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小さな金目の黒竜は、とてとてと歩いてはころんころんとよく転ぶ。自分でも何が起こっているのかよくわからないのか、そのたびに目をぱちぱちさせてきょろきょろしていた。
「やだ可愛いじゃない~……!」
「きゅ?」
「おい、そっちはあぶないぞ」
「っきゅう!」
何に興味を引かれたのかあちこちへ歩くうしろ姿を、竜妃の騎士たち――ジルの部下であるカミラとジークが追いかける。それを見つめながら、紫目の黒竜は言った。
「まだ飛べぬのだ。竜は生まれて一日か二日もすれば飛べるものなのだが……」
「今、生後何日くらいなんですか?」
「あの姿でいるのを巣で発見してから、もう五日はたっている」
ということは、普通ならとっくに飛んでいるのか。
黒竜は目立つし何より狭いので、テラスから続く庭へと移動したジルは、楽しそうにぽてぽてジークから逃げている金目の黒竜を見る。翼は小さい気がするが、まるまると健康そうな体つきだ。動き回っていることからも、体に問題があるようには見えない。
「……金目の黒竜って、陛下の心に応じて育つんですっけ」
「そうだ、竜帝の心を栄養分に育つ。いわば、竜帝の心そのものだ」
それは、つまり。
紫目の黒竜とジルの目が自然と原因へ向かう。テラスの戸に背を預けていたハディスが、目を細めた。
「何? 僕は関係ないよ、あんなボールみたいな竜と」
「……確かによく転んでますけど」
と、ジルが言った瞬間に、小さな黒竜が石に蹴躓いて派手に転んだ。あげく、勢いよくごろごろ転がって、木にぶつかって止まる。
「だっ大丈夫か、我が番」
おろおろした紫目の黒竜に尋ねられ、みるみるうちに金色の目に涙が浮いた。
「ぴぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」
「あああぁすまぬ、痛かったか! どこだ、どこが痛い。なめてやろう。ほーら痛くない」
「もう、だからあんまり走ったら駄目って言ったのよ陛下」
「よしよし泣くな泣くな。痛くない痛くない。大丈夫だぞ陛下」
「そのころころ転がるのは僕じゃないぞ!?」
ハディスが叫ぶと同時に、紫目の黒竜にべろんと舐められた金目の黒竜は、しゃくりあげながらぼてぼてジルの足元までやってきた。
「うっきゅ」
うるうる潤んだ瞳で抱っこをせがまれて、ジルはよっこいせと持ちあげた。
その光景を見たハディスが頬を引きつらせた。
「おまっお前! あざとく甘えるな! 僕が誤解されるだろう!」
「陛下だわー」
「陛下だよな」
「僕はこんなんじゃない! そうだよなラーヴェ!?」
「お前だよ」
育ての親であるラーヴェにまで言い切られて、ハディスが膝から崩れ落ちる。だがすぐに顔をあげてジルにすがりついてきた。
「ジルはそんなふうに思わないよね!? 僕、こんなんじゃないよね!? お前、ジルにべったりくっつくな、これは僕のお嫁さん! お前のはあっちだろう、離れろ!」
「うっぎゅヴーーーー!」
「痛ッ噛んだ! 噛んだこいつ! 痛いよジル!」
「喧嘩はだめですよ、えーっと……そうだ名前! まずはこの子の名前を決めましょう!」
でないとややこしい。おごそかに紫目の黒竜が言う。
「よかろう。だが、ステーキは却下だ」
「やっぱりだめですか……」
「なぜいけると思った。念のため言っておくが、我もステーキではないからな!」
「あっ大丈夫です、あなたには別のを考えました! よく考えたら女の子だし、綺麗な響きのほうがいいかなって思い直して……レアっていうんです。どうですか?」
ぱちりと紫の目をまばたいたあと、黒竜が口の中で名前を繰り返す。
「レア……レアか。なかなかいい。ステーキよりは、はるかにいい! よし、我は今日からレアだ!」
「よかった! わたし、金目の黒竜にも、ステーキ以外に考えておいたんですよ。生まれるのをとっても楽しみにしてたので」
きゅるんと金色の目がジルを見あげる。その目を見つめ返し、ジルはゆっくり言った。
「ローっていうのはどうだ?」
「きゅー……」
たぶん口の中で繰り返したのだろう。そのあと、小さな翼を動かしてこくこくと頷く。レアが翻訳してくれた。
「それでいいそうだ」
「よかった! 陛下もそれでいいですか」
「えっ? ど、どうだろう……その、まさかと思うけど、意味は焼き加減……?」
「うっぎゅ!?」
愕然とした表情に変わったローを、ハディスの腕に押しつける。ハディスは驚いたようだがとても自然にローを抱っこしてみせた。その姿に、ジルは満足する。
「これでそろいましたね!」
「何が!? まさか食材と料理人が!? これ、僕の心だよジル!?」
「うぎゅうぎゅ!」
「それで、ローを見せにわざわざここまできてくれたんですか?」
ハディスとローを無視してレアに振り向くと、レアは少し眉間にしわをよせた。
「それもあるが、実は相談があるのだ、竜妃に」