豚肉とパイナップルのハーモニー
*原作2巻&コミックス1巻発売御礼小説*
「いっただっきまーす!」
どっしりとしてそれでいてお洒落な色をした栗のクリームにフォークを突き刺す。さくさくしたパイ生地まですくいとって、ひとくち食べると、途端に世界が輝いて見えた。栗の控えめな甘さとしっとりとしたクリームの食感に、言葉もなくジルはばたばたと足を動かす。
「おいしい? よかった。モンブランって言うんだよ」
「ほんぶあん!」
覚えた。ハディスがこら、と目を細める。
「食べながらしゃべらない」
こくこくジルは頷き返す。
その横で竜帝にお茶を注いでもらっている竜妃の騎士――肩書きと行動が何かおかしい気がするが気にしてはならない――ふたりが、苦笑いをする。
「ほんとーに食べるのが好きだな、隊長は。このときばかりは年齢相応っつうか」
「ジルちゃんも子どもなんだって安心するわよねー」
ジルはふと、その言葉にフォークを止めた。
(年齢相応?)
ジル・サーヴェル、現在十一歳。
だがしかして中身は十六歳、いや十七歳かもしれないが――それくらいの、年頃の乙女のはずだ。故に、子どもらしくないと評価されるのは当然である。
なのに、十一歳にちゃんと見えるとはどういうことか。
(まさかわたし……この体に引きずられて子どもっぽくなってるのか!?)
「ジル。クリームがついてるよ」
愕然とするジルの口元を、ハディスが丁寧にふいてくれた。
■
お茶に誘おうと応接室を覗いたら、珍しい光景があった。
「……ジル。どうしたの、刺繍なんてして」
「大人の嗜みです、陛下」
きりっとしたジルに、ハディスはまばたく。まだあまり外には出られないラーヴェが胸の内で尋ねた。
(どうしたんだよ、嬢ちゃん。刺繍とか大嫌いじゃなかったか?)
(いや、あれ刺繍じゃないかも。何かの魔術かも)
(お前それ絶対嬢ちゃんに言うなよ。あれは花だろ、多分)
(え? 牛じゃないのか?)
(牛は普通、刺繍の柄にしねえだろ。いや嬢ちゃんならやるか?)
ひそひそと胸の内だけで竜神と喋っていてもしかたがない。
「ええっと……そ、そうだ。今日のおやつはどうしようか」
とりあえずジルの心を解きほぐすのはそれだ。だが刺繍の手を止めたジルに、いきなりにらまれた。
「そういうのやめていただけますか、陛下」
「え」
「わたしは! おやつなんて用意してもらう年齢じゃないんです!」
ぽかんとしたハディスに、ジルがまくしたてる。
「そもそも陛下のおやつが、料理が悪いんだと思います!」
「あ、うん、ごめん……? でも、何が?」
「おいしくって子どもっぽくなっちゃうんです!!」
なんのことやらさっぱり意味がわからない。だがジルは真剣だ。
「だからわたしは、陛下のおやつ断ちをして昔の自分を取り戻すんです……!」
「む、昔の君……って、どんなのだったの? おやつを食べなかったの?」
「まさか。きちんと三食おやつの時間をとってました」
「じゃあ今と何が違うの?」
「……」
真顔でジルが考えこんだあと、はっとかたわらにあるノートをハディスに突きつける。
「で、でもちゃんと大人の嗜みとして、詩だって書いたんです! スフィア様から宿題をもらってましたし! い、今の今まで忘れてましたけど……」
「へ、へえ。えらいね。逃げ回ってたのに……」
「そんな子どもっぽいことはしないんです! ちゃんとコツだって教えてもらいましたから。心に響いたこと、ハーモニーを大切にするんだって」
「……見せてもらっていい?」
ジルからノートを取りあげ、開く。ジルは胸を張った。
「はい。自信作です」
――豚肉と パイナップルの ハーモニー
つまり、昨夜の晩ご飯だ。
「……っ!」
咄嗟に口をふさいだハディスの体の中から、たまりかねたラーヴェが転がり出る。
「ぎゃっはははははははははは!!!!!!」
「なっなんで笑うんですか!?」
「ラ、ラーヴェ。失礼だろう。い、いい、詩じゃ、ないか……うん。お、おいしかったことが、よく、伝わるよ」
「陛下、涙目じゃないですか! もういいです!」
ノートを奪い返されて、ぷいっと横を向かれてしまった。ああしまった。でもそんな姿も可愛い。
「……大人ってむずかしいですね……」
まだゴロゴロ床で笑い転げているラーヴェを放って、ハディスは笑って答える。
「それはもう、年齢を重ねただけの子どもだからね」
ジルがちょっとこちらを見た。目に不信の色がありありと浮かんでいる。納得できないらしい。
「でも君には、大人になっても僕の料理をおいしいって食べててほしいな」
ぱちりとジルが大きな目をまばたいて、おずおず尋ねた。
「……子どもっぽくないですか?」
「どうして? 食卓を明るくする女性って素敵じゃないか」
ジルはまばたきを繰り返して、何やら真面目に考えこむ。その間に、ひょいとハディスはジルを抱え上げた。
「それまで子どもでいてよ。いきなり大人になられたら、僕の心臓が止まる」
ジルはまじまじハディスの顔を見たあとで、頬を赤らめ、視線を泳がせながら唇を尖らせる。
「……陛下が、そう言うなら」
「じゃあ、おやつにしよう。シュークリームを焼いたから」
「三個食べていいですか!?」
「だめ、二個」
ぷっと頬を膨らませたジルがハディスの首に抱きつく。
「陛下のケチ」
「大きいの作ったから」
「ならいいですよ。……陛下のために、子どもでいてあげます」
「いいね、大人っぽくて」
「どういう意味ですか?」
怪訝そうな顔で見返すジルはいくつになっても、そういう手練手管にはうといままなのだろう。
だからハディスはそっとささやく。
「大人になったら教えてあげる」
唇ではなく、リンゴのように熟れた頬に口づけをひとつ。
まだ豚肉とパイナップルのハーモニーに笑っている竜神は放置して、ハディスはお茶とお菓子を用意すべく、愛しいお嫁さんをテーブルへと運んだ。
読んでくださって有り難うございます~!
一度割り込み投降したのですがそれではブクマの通知もいかないと知り、削除→再アップしました。無知なばかりにややこしいことをして申し訳ないです。
改めまして、原作2巻・コミックス1巻ともに発売されました!
皆様の応援のおかげです。
第3部は11月中旬から開始しますので、引き続きジルたちを宜しくお願い致します~!




