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家を探検しよう

 さて。林さんも役場に帰ってしまったことだし、引っ越し荷物も夜まで着かないかもしれないということだ。

 こうやってぼけーっと、いつまでも玄関にいても仕方がない。

 手には先程渡された名刺。まだ林さんの手の感触がちょっぴり思い出されて、恥ずかしいので早々にポケットにしまう。

 ひょっとしたら、新しい生活と同時に恋の予感――? いやいや、今はまだそんなに気持ちの余裕は無いのよ! 家よ、まずは家! 引っ越してきてまだ上がってないし、私。

 そう自分に言い聞かせ、靴を脱いで家の中に入る。

「よっこらしょ」

 重いスーツケースも一緒。なんとか困らない程度のものはこのスーツケースに押し込んできた。荷物がなかなか着かなくても、後で近所にご挨拶に行くついでに商店に行けば軽い食料くらいは手に入るはず。

 まずは家の中をよく見て回ろう。家具を置く場所も決めておかないと。

 内覧でじっくり見て、何度も何度も間取り図面を見ては頭の中でシュミレーションしてきた。それでも実物にこの身を置くのとは違う。

 お試し期間中、家をいじろうがリフォームしようが自由ということだ。やっぱり住まないという事になったときは、元に近い状態に戻さないといけないという制限はあるにしても、買い取って自分の物になるのなら、大掛かりな事をやっても問題ない。そもそも私には帰る気などないのだから。

 傷んでいる個所を直す必要というだけでなく、今でも充分に気に入ってここを選んだとはいえ、もっと自分好みの家にしたい。

 そして、まだ漠然とだけど、ゆくゆくはテレビで見たような、古民家ギャラリーだとかカフェにしてみたいという野望もある。

 ほとんど寝るだけだったとはいえ、賃貸のマンションに住んでいて壁に画鋲を刺すことすら憚られ、家具の跡が床につくのにも気をつけなきゃいけなかった生活とはもうオサラバしたのだ。

 素人だって、やってみたいじゃないのDIY! わくわくしながら見て回る。

 まずはキッチン。十畳くらいはあるのでテーブルを置いてもダイニングとしては広さは充分。床もそう激しくは傷んではいない。

 でも何というか、フローリングではなく四角い飾りべニアの床材なのが中途半端に古臭い。

 冷蔵庫を置いていたらしい四角く色の変わった個所も見える。

「ここはいじり甲斐がありそう……」

 システムキッチンとは程遠い、流し台とコンロ台の組み合わせのセット。綺麗に掃除はされているけれど、古びていて上部に吊戸棚も無いので収納は少なそう。窓の前の錆びた金属製の棚と今時珍しい羽根の丸見えな四角い換気扇、壁のパンチングの板が昔懐かしい感じ。

 ガスコンロは前の人が置いて行ってくれたので、やかんやお鍋が届けば、とりあえずはお湯を沸かしたり、料理くらいは困らないだろう。

 やっぱりここはもう少しお洒落な感じにしたいな。

 まあおいおい……というわけで次の間へ。

 昔、台所は土間だったことがよくわかるように、一段高くなった敷居を上がると、畳の部屋が幾つか広がっている。

 通気を良くするためか建具が全てあけ放たれて、縁側まで見通せる眺めに思わず声が漏れる。

「わあ、広ーい!」

 四八間というのだっただろうか。八畳の部屋が田んぼの田の字のように並んでいて、仕切りの襖を取り去ると一つの大広間になるという昔ながらの作り。

 今は家具も何も無くて本当に広々。つい年甲斐もなく走り回ってみる。

 入って来た台所側の部屋と、玄関と縁側に面した部屋の二部屋にはほとんど何も無い。玄関側は客間、台所側は居間というところか。居間の方は少し畳が不規則で、中央に四角い畳が嵌っているのは掘りごたつのようだ。奥に床の間と仏間のある部屋、一面が全て押し入れの部屋の二室。

 やっぱり押し入れのある部屋が寝室かな。一番奥だから静かそう。タンスとベッドを入れて……あ、でも畳にベッドもなぁ。

 ネットで見た、他の人のリフォームしたとある古民家はほとんどの部屋をフローリングに改装してあった。ああいうのもいいよね。そもそも昔々の農家などは、畳でなく板の間だったって聞いた。囲炉裏とかあった時代だろうけどね。

 よし、床の間のある部屋以外はフローリングにしちゃえ!

 更に、どこに家具を置くか考えているうちに、もう一つ気になり始めた事がある。

 昔ながらの日本家屋は、押し入れは別としても基本収納が少ない。部屋を仕切るのも襖や障子だから、壁が無い分据え置き型の家具を置きにくい。収納も必要だよね。

 これもおいおい……だけど。

 本格的なリフォームに着手するには、それなりに準備が必要だ。資材も、お金も、技術も。とにかく今は、頭の中に明確なビジョンを作り上げることかな。一度絵に描いてみるのもいい。それとも写真を撮って、画像合成できるアプリで完成図を見るのもありかな。最近って便利だよね。

 ……などと、色々と期待に胸を膨らませつつ、見て回っているうちに縁側の廊下に出た。

 ざっと数えて四組八枚の掃き出しの窓が並んぶその外は濡れ縁。ここを開け放てば、広い縁側になる。

 蝶ネジみたいな差し込み式の鍵を外して、少し開けてみると、がらがらという軽やかな音と共に、さやとした風が舞い込んできた。おお、これは夏でもいい風が入ってきそう。それに、ここからの眺め!

 村の一番高い所にあるこの家。庭の低い垣根の向こうにかなり向こうの山々と大きな川が望める。手前に広がる田畑、他の家の屋根……本当に素敵な眺めだ。

 ここに座ってお茶したり、読書なんかいいな。そうだ、落ち付いたらペットを飼うのもいいかもしれない。一緒に景色を楽しみながらまったりするの。

 新しい野望も広がったところで、下の道に白い軽トラックが走っていくのが目に入った。

軽トラ……林さんではないだろうけど。

 また脳内に帰って来た玄関先でのやりとり。

『菫ちゃんって呼んでいい? 僕の事は悠斗でいいよ』

 うわー。思い出すと照れるぅ! 無理、いきなり名前呼びなんか無理っ!

「い、今は家よ家っ!」 

 振り払うように一人で首を振りながら声に出してみる。

 この縁側はあまりいじらない方がいいよね。でも一応カーテンくらいはつけておきたいかな。そう思ってふと廊下の突き当りを見ると、壁ではなく古びた扉が。

「ん? ドア?」

 こんなところにドア? 隣接する床の間のある部屋と比べて、確かに廊下の方が短い。ということは扉の向こうにも空間があるはず。かといって、もう一部屋あるほどでもない。

 えっと、トイレは玄関の向こう側の洋室の方だし、一つしか無かったはず。図面にも何の記載もなかった。ということは小さな物置くらいだろう。

「へぇ、なんだかんだで結構収納スペースあるんじゃない」

 何気なく手を掛けて、開けようとしたら鍵が掛かっていた。えー? 確かに鍵穴はあるけど、こんなところに鍵って。よっぽど大事な物でも仕舞ってたとか?

 そういや、鍵は必要以上にいっぱいあったし、林さんも何の鍵かわからないものもあるって言ってたよね。あの中にここの鍵も含まれていたのかも。

 別に急ぎはしないものの、自分のこれから住む家に知らない部分があるのもどうかと思う。開けてみたいよね。後々ここが役に立つかもしれないし。

 というわけで、玄関に置きっぱなしだった鍵束をとりに行って、林さん特製シールのないものを順に試してみる。

「うーん、これも違う……」

 かちゃかちゃと試すこと数本。でもなかなか合う鍵はみつからない。

「あ、これだ!」

 そしてついに鍵穴にぴったりの鍵をみつけた。なんだろう、ものすごく些細なことなのにこの達成感。なんだかガラスの靴が合う人を探してたシンデレラの王子様にでもなった気分。

「お邪魔しまーす」

 自分の家なのに、そう言いつつドアを開けてみる。

 予想に反して、扉の向こうは物置部屋では無かった。現れたのは……。

「階段?」

 あれ? 図面でも書類の詳細でもこの家は平屋だった。内覧に来た時にも気が付かなかったけど、二階があるの? そういえば各部屋の天井も思ったより低めだし、外観では上の方に小さな窓が見えていた。とはいえ、上に居住可能なほどの高さがあるほどではない。だからあってもせいぜい物置か屋根裏くらいだろう。

 暗い上、階段と言うには急勾配すぎて、足を掛ける踏板も奥行きの無い梯子に近いもの。下りを想像するとちょっと怖い。でも、確かめておこう。この上に鍵をかけてでも大事な物を仕舞っておける場所があったのかもしれない。

 屋根裏だったら構造も見えるかも。見学に行った中で、わざと太い梁を見せるように吹き抜けに改装した古民家は素敵だった。この建物も天井を抜いちゃえばあんな風にできるかも。

 わくわくしながら、階段を上がると、前方は突き当り。しかし、薄暗いながらも横手に小さな引き戸があるのが見えた。立っては潜れないほどの高さの戸だ。位置的には床の間の上あたりになると思われる。

 階段に足を掛けたまま、そーっと開けてみる。

 外壁の上部に見えた小さな窓から光が入ってきているのだろうその場所は、大きな黒光りする梁が剥き出しの屋根裏だった。

「わぁ……」

 この小さな入り口からは想像もできないほど広い空間が広がっていた。途中に柱は出ているものの、面積は下の四八間全部の広さがあるのでは無いだろうか。

「ん?」

 一部に畳が敷かれている所がある。やっぱり収納に使っていたか、隠れ家的な……と、そこで私は誰かと目が合った。

「失礼しました」

 ぱたん、と戸を閉めて私は数秒考えた。

「……え?」

 ちょっと待て。人?

 恐る恐るもう一度細く戸を開けてみる。

 やっぱりいるー!

 畳の上に、じっとこちらを見る和服の人。白髪というよりは銀色にも見える長い髪。とても美しい人だが、そうお年寄りにも見えない男の人だ。

「えええ?!」

 叫んだ私に向ってその人が口を開いた。

「ん? 誰じゃ、お前?」

 誰って……そんなのこっちが聞きたいよ! 

 空家なんじゃなかったの? なんで人がいるのよ! しかも男の人っ!


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