執事のニヒル
「……綺麗」
リュカの硬い背中に乗って飛び立ったのは国の空。もう夜だからか、ポツポツと家の灯りが消え始めて行く。それでもすごく綺麗。
なんだか泣きそうだ。
わたしは死んだ。それはもう変わることはない。両親は早々に離婚していて、母と二人暮しだったけど、その母も五年前に亡くなった。それからずっと一人だった。
わたしが死んだことで悲しむ人はいない。でもわたしは、わたしが死んだことが悲しい。おまけにその先が悪役令嬢だ。
でも、またわたしは生きられる。こんなに素敵な景色の国で、もう一度。
「ありがとう、リュカ」
「あ?なにがだよ」
「こんなに綺麗な景色、初めて見たから。リュカが背中に乗せてくれなかったら見られなかった。……絶対、石探して、返すから。よろしくね、リュカ」
リュカの赤色の鱗をゆっくり撫でる。
リュカの顔は見えないけど、「あぁ」と返ってきた声が優しくて、安心した。
翌朝。
リュカとの空の旅によって決意新たに、わたしは昨日考えた通りにニヒルさんに話した。……否、少し違う。
もうローゼンはこの体には戻ってこない。この体にはずっとわたしがいる。そう思う。と話した。
ニヒルさんは意外にもといったら失礼だけど、冷静モードをオンにして話を聞いてくれた。そして穏やかに笑って言った。
「ローゼン様の体にいらしたのが、ソラさんでよかったです。ぜひ、協力させてください」
リュカ同様にわたしがローゼンの体でひっそりと暮らしていきたいという願いを聞き入れてくれて、おまけに協力までしてくれるという。
なんていい人たちなんだ。そしてローゼンはなぜこんないい人たちにとんでもない仕打ちをしていたんだ。
ニヒルさんの場合は、孤児でさ迷ってたところをローゼンに拾われたらしい。今のローゼンの年齢は十七才。そしてニヒルさんは二つ上の十九才。
ローゼンとニヒルさんが出会ったのは丁度十年前だったらしく、そのときのローゼンはここまで横暴じゃなかったらしい。
けれど、順調に横暴な悪役令嬢の道を歩んで行ったローゼンの元で執事さんやメイドさんは出入りを繰り返し、最終的に残ってくれたのがニヒルさんだけだったと。
ニヒルさんもそろそろ離れようと思っていたらしい。それほどまでにローゼンの振る舞いは酷かったと。
だからローゼンにはもう会えなくていい、忘れますと言ってくれた。……とても悲しそうに。
きっとニヒルさんはずっとローゼンの昔を頭に浮かべて過ごしてきたんだろう。だから今でも、ローゼンの中に昔のローゼンを感じて、期待してたんだろう。
会えなくていいというのは嘘だ。分かる。
だから少し目的を変えた。
ローゼンの存在を確かめて、生きてるなら一度ニヒルさんやリュカと話させる。そうしたらリュカの命を込めた石の在処も分かる。
これはわたしの中でだけの目的だ。ニヒルさんにもリュカにも言わない。
こうして、わたしの悪役令嬢ローゼン・マグノリアとしての二度目の人生は幕を開けた。