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不穏


「『フライム』が?」

異人たちを連れ、撤退すること一月―――

人間たちの追撃はあったがフーブたちの脅威になるほどのものではなく、すでに鳥羽口となる港町、トレンタまでたどり着き、海を渡る準備を進めていたフーブの下に『フライム』が護衛に就いて送っていたはずの奴隷の一人が命からがらという様子で逃げ延びてきた。

「私はリック=オーウェンと申します。このリエッタ公国の北にあったハレスの騎士をしておりました」

フーブの前で頭を地につけている男。

騎士というだけあってかなり痩せているものの、鍛えられた体躯をしている。

ひどく汚れて怪我もしていたらしいが、リリアの指示で小奇麗になり怪我の手当もされていた。

「顔を上げてくれ。何があった」

「それが―――」

話を聞くと、二万ほどの奴隷たちを故郷へと送っていた『フライム』に人間の軍勢が仕掛けてきたのだという。

奴隷たちを出身国ごとに六グループにわけて進行していた『フライム』だったが、地形を利用した撹乱に奴隷たちも『フライム』の眷属も散り散りに分断され、逃げ延びてきた奴隷の集団に就いていた『フライム』の眷属は殺害されてしまったらしい。

リックは妻と子を逃がすため追撃してきた部隊に陽動を仕掛け、他の奴隷たちを逃がすことに成功したものの自身は捕縛され、一時は本陣に勾留されていたのだという。

「粗末な檻に勾留されていたのですが、見張りの兵と交代の兵とが『フライム』のリーダーがリヒテンタールに送られ、そこで処刑されるという話をしていたのです」

「シャットが捕まった?」

“燃焼”を司るがゆえに、そもそも触れることすらかなわないはずのシャットが捕まるなどまずありえない話。

そもそもこの奴隷が真実を語っている保証など無いのだ。

リヒテンタールというと、人間の連合軍で二番目に大きな軍を有するらしい王国だが―――

「『フライム』の力は知っているだろう。どのような錠も檻も『フライム』の力の前では役に立たん。シャットはその長だ。力の強さは眷属とは比べ物にならんのだぞ?数千の兵を投入したとて、あれに抗えるとは思えん」

「真相は私にもわかりません。ただ、ようやく捕まえることが出来た、と言っていたのでそういうことなのだと」

確かに長期戦になれば不利になる。神とはいえ遡形が人である以上、疲労は避けられないのだ。

人間側もムーリヤから魔法を与えられているのだし、シャットが疲弊した隙を狙えばなんとかなるのかもしれない。

「皆様には命を救っていただいた恩があります。ですが私ではお救いできない―――ですのでこうしてなんとかしていただけないかと脱走してきた次第です」

「どうなさいます、フーブ様」

リリアは特にリックの言葉を疑ってはいないようで、リックに対して警戒する様子がない。

人を見る目は確かなので、リックに関しては信用しても大丈夫なのだろう。

「仮にシャットがこのまま処刑されたとしても、眷属が無事ならば転生するはずだ。が―――」

フーブの脳裏に浮かぶ不安。

ムーリヤがキレフを手に掛けた時、ただ“殺した”わけでないことをアーリヤ様から聞いていた。

『摂理』の一部を与えられ、神と呼ばれるフーブたちも遡形は人間であり、肉体的には人間と大差ない。

しかしそれでは長きにわたる“死の大陸”の環境改善に不具合が生じる。

そこで神々は番として一緒に降臨した相手と子をなし眷属を作り、その自身の眷属に必ず転生するようになっていた。

フーブも降臨してすでに千五百年ほどが経つが、その間に十度ほど転生していた。

この数百年ほどは『サングィスタ』の研究により、神はより長大な寿命と頑健な肉体を有するようになったがそれでも不老不死というわけではない。

この機構から逃れるには創世の七柱が一柱、死と生を司る『アリオト』に乞い願い、役目から解放してもらうしか無いわけだが、これ以外に方法があるのだという。

それは“神殺しの術式”―――

アーリヤ様から聞かされた話ではこうだ。

『運命の双子』アーリヤ様とムーリヤにはこの“眷属に転生する”機構がないことは知っていた。

上位神である二人はフーブたちと違い遡形は人ではない。

創世の七柱と同じく『アドミニア』と呼称される“超越者”で、通常の生物のように「肉体という器に魂魄がある」のではなく「魂魄を基礎として肉体が構成される」ために不老不死と言って差し支えない存在だった。

そもそもこの「魂魄から構成される肉体」は非常に頑健で、オークやワーウルフでも傷つけることが出来ないほど。

しかし、アーリヤ様とムーリヤ、どちらかになにか重大な問題が起こった時、それを止めるための術式が存在しているという。

それが“神殺しの術式”だ。

本来傷つけることすら出来ない肉体を傷つけることが出来るようにする術式、ということなのだが、他にも効果があった。

これまで『アドミニア』が死を迎えたことはなく、この術式で死んだ場合その後どうなるのかは不明らしいが、この“神殺しの術式”で殺害された神はその魂魄すらも完全に消滅してしまうという。

そしてムーリヤはこれを使った。

キレフの魂は完全に消滅し、もう転生することはない。

もし、この神殺しの術式を人間に伝えられていたら―――

「気になることがある。お前たちは予定通り異人たちと戻り人間の侵攻に備えろ。私はシャットの様子を見に行くことにする」

「何をおっしゃいますか!!そのようなことは長の役目ではありません!!!」

野太い声でフーブを一喝したのはリリアの夫であり眷属一の豪腕を持つガエンだ。キレフとも親しくよく拳を交えていた。

「斥候は我らが役目。長自らそのようなことはせずともよいのです」

「そういうわけにもいかんのだ。向こうの手の内がわからぬ以上、これ以上の損耗は避けねばならない。ならばあらゆる状況に即応できる者が出るべきだろう。私ならば仮に殺されても転生するのだ。問題はなかろう?」

問題がないわけではないが、リリアとガエンがいれば眷属の繁栄は安泰と言っていい。

「人間どもの侵攻があるとお考えなのでしょう!アーリヤ様もキレフ殿もおられぬ今、誰が指揮を取るのですか!!」

「それはお前のほうが適任だろう。人間の侵攻に備えてキレフ殿とよく話をしていただろう?それに異人たちに戦闘訓練を施したのもお前だ」

人間が再び地上へと戻るための環境を維持するために生み出された異人たちには、そもそも“戦う”という概念がなかった。

環境の保全を目的としている以上、争われては困る。

それゆえに生存のため、そして子を守るために本能として備わった力を除いては、極めて温厚な性質を刷り込まれ生み出されていた。

人間を遥かに凌駕する身体能力を有する異人たちが死の大陸へと追いやられたのはこのためだ。

そして死の大陸から、生命あふれる緑の大地へと変わったバルムンドを人が狙う危険性に留意し、対策を進めていたのがキレフだった。

あくまで神々が人間たちの正面に立ち戦うことを前提に、異人たちにはそれとなく戦う術を覚えさせ、『運命の双子』が降臨してからは二人に与えられた“摂理に干渉するために体系化された式”である『魔法』を異人たちに知識として分け与えてきた。

眷属の中でも強い力を持ち勢力も大きな『インベスタ』『フライム』『ワニマ』はキレフの眷属と同調することでより強大な力を発揮できるようになるため、キレフと積極的に協調してきた経緯がある。

「それはそうですが・・・」

「予定通り、フェンネルを我らの本拠地として整備せよ。異人たちの居留地には決して足を踏み入れさせるな。そのためには最悪の場合ハルマイアは明け渡して構わん。地勢上ハルマイアから各居留地へ侵攻可能なルートは限られているからな。被害は最小に抑えられるはずだ」

キレフの所領であったハルマイアは北部になだらかな山岳地帯が広がり、東部、南部、西部を広大な平原が占めている。そして東は大洋に面し、南から西にかけては急峻な山脈が連なり通行可能なのは数箇所のみ。北はなだらかな山岳地帯からそのまま火山帯へと繋がるため人が踏み入ることは出来ない場所だ。

ハルマイアを防衛するためには面での防衛となるため多大な労力を要するが、ハルマイアからの侵攻を防ぐには点での防衛となるため労力は少なく済む。

「かしこまりました」

「もし、執拗に侵攻を続けようとするなら必ず我らが盾となり食い止めよ。私はすぐに出るが全員を必ず無事に帰す。それがアーリヤ様の命であること、決して忘れるな」

「はっ!」

恭しく頭を下げたガエンの背後からリリアが荷物を差し出す。

「こちらをお持ちください。ご無事の帰還、お祈りしております」

「あぁ」

荷を受け取ったフーブはリックとともに人間の王国、リヒテンタールへと向かった。


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