人工心臓移植手術
負傷したイヴを救うため、目を覆いたくなるような惨状の中、修理が行われていた。彼女は周りの死体と同じようにぐったりとしていた。
「クソッ、まだ死ぬなよ」
「…機械は死なないさ。ただ消えてなくなるだけ」
「じょ、冗談じゃない! 今はお前が頼りなんだ!」
彼女は輸血パックに似た袋から出たチューブでつながれていた。チューブを流れている液体には血のような色をした液体が流れていた。
「わかっているさ、ここでくたばっちゃらんねえよな…」
「そうだ、まだ死ぬな。死ぬな…」
ニコラスは初めに彼女を修理したときのことを思い出していた。あのときはあくまで正体不明の不審なアンドロイドを機械として、客として、モノとして事務的に修理していたこと。しかし事情を知った今では、決して死んでほしくないという意志の元、困っているモノのために、懸命に彼女を助けようとしていることを自覚していた。
「俺、今日になって初めて実感したんだ。アンドロイドが人の形をしていることの重要さを。今日まであくまでただの機械として扱ってきたけれど、目の前でエドワードが壊れたときや今こうして力尽きているお前を見て、こみ上げてくるものを感じたんだ。失って、失いかけたモノを見て初めて…」
「失った方が気づきやすいこともある。それにあたしも今日になって初めて…」
「銃創の応急処置はなんとか済ませた。だが、お前のコアはもう…」
「あたしもわかっている。このコアじゃもう役に立たない」
彼女に組み込まれているコアは人間の心臓と同じように、アンドロイドの体に流れている液体を循環させる機能を持っていた。しかし、それは先ほどの銃撃によって破損し、人工の脈拍は次第に弱まりつつあった。彼女の場合、人間のように脳に酸素が運ばれる必要はないので仮にコアが完全に止まっても意識は保たれるが、この状況下で体が動かなくなることが致命的であることは、火を見るよりも明らかであった。
「待ってろ、今新しいコアと交換するからな」
ニコラスは彼女の胸部パーツを取り外した。そして自身の焦りを抑え、専用の工具でコアが収められているパーツを開いた。しかしその中で破損したコアを見て、彼はさらに焦ることとなった。
「違う。大きさが違う…!」
彼が見た彼女のコアは、彼が普段取り扱っているそれよりも大きいものだった。当然今彼が手持ちにしている予備のコアとはサイズが合わないものだった。
「…あたしのコアは一番初期のものだ。時代が進んだ今じゃ取り扱ってないってわけか」
「す、すまないイヴ、でも今からならまだ、在庫を探せば見つかるかもしれない…!」
「…それはないと思う。あたしは数十年前に生まれた。時代が流れるにつれて、部品は洗練され、小型化されていった。博物館辺りならまだ置いてあるかもしれないがな」
「で、でも旧式の人工筋肉は置いてあったんだ、まだ可能性は…」
「最初期のアンドロイドは力を必要とされていなかったんだ、今のあたしみたいによくても成人程度の出力しか出せなかったんだ。最近では力も求められているがな。だがコアは違った。より長い時間動けるように、より高性能に、それこそ人工筋肉の容量を増やせるようにより小さくなっていったんだ。だから出来の悪いコアはもう誰も取り扱ってないさ。あんたもロボットの整備士ならもっと勉強して…いや、あんたは悪くない。あたしのツキが悪いだけ」
彼女はコアを撃たれて損傷した時点で、自分はもう助からないであろうことを自覚していた。しかしそれに反して、彼に望みを持ったこともわかっていた。わかりきっていたことなのに、機械なのに、人間みたいに諦めの悪い考え方をしたな、と彼女は考えていた。そしてあと数分もすれば、喋るための筋肉も動かせなくなることを理解していた。
「さあ、ニコラス。逃げるなり、隠れるなりするんだ。どっちにしろあたしの減らず口もあとちょっとで閉じることになるんだ。野郎が起きる前に、早く」
「いや、まだだ。まだ何かあるはずだ。まだ諦めたくない」
ニコラスは現実を認めたくなかった。諦めが悪いと言われようとも、この状況をなんとかしたいと頭を回転させていた。まだ試していないことはないか、妙な先入観で行動を放棄していないか、自信のない頭を必死に回らせた。そして結果的に彼は、一つの黒い物を手にしていた。
「あんた、それは…」
それは彼女が&ロイド・コーポレーションから盗ってきた新型コアの試作品だった。彼のこの選択にイヴは驚いた。
「…諦めが悪いのはあたしだけじゃないみたいだな」
「もしかしたらお前の体に強い負荷をかけてしまうかもしれない、だが大きさが合いそうなコアはこれしかなさそうだったんだ」
彼女は前にそのコアを見ていたとき、事前にアンドロイドを兵器として使うという情報を聞いていたため、既存のアンドロイドより強いモノ、または大きいモノのためのコアだと考えていた。しかしこの土壇場で、最初期に造られた自分に、まさかそのコアのサイズが一致するとは考えてもいなかった。
「あたしのコアのサイズ程度の容量があれば兵器が造れる時代が来たのか、それとも単純に高いスペックを求めた結果肥大化したのか…どちらにしてもそれに賭けるしかないな」
ニコラスは無言でうなずくと、震える手を押さえて工具を強く握った。彼はゆっくりとコアを取り外した。そして新しいコアを慎重に彼女に取り付けた。取り付けた瞬間、彼女は目を見開き、体を軽くけいれんさせた。彼の顔には再び焦りの色が浮かんでいた。
「イヴ! 大丈夫か!」
「あっ…あぐっ、ぐっ、ああっ」
目に見えて彼女は苦しみ、息を乱していた。
「イヴ! しっかりしろ! 頼む…」
「あがっ、じ、閉めてく、れ。胸の、胸のパーツを」
彼女はけいれんに苦しむ中、必死に声を絞り出した。彼女の言葉を聴いた彼は、急いで彼女のコアを胸部パーツの中へと収めた。彼女のけいれんは次第に収まり、安定していった。
「大丈夫か…、イヴ」
「…生き返った気分だ」と静かに彼女は答えた。
多くの死体の転がる地獄絵図の中、彼女はただ一人、死の淵からの生還に成功した。