あたしの先生
「これからどこへ行けば…あてはあるのか?」
「今考えてる…とりあえずはどこか遠くへ車を出してくれ」
揺れる車の中で、彼女はこれからのことを考えていた。公にはされないとはいえ、狙われてる自分たちがこれから活動するにはどうすればいいのか、そもそも今夜はどこで夜を明かすのか、そんな不安を抱え込んでいた。
「今朝少し動かしただけだから、まだまだガソリンは保つはずだが、どこまで行けるかはわからん」
ニコラスは車のメーターをチラっと見てそう言った。
「それにしても、あんたが車を持ってて助かった。でなきゃ、あたしが行きで使った廃品回収のトラックにまたお世話になるところだった」
「お前はともかく、俺は大型免許持ってないからな」
ニコラスはハンドルを軽く横に切った。
「話をぶった切るようで悪いんだが…あては思いついたか? その、不安なんだ、俺」
「…すまない、まだだ。あたしは今日までずっと一人で行動してきた。だから思いつく協力者がいなくてな。あの会社から退社したやつの連絡先でも捕まえられればいいんだがな。…待てよ?」
彼女はゆっくりとあごに手をあてた。それから少しの間指を動かしながら考え込んでから顔を上げた。
「そうだ、思い出した!」
「何かいい案でも思いついたのか?」
「この位置からだと…おそらく北へ二十キロくらい行ったとこにある街にあたしの"先生"がいるはずだ」
「先生?」
「あたしがまだあの会社で過ごしていたときに、あたしの教育を担当していた人間さ。確か二か月くらい前に退社して、今は自分の店を持っているらしい」
「なるほど。だがここから二十キロか、すぐにまた襲撃にでもあったら嫌だな…」
「今のあたしが唯一思い当たる人間だ。協力してくれるかは、正直不安なところにあるけどね…」
歯切れの悪い返答に不安を覚えつつも、ニコラスは北に向けて走り出した。
しばらく車を走らせると、ビル群が姿を現し彼らを迎え入れた。ニコラスは車を走らせながら、イヴに話しかけた。
「さっき言ってた先生っていうのはどこにいるか教えてくれないか?」
「ここの大通りをまっすぐ進んでから…五つ目の信号を、左に曲がった突き当りのところ…」
イヴは弱弱しくそう答えた。
「どうした?」
「さっきからなんか調子が悪くてね…先生のとこまでいってからまた診てもらいたいんだ…」
ニコラスは彼女の言う通りに車を進めると、みすぼらしい小さな店を突き当りで発見した。辺りには人の姿はなく、大通りで見た活気はまるで見られなかった。ニコラスは車を道路脇に止め、イヴに「すぐ戻ってくる」とだけ言うと車を降り、店へ向かった。
「ビルと比較するのもよくないが、随分と小さい店だな。そもそもなんの店かすらわからないが…」
彼はそう言いながらドアノブに手をかけ、ドアを開けた。店の中には彼よりも二回りほど年老いた男がカウンター越しに座っていた。男はニコラスが店に入るなり口を開いた。
「いらっしゃい! どういったご用件でここに来たんだい、兄ちゃん?」
「あ、えーとですね。その、ここに先生がいると、あるアンドロイドから聞きましてね…」
「何、先生だと? 俺に先生なんて言っていいのはあいつだけだ! 兄ちゃん、あんた何者だ?」
男はカウンターを乗り越え、ニコラスに迫っていった。ニコラスは瞬く間に壁際まで追い詰められた。
「答えな! それともなんだ? 答えられない理由でもあるのか!」
男の目はニコラスを強くにらみつけていた。彼がニコラスにそう問い詰めてから数秒後、店のドアが再び開かれた。扉を開けた人影はふらふらとした足取りで入店する。
「先生、店の外まで怒鳴り声が聞こえているぞ…」
イヴはそう言いながら、床に腰を下ろした。
「おお、イヴ! 久しいじゃないか! 元気にしていたか!」と言って男はニコラスから離れ、彼女の元まで歩み寄っていった。彼の顔は先ほどまでとは打って変わってほころんでいた。
「今は元気じゃないな。だからここに来てあの男に診てもらおうかと考えていたんだが…いきなり怒鳴るのはさすがにないと思うんだが先生?」
「いやー、その、最近色々あってな。ちょっと気が立ってたんだ。…申し訳ないことをした青年」
男は深々とニコラスに向けて頭を下げた。ニコラスは未だに壁に背を預けた状態でそれを見ていた。数秒後に男は顔を上げると姿勢を正し、口を開いた。
「俺の名前はデイビッド。デイブでいい。ちょっと前まで彼女の教育担当をやっていた男さ」
「何誇らしげに自己紹介をしているんだ、怒鳴っていた相手にする挨拶じゃないだろうに」とイブは鋭くツッコミを入れた。
彼女が言っていた頼れる人に少し不安を覚えながらも、協力者ができたことに安堵し、ニコラスは苦笑いした。