処置と告白
ニコラスは軽く自己紹介を終えるとここに来た理由を話し始めた。
「ついさっきイヴも言ってましたが、彼女を診る必要があるんです。ここにはその、アンドロイドの、いや最悪何かの作業場みたいな場所でもあれば貸していただきたいのですが…」
「ああ、それなら狭いがアンドロイドの部品を置いてある作業場がある。こっちだ」
そう言うとデイブは軽く手招きをして店の奥まで歩いて行った。
「んー? 先生の専門って確かアンドロイドのプログラミングだったよな? 修理もたしなみ始めたのか?」とイヴはだるそうに立ち上がりながらそう言った。
「ん、ああ、この店は元々プログラム専門の何でも屋でな。大体はパソコン越しで仕事は片付いちゃうんだが、近年需要が高まってきているアンドロイド関連、それもプログラミングじゃなく直すことも仕事にしたいと考えていてね。まあ、得意分野はプログラミングだが、ただでさえ分野を狭めている何でも屋だ、それぐらいの知識は身に着け始めているのさ」
彼女はそれにだるそうに返事したあと、彼のあとをふらふらとついていった。ニコラスはそんな彼女を心配そうに見つめていた。
「確かに狭いとはいえ、これだけのスペースがあれば十分です」
ニコラスは横たわったイヴに工具を使い始めた。彼女の体にはいくつかのチューブがつながれていた。そのチューブにつながっている機械の画面をデイブは見つめていた。
「けっこう立派な機材が置いてあるんですねデイブさん」
「ん? ああ、そうだろう。それらはアンドロイドの状態を知るための装置だ」
「なるほど、それで…今のあたしの様子はどんな感じだ?」
「一言でいうなら…奇跡だ」
「奇跡? どういうことだ」
デイブは彼女のむき出しになっているコアに指を指してから言葉を紡ぐ。
「イヴ、君を蝕んでいるのはほかでもない、そのコアだ。そのコアの出力は君の体にはあまりにも負担が大きすぎるんだ。おもちゃの飛行機に本物のジェットエンジンを付けて飛ばすようなものだ。一体何があったんだ?」
彼にそう言われた彼女はすぐに返答することができなかった。ついさっきまで体験していた非日常を話しても良いのか、それともこの場合はぼかして話すべきなのか、それらのことを考えているうちに十秒近く彼女は沈黙していた。ふと彼女はニコラスに視線を送った。彼女の視線を受け取ったニコラスは、一瞬目線をそらしたが、やがて沈黙の空気に耐えられずに口を開いた。
「えっとですね、まあ色々、その、色々大変なことがあったんですよ。それで彼女には応急処置としてそのコアを使ったわけです」
「そうそう、大怪我したんだ。でもあたしには頼れる人もあんまりいなくってね、それでここに来たわけなんだ先生」と彼女はニコラスに続いて内容をぼかして返答した。
それらを聞いたデイブは到底納得できない顔をしていたものの、すぐにまた画面に目を向けた。
「まあ、なんだ。今はともかくイヴ、君をまず直す必要がある。詳しい事情はそれからでも遅くはないだろう。ただし…」
デイブはそう言ってもう一度イヴに顔を向けた。
「君を直すのもタダじゃないんだ。だから直ったらある仕事をしてもらいたい。いいね?」
彼はそう言うと三度画面に目を向けた。それからはひとまず修理が終わるまで彼がイヴ達に話しかけることはなかった。
日が落ちるころにはイヴの修理はひとまず終了していた。街明かりがつき始め、夜も賑やかな大通りとは対照的に物静かな路地の突き当りの店で、彼らは夕食を取り始めていた。テーブルには小さなサンドイッチやコーヒーが置かれている。
「悪いな、ニコラス君。こんな質素なものしかなくてね」
「いえいえとんでもないです。いきなり押し掛けたのはこちらの方ですし、むしろここまでもてなされるなんて思ってなかったので、とてもありがたいです」
「ははっ、君は教え子の知り合いなんだからこのくらいのことはしなくちゃね」
ニコラスらが談笑する傍ら、イヴは椅子に腰かけて宙を見つめていた。そんな彼女を目の端で捉えたニコラスは「どうした」と声をかけた。不意に話しかけられた彼女は一瞬体をびくりとさせたが、一つ息を吐いてから
「人間らしいってどういうことなんだろうな、ということを考えていた」と話した。
ニコラスが相槌を打つ前に彼女は更に言葉を紡ぐ。
「あたしが今までやってきたことは人間らしいのか、それともやっぱりプログラムに組まれた計算された行動に過ぎないのか、そんなことがふと気になったんだ…変なロボットだよなあたし」
ニコラスはそんな彼女の話を黙って聞いていた。すぐにかける言葉がなかったことも理由だったが、こういう告白は黙って聞いてあげるべきだと彼は考えていた。しみじみとそのことを感じていた彼だったが、ふと彼もあることを考え始めていた。すると彼は誰に声をかけられるわけでもなくそのことを口に出していた。
「そういえばどうしてお前はそんなに自由な、いや人間のような考えをするんだ? こんなに能動的に言動するアンドロイドなんて聞いたことがないぞ」
「それは私が説明しよう、ニコラス君」
ニコラスの言葉にデイブが反応する。イヴは視線をデイブに向けていた。
「今ニュースで話題になっているロボットに自由意思を搭載するっていうのがあるだろう? 彼女はね、それの実験体なのさ、約半年前くらいからね」
そう言い終えたデイブの顔は、今日見た中で一番微笑んでいるようにニコラスは思った。