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出発


「あれがリヒテンタール国境です」

森を抜け、緩やかな下り坂が始まる丘の上―――

リックの背後から前方を伺うと、街道を遮るように立派な砦が立ちはだかっている。

「あれが・・・」

リックの騎馬に同乗してわずか一日半―――

騎士というだけあって、騎乗技術は素晴らしい。

乗り慣れているとは言えないフーブでもこの速さで全く尻が傷まないのだから大したものだろう。

「どうやって越えましょう」

多くの旅人が砦の中に入り、王国兵の検問を受けているのが見える。

このまま二人で向かっても100%捕まるだけだ。

「迂回路は?」

「ありません。右に行くと深い峡谷ですし、左は見ての通り延々と草原が続いているので・・・」

「ふむ・・・」

夜を待ち、草原を突っ切ればなんとかなりそうだが、その程度のことは向こうも警戒して対策していることだろう。

「氷漬けにしてやってもいいが・・・出来る限り気付かれたくはないしな」

フーブの力なら砦ごと凍らせる程度は簡単なことだが、警戒にあたっている部隊を仕留め損ねればすぐに伝令が出てしまう。

馬を捨てれば隠れて抜けられるだろうが、馬がなくてはシャットの処刑に間に合わない可能性がある。

「峡谷に降りる。近くに下へ流れる川か沢がないか?」

「しばらく戻ると滝がありますが・・・どうするのです?」

「それは見てのお楽しみだ」

手綱を引いたリックは馬を翻すと先程やってきた街道から逸れ、藪の中に出来た獣道のような細い道を駆け抜けていく。

見通しの良くない暗い森の中を、ためらうことなく馬を走らせる技術は圧巻の一言。

やがて森を抜けると草原へと変わり、峡谷の向かい側の断崖が見えた。

「あれです」

リックが指した先、比較的大きな川が突然断ち切られ、断崖へと落ちているのが見える。

高さは40mほど。水煙で滝壺が見えなくなる程度には十分な流量があるようだ。

「これなら十分だな」

馬から降りたフーブは手を翳す。

滝口から凍り始めた水は、凍った部分を芯としてその上を水が流れ、緩やかな氷のスロープを形成していく。

芯として凍らせる部分を調整しつつなだらかな曲線を描いていくと、やがて、螺旋を描く、美しい水と氷のスロープが完成した。

「さて」

フーブが手を一つ叩くと、流れていた水が一気に凍り、冷気を発する氷だけのスロープへと変貌する。

「馬に乗っては降りられん。歩いて降りるぞ」

あまりの出来事に呆然としていたリックは我に返ると馬を降り、手綱を引いて歩き始めた。

「『フライム』の力は見ましたが・・・こんな事ができるんですね」

「足元に気をつけろよ。ここまで凍っていれば滑ることはあまりないが、馬が滑り落ちればこちらも大怪我をする」

「は、はい」

慎重にスロープを降りた二人は、谷底に着くと一息つくことにした。

「これはこのままなんですか?」

降りてきた螺旋を見上げてリックは尋ねる。

「じきに溶けるさ。私の力は“氷結”のみなのでね、溶かすことは出来ないんだ。ところで体調の方は大丈夫か?逃亡してきてからろくに休んでないだろう」

フーブたちに接触してきたリックだが、リリアによる手当てを受けた僅かな時間以外、体を休める時間はなかった。

「これでも騎士ですので。少々のことではへこたれませんよ」

「頼もしいことだ」

荷物の中から干し肉を引っ張り出すとリックへと渡す。

これはリリアがリックのために入れていたものだ。

フーブたち『インベスタ』は肉を食べない。ウェリアという果実が主食で、それ以外も菜食が基本だ。

ウェリアは『シルヴェスタ』が創り出した非常に環境適応力の高い植物で、水さえあればどんな悪条件化でも成長し実をつける。栄養価も高く、バルムンド大陸へと追いやられた異人たちの命を繋ぎ止めた。

強い日照と10℃前後の低温を特に好む変わった性質で、『インベスタ』にとって好ましい環境がウェリアにとっても好環境ということも相俟って、『インベスタ』の主食となっている。

「これも食べると良い。力がつく」

フーブが引っ張り出したのはウェリアの果肉を煮詰めて笹の葉に包んだ保存食。

受け取ったリックは一口口に含むとなんとも言えない表情を浮かべた。

「甘い・・・ですね」

「元々とても糖度の高い果物を煮詰めてるのだから当たり前だろう。甘くないと保存が効かん」

だが、糖質のみならずタンパク質も多く各種ミネラルも豊富で体には非常にいい。

「あの・・・ひとつ伺っていいですか?」

ウェリアの残りを一口に放り込んだリックはフーブを真っ直ぐ見つめる。

「なんだ?」

「その・・・大昔、異人たちはこちらの大陸にいたのだと爺様に聞いたことがあるのです。かつてのバルムンド大陸は草木一つ生えない死に包まれた大陸で、人間たちはそのバルムンドに異人たちを追いやったのだと。それは本当なのですか?」

フーブは苦笑を浮かべた。

千五百年以上も前の話が、よく伝承として残っていたものだ。

「事実だよ。私達は追いやられた異人の救済を求める声に応えた創生の七柱が現世に下したものだ。私達はこの力を以って死の大陸に命を取り戻す使命を与えられていた。そして異人たちを人間たちから守るという使命もあるのだよ」

「しかし、ワーウルフなど人間など歯牙にかけないほどの強さでしょう。かつての人間たちはいったいどうやって異人たちを―――」

「それを話すと長くなる。進みながら話そう」

「そうですね」

騎乗したリックに手を引かれ背後に乗ったフーブは、静かに話し始めた。


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