直接対決
「こちらチームG、チームG! 助けてくれ。人手が足りない。手の空いているやつはすぐ来てくれ!」
工場内は一人のアンドロイドの反逆によって慌ただしくなっていた。無線機越しからは様々な感情が飛び交い、隊員たちをより混乱させていた。彼らが迷っているうちに、同志たちは次々と物言わぬ屍へと姿を変わっていった。
「どうにかして突破できないのか!」
「無理だ俺達には、顔出した瞬間に撃たれちまう…。機械に早撃ちで勝てる自信なんて俺にはねえ。ここからじゃドアが邪魔で目標が見えない…。踊り場からだと顔を合わせた途端に撃たれる」
彼女の繰り出す射撃と付近に転がる死体に怯えて、彼らは資材置場前で立ち止まっていた。銃器を握っていた手が震え、呼吸が著しく荒くなっていた。正気を保とうとしても、床や壁に塗られた血や脳しょうが彼らを落ち着かせてはくれなかった。そんな彼らに囲まれているイヴは依然として目を光らせていた。
「膠着状態か…ならば」
彼女がそう言って手りゅう弾を構えたとき、踊り場から悲鳴に近い声で
「もう降参だ! 俺たちは何もしない! 助けてくれ!」
という声が聞こえた。彼女は一瞬その言葉を無視しようと考えたが、手りゅう弾を握ったまま、
「聞こえるか! それが本当なら早く撤退しろ! 三秒以内に失せろ!」
と彼女が叫ぶと、大量の足音が悲鳴と共に遠ざかっていった。そして三秒立ってから彼女は踊り場に手りゅう弾を投げ込んだ。それから廊下と階段を索敵したあと、彼女は一息ついてから無線を入れた。
「聞こえるかリーダー? あんたの部下は何人か排除した。大人しく投降しろ」
「…随分強気じゃないかアンドロイドくせに」
「随分弱気じゃないか人間なのに。それにかなり甘く見ていたようだな、今回のこと」
「…そうだねえ。次は気をつけるとするよ」
「強がりもいい加減にしたらどうだリーダーさんよ? 声もやけに小さいしよ。銃なんて握るどころか、見るのも初めてな素人どもでチームを組むなんてさ」
「…一応聞くがどうしてそう思った」
「この時代、銃器は全てIDチップらで管理されているのは知っているよな? そしてどの時代も主に銃を扱うのは警察か軍隊か…あるいは狩猟愛好家くらいだ。そいつらもそんな危ないものを使う以上、現役のときも引退したあともIDチップで管理されている。いくらあんたらがIDチップを銃器から引っこ抜こうと、体にあるチップの方は余程の理由がない限り外せないだろう。許可なく撃てばすぐ刑務所行きだ。そう考えると、気兼ねなく銃をぶっ放すにはさっき言った集団に含まれない人物…つまり銃に関しちゃ素人な連中じゃなきゃ、こんな馬鹿みたいな事件は起こせねえ。動きもぎこちなかったしな」
「なるほどなるほど、アンドロイドにしちゃよく考えているんだねえ」
「あんたらが元警察か軍辺りだったら、とっくに警察に連絡が入って全員お縄についていたんだろうがな。そうじゃない以上覚悟してろよ」
と言い放って彼女は通信を終えた。そんな血まみれの隊員を抱えた彼女を見て、ニコラスは恐る恐る声をかけた。
「…恐ろしい」
「ん、すまないな。あんたの工場を自衛のためとはいえ、こんなに汚して。明らかに過剰防衛だしな。ところで…」
彼女は彼に近づき、自分の腕を差し出した。
「さっきの戦闘でちょっと負傷してな、修理を頼む」
彼女の目は先ほどまでの戦闘から打って変わって、優しく彼を見つめていた。しかしニコラスの顔は引きつっていた。不審に思った彼女が振り向くと一人の男が銃口を向けていた。
「こんにちは、アンドロイドさん。直接会うのは初めてだよね」
イヴは彼に向けて銃口を構えたが、そのときにはすでに男の銃撃が始まっていた。受けた銃弾が彼女の照準を狂わせた。彼女は銃撃を中断し、死体と共に死に物狂いで弾幕へ突っ込んでいった。まさかの行動に男も驚き、まともに彼女の捨て身の一撃を喰らった。両者が床に倒れこむ。
「あんたがリーダーか…!」
と言って彼女は負傷しながらも男に馬乗りになった。
「ああ、そうとも。それにしても先に撃ったのに突っ込んでくるなんて、さすがアンドロイドだ」
「わざわざ現場に来るなんて…リーダー失格なんじゃないのか?」
「君みたいな殺人マシンに素人どもをぶつけても無意味だからね、責任を取りに来たのさ」
「…ならば取りな! 責任を!」
彼女の鉄拳が一発彼の顔に命中した。そして降りぬいた右手の勢いを利用して、裏拳を放ったが今度の一撃は止められてしまった。
「…機械の割には随分と非力だねえ」
先ほど受けた銃撃の影響で、彼女の機能は低下していた。体からは出血したように液体が流れ出ていた。
「…だがあんたには負けるつもりはねえ」
彼女は左手で彼の喉を掴んだ。それも首を絞めるというよりも、喉仏を握りつぶすように掴んでいた。いくら非力になった彼女の一撃とはいえ、この攻撃には余裕でいられなかった。彼は両腕で彼女の左腕を掴み、急いで引き離した。その隙をついて、彼女はもう一度彼の顔に鉄槌を喰らわせた。そして拳を振りぬいた彼女は力なく倒れこんだ。
「イヴ!」
ニコラスが死んだように倒れている彼女らの元に駆け寄った。ひとまず男から彼女を引き離し、仰向けにさせた。心配する彼に彼女は力なく声をかけた。
「さすがに無理しすぎた…修理してくれるか?」
「ああ…もちろんだとも」
「だがここだとまた襲撃されるかもしれない…肩貸してくれ」
「あ、歩けるのか?」
「修理してもらえるんだ、最後にちょっとした無理をしても大丈夫さ。それとも機械をおぶっていくのか?」
彼女はニコラスの肩を借りて歩き始めた。
「ほらな、結構歩けるだろう? そこそこ弾丸はもらってしまったが、心臓のとこには死体を盾にしてたから当たってはいない。かなり撃ちづらかったが、結果オーライだ」
「それにしてもこんなに血まみれなところ、見たくもないし、歩きたくもないな…」
彼らが階段に足をかけると、ほぼ同時に彼らの背後から銃声が聞こえていた。イブは姿勢を崩して階段へ落ちていった。先ほどの男が資材置場のドアに寄りかかりながら、拳銃を彼女に向けていた。イヴは手すりを握ったものの、階段に叩きつけられた。
「はあ…はあ…これが狸寝入りってやつだ、お嬢ちゃん」
「お、お前…!」とニコラスは男に向かって言った。
「黙りな整備士。私たちは元々アンドロイドは殺しても人は殺さないと決めていたが…お前は別だ。そのアンドロイドに味方するならな」
息を切らしながらも、男は銃口をニコラスに向けた。
「簡単な話だ、そのアンドロイドを置いてここから立ち去ればいい」
「お、俺は…」と彼は言葉を詰まらせた。
「悩むか、じゃあ…だめだ」
男を引き金を引いた。その銃弾はたった今階段を駆け上がり、ニコラスを突き飛ばした機械の胸部に命中した。うめき声を上げたイヴは持ってた小銃を男に投げつけた。投げつけるまでに彼女はさらに数発銃弾を受けてしまった。小銃が命中したことにより、今度こそ男は黙り込んだが、彼女もまたその場にしゃがみ込み、胸を押さえ、口を閉じた。彼女の胸からは血に似た液体が、床に滴り落ちていた。