13
ハディスにつられて、ついジルも真顔で、ごくりとつばを飲む。
「僕、やっぱり離乳食は作りたい」
だが、ハディスの言葉を吟味するのに、数秒を要した。
「……はい?」
「子育ての話だよ。十人もいるんだから――まさか忘れたの!? 僕の子ども十人産んでくれるって、この間!」
「……え、あ、はい!? 言いました言いました、覚えてます!」
焦ったジル以上に焦った顔をしたハディスが、ほっと胸をなで下ろして笑顔になる。
「よかった。十人ってことは、生むだけで短くても十年はかかるよね。君の体への負担もあるし、できるだけ若いうちに取りかかったほうがいいと思うんだ」
「あ、はい……そうです、ね?」
何の話だったかと思いつつ、ハディスの真剣さに呑まれてひとまず頷く。
「となると、早くて君が十六歳か十七歳くらいになる頃から子育てが始まるわけだ」
「……は、はい……そうなります、ね……」
「で、僕は離乳食が作りたい」
「さっき聞きました……」
「できれば可愛い産着も作りたいしおむつだって替えたいしあやしたい」
「い、育児をしたいんですね、陛下は」
似合うだろうしうまいだろうが、完全に話が明後日へ向かっている気がする。
(ひょっとしてローの話にいくのか? 実は陛下もローの面倒をみたかったとか?)
予測不可能な話の先を考えている間にも、ハディスの決意表明は続く。
「もちろん妊娠中の君の補佐だって僕がする」
「あ、ありがとうございま……す……? あのでも陛下、話がよく」
「となるとあと五年で、片手間に皇帝の執務が回るようにしないといけない!」
皇帝の計算と結論に、ジルは一拍あけてから、ぎこちなく頷き返した。
「な、なるほど。五年で、片手間に……皇帝が、片手間……」
「そうなんだよ。ってなるともう、国内の安定から対クレイトスまで最速最短最善でぶっちぎらなきゃいけなくて、でも育児のためだから頑張るって決めた」
「そんな理由でですか!?」
「え、駄目かな?」
どうだろう。真剣に聞き返されると返答に困ってしまう。
(いやでも、復讐のためとかよりは、動機としていいよな。うん)
リステアードあたりが卒倒しそうであるが、ジルは思い切って頷く。
「わ、わたしはいいと思います、健全で!」
「だからちょっと今から大変だけど、僕を信じてほしいんだ」
胸をまっすぐに、つかれてしまった。寝間着姿のジルにショールをかけ、枕を動かして寝る準備をしながら、ハディスが言う。
「まだ魔力は半分も戻ってないし、天剣だって長くは出せない。力尽くも難しいから、色々もどかしいことはあると思う。君との時間だってあんまりとれなくなる」
「あ、会えなくなっちゃうってことですか、陛下とわたし」
「うん。でも、ちゃんと君と結婚するからね。僕は君を竜妃にする。だって幸せ家族計画だ」
――ふいに、理解した。どうしてローが卵から孵ったのか。
(陛下がちゃんと、ほんとの、竜帝になろうとしてるんだ)
まだ飛べない。転がってぶつかってどんくさくて、逃げ足は速くて。でも、ちゃんと自分で立って、歩いて、立ち向かおうとしている。
ハディスはジルが差し出したものを、ちゃんと受け取ってくれたのだ。
いつかは利用されたままで終わってしまったものを。次さえあればと賭けたことを、きちんと返してくれた。
「……わたし、陛下が好きです」
気づいたらそう言っていた。ハディスのほうがびっくりした顔でうろたえる。
「えっ、そ、その話に戻ってもいいの……?」
「いいです。好き。大好き。陛下を好きになってよかった」
胸がいっぱいだ。なんだか鼻の奥がつんとしてくる。両腕を伸ばして、体当たりでハディスに抱きついた。
「わ、わたしも絶対、陛下と結婚しますうぅぅ~~~! 竜妃になります、うえ、うえぇぇ」
「な、なんでそこで泣くの!? ジル、落ち着いて」
「だってわたしの陛下がかっこいい! 惚れ直しちゃうじゃないですか、ジェラルド様なんかもうどうでもよくなりましたあぁぁぁ!」
「あ、やっぱりそうなんだ……」
少しさめた声でそう言ったハディスは、わんわん泣き出したジルを困った顔で、でも優しく背中を撫でてくれた。
灯りを消していつものように一緒に寝台に入る頃には、なんだか色々とても恥ずかしくなってしまって、ハディスももじもじしていて目を合わせられずに、でも離れがたくて、言葉少なに「おやすみ」「おやすみなさい」だけですませて、初めて互いに背中を向けて寝た。
好きなひとがうしろにいるだけでこんなにどきどきするものだと、初めて知った。
ちょっと身じろぎしただけで、ハディスもびくっと体を震わせる。でも、何も言わずに息を殺してしまう。そんなことをされたらこちらだって妙に意識してしまう。たとえば、ちゃんとジルが大人になって、ハディスが言うような未来がきたらどうしよう、とか。
でも、それはしあわせな恋の続きだ。安心してジルは目を閉じた。