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近づいてくるジルに真っ先にハディスが気づいて、訴えた。
「ジル、さっきからリステアードがひどい!」
「だから呼び捨てをやめろと……!」
「無理強いするものじゃないだろう、リステアード。私達はそんなことを言えた立場では」
「そうやって遠慮するのは違うでしょう! 何せ僕らは黒竜と竜神直々に認められたラーヴェ皇族なのだから!」
胸を張ったリステアードに、ハディスが嫌な顔をし、エリンツィアが頬を引きつらせる。
『うっわあ立ち直りはええなあこいつ……』
さすがのラーヴェも苦笑い気味だ。らしくはあるのだが、ジルも苦笑いを浮かべる。
「大体、姉上はそういって優しさと無責任を混同するのがよくない!」
「そ、そうだな、すまない」
「いいですか、腫れ物にさわるような扱いがいちばん腹が立つのです! 本当に兄姉だというなら、他の弟妹と同じようにこいつを扱うべきだ! 竜帝だなんだと、何を恐れることがあるんですか――僕らだけでも、おそれてはならない」
最後の静かなひとことに、エリンツィアが曖昧な笑みを消した。そして染み入るような声で答える。
「そうか。そうだな」
「ですって、陛下」
『こりゃあ、一本とられたな。ハディス』
呆然としていたハディスは、はっと姿勢を正したあと、両肩を落とした。
「それでこんなにうるさくてしつこいなんて……」
「何か言ったかハディス」
「たった二ヶ月しか違わないのに、しつこすぎるんだ。――リステアード兄上は」
目を丸くしたリステアードに、これでいいかとばかりにハディスがそっぽを向く。ちょっと頬が赤くなっていて、可愛い。
「……。ふ、ふふふ。よぉし、僕を兄と認めたなハディス! つまりお前より僕が上!」
「リステアード……いい話だったのに、お前のそういうところがよくない……」
「何を言うか姉上! さあもう一度言ってみろハディス、リステアードお兄様、と!」
「嫌だ」
「そういうのしつこく言わせるあたりそっくりですね、陛下とリステアード殿下って」
ジルの評価に衝撃を受けたふたりのかたわらで、エリンツィアがてらいなく笑う。その笑顔にもう嘘も暗い影もない。
「言えている。鋭いな、ジルは」
「エリンツィア殿下、今日は陛下をお願いしますね」
「まかされた。君は欠席だものな。まあ、確かにその身長ではパレードの馬車の上では見えないだろうからなあ……」
「しょうがないです。十一歳になったので、そろそろ背が伸びてもいいはずなんですが……」
部屋中の人間と竜神が、雷に打たれたように固まった。
ぱちりとジルはまばたく。
「どうしました?」
「……ジ、ジル……君、今、十歳じゃ……?」
ああとジルは震えるハディスに顔を向ける。
「言ってませんでしたっけ。十一歳になりました!」
「いつ!?」
「えっと確か、陛下が捕まって護送されてた頃です」
もう一度空気が固まった。ジルは首をかしげる。
目の前で突然、ハディスが両膝を突いて床に崩れ落ちた。
「も、もう十日以上前の話じゃないか……お、お嫁さんの……誕生日を……初めて一緒にすごす誕生日を、見すごした……!?」
「そんな、大袈裟ですよ。エリンツィア殿下が裏切ってそれどころではなかったですし」
「うぐっ……すまない、ハディス……!」
「あ、姉上、しっかり。気を確かに」
『マジなのか、嬢ちゃん』
神妙な顔でラーヴェがハディスからジルの肩にのぼる。
まさかこんな大事になるとは思わなかったジルは、困った顔で頷いた。
「はい。実は十一歳になっちゃいました……」
『あー……やっちまったなあこりゃ……』
「パレードやめよう!? それでジルの誕生日会にしよう!?」
「馬鹿か、そんなことできるわけがないだろう!」
「ひどい、皇帝やめてやる! お嫁さんの誕生日を祝えない皇帝なんてやめてやる!」
本気で嘆き始めたハディスに、言うタイミングを間違えたことを悟る。あーあと、うしろからカミラ達もやってきた。
「ジルちゃん、これはだめよ」
「すみません……まさかここまで嘆かれるとは……」
「そばにもいなかったんだぞ、こんなのありか!? 姉上が裏切ったばかりに!」
「そっそれを言われると……その……すまない……ハディス、ジル……」
落ちこむエリンツィアにジルは慌てる。
「わ、わたしは平気ですよ。気になさらず。皆さん、事情が色々あったわけで」
「いいんだ、私は自業自得だ……まさかこんな形でぐさぐさ刺さるとは思わなかったが……」
「おい陛下、泣くな泣くな。あとでみんなでお祝いしよう、な」
「パレードが終わったらだ、ハディス。僕達だって考える」
ジークとリステアードになだめられているハディスの前にジルはしゃがみ込んだ。
「陛下、大丈夫ですから。パレード終わって、もう少し落ち着いたら、みんなでお祝いしてください」
「でも……」
「みんなでお祝いできることのほうがわたし、嬉しいです」
本心だった。ぱちぱちまばたくハディスの目の前で、両腕をいっぱい広げる。
「せっかくですから、これっくらい大きなケーキ、作ってください! いちごたくさんで!」
「わ……わかった。うん。そうだな。こうなったらちゃんと準備しよう。帝国の総力をあげたケーキと各国の美食を集結させた最大の祭典を催すんだ……!」
「ほんとですか!?」
目を輝かせたジルの前で、ハディスが立ち上がり、拳をにぎった。
「まかせてくれ、皇帝の力を今こそ正しく使ってみせる!」
「……正しくはない気がするが、この件に関しては止めないでいてやる」
「プレゼントも用意しないといけないな」
リステアードが嘆息し、エリンツィアが笑う。ラーヴェが肩で笑った。
『よかったな、嬢ちゃん』
「あ、陛下! いっこだけお願いがあるんですが」
「何? なんでもきく、君の頼みなら! ただでさえ誕生日を祝い損ねた汚点が……!」
「ラーヴェ様、ちょっと貸してください」
ハディスとラーヴェがそっくりの表情で、ぱちぱちとまばたき返した。
次回エピローグ(第二部最終回)です、宜しくお願い致します~!