげたのはエリンツィアだ。
「だが、それでなぜ、リステアードに反逆の疑いがかけられる。ラーデアで反乱の兆しありというならば、まず叔父上の後ろ盾であったフェアラート公を疑うのが先だ!」
「疑われたくなかったから、フェアラート公はこうして私に軍と人手と資金まで持たせてくださったのです」
なるほど、それ故の過剰なまでの支援でもあるのかとハディスは感心する。貴族というのは抜け目がない。そうでなくては生きていけないからだが。
「それに話はそう単純ではありません。最悪なことに、レールザッツ領にクレイトス軍が駐在しているという情報も入っているんです」
「クレイトス軍!? まさか、宣戦布告もなく攻めてきたとでも言うのか」
焦るエリンツィアを制して、ハディスは口を挟む。
「レールザッツ領は交易都市だ。交易団の護衛としてクレイトスの軍がくるのはいつものことだよ、兄上。それだけで叛意ありと言うのは無茶だ」
北は水上都市ベイルブルグ、南は交易都市レールザッツがクレイトス王国との窓口になっているのは誰もが知るところだ。事実を口にしたハディスに、ヴィッセルは柔らかく微笑んだ。
「お前は相変わらず甘いね。わかってるんだろう? レールザッツ領の北にはラーデア領が隣接している。しかもレールザッツ公はここ最近、ラーデア領に大量の食料や武器を融通している。もし、レールザッツ領にいるクレイトス軍もラーデア領に送りこむつもりだったら?」
そこで初めて、はっと笑うリステアードの声が響く。
「つまり皇太子殿下はこう言いたいわけだ。叔父上に従いハディスに弓引き帝都から逃げた反皇帝派の帝国軍が、ラーデア領を占拠している。そして、なぜか僕のお祖父様――レールザッツ公がそいつらを支援している節がある。ならばレールザッツ公を後ろ盾に持つこの僕も、反皇帝派に関わっている可能性がある、と」
「理解が早くて何よりです」
静かにハディスの横を通り過ぎたヴィッセルに、リステアードを囲んだフェアラートの兵たちが――これからの帝国軍が道をあける。
そうするとハディスにも不敵に笑っているリステアードの顔がやっと見えた。
「よくもまあ、そう情報を仕入れてくるものだ。どこが情報源か知らないが、お前は自分が叔父上の娘と婚約し、叔父上を後ろ盾にしていたことを忘れたのか?」
「覚えてますよ。ですが私は叔父上を止めた側です。なんなら、あのとき一緒に閉じこめられた後宮の皆様や妹君にでもうかがってください。それくらいの確認はなさっているとは思いますが、リステアード様なら」
「相変わらずハディス以外の皇族は、姉弟であっても様づけか。嫌みな男だ」
「申し訳ありません。散々、対等だなどと勘違いするなとラーヴェ皇族の方々に頭を押さえつけられたときの癖が抜けないもので。それともリステアード様はいつの間にか私を皇太子だと認めてくださっていたのですか、それは初耳だ」
「そ、そんな言い合いをしている場合じゃないだろう、ヴィッセルにリステアード……!」
「そうそう、誤解しないでほしいのですが、レールザッツ公の動向はすべてノイトラール公から私に持ちこまれた情報です」
ノイトラール公爵を伯父に持つエリンツィアが息を呑む。
「ノイトラール公は、エリンツィア様が一時期ゲオルグ様に手を貸した失点を取り戻そうとなさったのでしょう。気に病まれることはないですよ、エリンツィア様」
当てこすりにエリンツィアがうつむく。リステアードが声を張り上げた。
「姉上は関係ないだろう。本当に僕のお祖父様がよからぬことを企んでいて、それをノイトラール公が察知されたというならば、それを報告するのはラーヴェ帝国貴族の義務だ。なんら恥じることではない」
「リステアード……」
エリンツィアが複雑そうに弟の名前を呼ぶ。ヴィッセルが目を細めた。
「さすがリステアード様。ご自分の立場を正確にご理解いただけたようだ。さて、そのうえであなたにふたつ、提案したい」
ヴィッセルは二本、指を立てた。
「ひとつはレールザッツ公への疑いが晴れるまで、あなたを拘束させてもらう。もちろん、フリーダ様も一緒にです」
「人質としてか? だが誤報なら、レールザッツ公を敵に回すことになるぞ」
「そのときは情報源のノイトラール公に釈明いただきましょう。それが順序というものだ」
リステアードは呆れたように吐き捨てた。
「レールザッツ公とノイトラール公を対立させる気か」
「心配なさらずとも、ちゃんとレールザッツ公に釈明の機会は与えます。そこでふたつめの提案です、リステアード様。その役をあなたにしてもらう、というのは?」
「……レールザッツ公爵領におもむき、自分への疑いを自分で晴らしてこい、と?」
低く確認したリステアードに、ヴィッセルは頷く。
「ただし、フリーダ様は帝城に置いていってもらいます。あなたへの疑いが晴れたわけではないので」
リステアードへの人質にするためだ、というのは言われずともわかる。
「どちらの案にのっても、あなた直属の竜騎士団はもちろん、あなたが目をかけていた人材もすべてハディスの周囲からは排除します。帝城にいる旧帝国軍と一緒にね。大丈夫ですよ、私が連れ帰った者たちは優秀です。政務が滞ることはない」
「徹底しているな。僕もずいぶん皇太子殿下に才を買っていただいたものだ。少々驚いているよ。――だがあいにく、僕は帝都から離れる気はない。もちろん、監禁生活もお断りだ」
「……だ、そうだが。さて、ハディス。どうしようか?」
振り向かれたハディスは、目をぱちぱちさせてから率直な感想を述べた。
「どうって……びっくりしてる。突然の、兄上たちからのモテ期に」
ヴィッセルが笑顔のまま固まり、リステアードが脱力しきった顔になった。