初登校
一週間で傷は癒えた。驚きの回復力。
魔力の強いローゼンだから、治癒力も自然と高くなるのだとニヒルさんが教えてくれた。
なのでわたしは一週間後、魔法学園の制服に身を包み、家を出た。
そう。レガリートや主人公、その他の『ダイヤモンド・プリンス』に出てくるプリンスたち勢揃いの魔法学園へと。
手っ取り早いのは、ローゼンを殺そうとしたレガリートに、わたしはもう悪さはしませんと示すことだと話が落ち着き、リュカが小さく姿を変えた状態でカバンに潜り込んだ上で登校することにしたのだ。
万一レガリートに斬りかかられたときはリュカが助けてくれるという。
立派な建物が並ぶ魔法学園の門をくぐり、靴箱へと行く。
大まかな構図は理解してるけど、ローゼン視点で学園を過ごしたことはないのでリュカに教えてもらいながら動いた。
靴箱に辿り着いた時点でそれは始まった。
向けられる冷たい視線。嫌悪の視線。
そして聞こえるように放たれる冷たい言葉。
「やだわ、ローゼンったら懲りずに生き延びたのね。無駄にしぶといこと。どうせならそのまま命を落とせばよかったのに」
「本当よね。散々わたしたちのことを卑下してきたんだもの。あれくらい当然の報いだわ」
どうやらわたしがレガリートに斬られたことは周知の事実らしい。けれど、聞こえてくるのは総じて「死ねばよかった」という内容だけ。
どうしよう。思ってたよりクるぞ。
「大丈夫か?」
「え?あっ、うん。大丈夫」
カバンからひょっこり顔を出したミニサイズのリュカに笑みを向け、靴を履き替える。
これだけ憎まれるって本当に悪女だったんだなローゼンはとしたくもない自覚をして教室へ入ると、そこでもまた靴箱と変わらぬ光景だった。
ひたすらに冷たい視線と冷たい言葉。
聞こえないふりをして席に着き、カバンの中に手を突っ込んでリュカの頭をわしゃわしゃと撫でた。
うん、硬い。でも癒される。
「ちょ、おい!」
「ごめん許して。心折れそう」
「……ほんと、ローゼンとは大違いだな。アイツなら今頃魔法で全員吹っ飛ばしてるぞ。けど傍から見ると、レガリートに斬られたことですっかり自信をなくしたようにしか見えてないみたいだな」
「なるほど。わたしがもう悪さする気はないとはまだ見られてないんだね」
この周りの対応にひたすら耐え続けてれば、きっと落ち着くはずだ。ローゼンはもうなにもしないと。……でも、それだと穏やかに暮らしたいという望みは叶わない。
できることなら、この陰口も全てなくなった上でお気楽に過ごしたい。
となればやはりレガリートに会わなくては。
レガリートがわたしへ興味を無くせば、他のみんなもわたしへの興味を薄くしてくれるはず。
ローゼンとレガリート、主人公は同じクラスだ。きっとそろそろ主人公と来るはず。
「……ローゼン?」
教室の入口から聞こえた声に視線をあげると、そこに立ってたのは主人公だった。
主人公の名前は基本的にプレイする人が好きに決められるようになってたから、この主人公の名前は分からない。初期設定のままだとするなら多分アリア・スズラントだけど。
「アリア、どうした」
主人公の名前はアリアでいいらしい。
アリアの後ろから顔を出したのはレガリートだった。
わたしを見て分かりやすく眉を寄せる。
「っ、よ、よかった……!ローゼン、生きてたのね……!」
駆け寄ってくるアリアと、アリアを止めようと追ってくるレガリート。
アリアはわたしから多少の距離を保ちつつ、わたしに花が咲くような笑顔を向けた。
アリアは美少女だ。
眉辺りで揃えられたパッツン前髪に、胸元まであるふわふわの焦茶の髪。
肌は白く、体は華奢。
小さな顔の中には大きな二重の目と鼻、小さな唇がぎゅっと詰まっていて、まるでお人形さんだ。
「ご、ごめんなさいローゼン。わたし、あなたのこと助けなかったの。……こんなこと言う権利ないけれど、あなたが亡くなってたらわたし、自分があなたを殺したようにしか思えなかった。だから……ごめんなさい。でも、生きててくれてよかった。自分勝手でごめんなさい」
アリアには何一つ悪いところなんてないのに、不安そうに両手を握りしめ謝罪の言葉を口にしてくる。
そうだ、主人公はチートなのだ。魔力もあって性格もいい。誰からも愛される存在。
「……本当にごめんなさい、アリアさん。今までわたしがしてきたことが許されることとは思ってない。あなたにたくさん酷い嫌がらせをしてきた。今回のことは、当然のことだと思う。ごめんなさい。だけどわたしはもうあなたを傷付けるつもりはないです。もう絶対に、あなたにも、もちろんレガリートさんたちにも近付かない。約束します」
膝を折り、頭を下げる。
教室はざわついていた。
「耳を貸すな、アリア」
凛とした声にざわつきは一瞬で止んだ。
「ソイツは平気で嘘を吐く。今回のことで少しはやり方を変えたようだが、人間の本質なんてそう変わることはない。いつアリアに危害を加えるか分からない」
「でも……」
「近付かないというのならぜひそうしてくれ。次はない」
軽蔑を含んだ声でそう言われ、わたしは頷く。
レガリートは王道な王子様だ。
といってもヘラヘラ優しい系ではなく、厳格な人。
端正な顔立ちに鍛えられた体。けれどマッチョなわけではなく、細身で真っ直ぐな体。
髪はサラサラの茶髪で、目は切れ長の二重。
愛した女以外には揺れ動かない、という男気溢れる王子様で、故にヤンデレバージョンになると愛する女以外目に入らなくて狂った行動をしてしまうのだ。
今のレガリートは既にヤンデレ入ってそう。
アリアの細い腰に手を当てわたしから離れて行くレガリートの背を見送り、わたしもゆっくりと立ち上がって自席に座り直した。