表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/52

垂らされた糸

 緊急出動で高層ビルへ向かった三人。翠は初めて遭遇するタイプのファントムを見て、何を感じるのか。

 東京の夜は明るい。時計の針が12時を越えようが、深夜を過ぎて朝方になろうが常に町が光っている。何台もの車が狭い道を行き交い、人の声が消え失せた路地で機械音が背景音を作り出し、静寂を醸し出す。ガラス張りの巨大なビル達は、その光を反射して自ら輝いているように見える。

 今、自分の足下にはその風景が映っていた。



「目標地点に到達。リペリング装置を投下せよ」



 目に映る風景がビルの屋上に変わったとき、ヘリパイロットがそう言った。スライドしたハッチから箱型の装置をロープに引っかけて、ゆっくりと下ろしていく。その後、自分達もヘリから飛び降りて屋上へ。極限まで消音した特殊回転翼の輸送ヘリは静かに暗闇へ消えていった。

 モーザ中尉が最初にリペリング装置からワイヤーを引っ張り出してフックを装着し、続いててカーベックと自分も命綱へ確実にフックを引っ掛けた。


 自分達が立っているのは株式会社土山が本社として所有するビルの屋上だ。最頂部は232m、最上階は58階。その殆どがガラス張りで超高層ビル群を形成する中核を担っている。

 そして現在、タイプCファントムの出現によって地獄の塔へと変貌した。外から見ても分かる窓にこびりついた血痕が内部の様子を物語っている。

 タイプCファントムを駆逐するのは今回が初めてなのだ。まだ教育された事以外は分からない。今から本当の姿を見ることになる。何も臆することはないが、今まで確認されているファントムの中でも駆逐が困難な型とされているタイプCだ。その姿は、きっと二度と忘れることのない記憶となるだろう。



「ワイヤーに異常無し」



 左にいるカーベック少尉が報告した。自分もそれに続けて報告。



「異常無し」



「ワイヤー確認良し、降下開始」



 そして屋上から身を投げる。ワイヤーがフックと擦れる音が鳴り響く。極力音を出さないように慎重に下りていく。

 タイプCは出現と同時にテリトリーを形成して、タイプC本体が産み出した三本足の蜘蛛のような形をしたソルダーと呼ばれる個体が警備するようになる。ソルダー達は未だ判明されていない方法で他の仲間と情報を交換し、本体の産卵に必要なエネルギーを確保するため、テリトリーに侵入している物体を狩り始める。大抵の場合は近くにいる人間が狩りの対象となり、今回は土山ビルの54階から43階の従業員や会社員がタイプCの餌となってしまった。

 もしもソルダーが攻撃を受ける又は殺害された事が発見された場合は、グループ全体にその情報が知れ渡る事になり、本体であるタイプCの活動が急激に活発化してしまう。通常の状態では毎時に1匹のペースでソルダーを産み落とすが、危険を察知した瞬間に毎分2匹の驚異的な速度でソルダーを産むのだ。

 故にタイプCの駆逐作戦は完全な隠密作戦となる。本体がこちらの攻撃に気付く前にソルダーを駆逐し、最後に本体を破壊するのだ。そして駆逐するのは順序を変えてはならない。先に本体を破壊してしまうと残されたソルダー達が次々と自爆して重大な二次災害を引き起こす。もしも、この土山ビルに発生したソルダーが全て自爆した場合、倒壊程度では済まないだろう。



「攻撃はカーベックに合わせる」



 やがて、自分達はテリトリーである54階へ到達。モーザはガラス窓に踏ん張りなからサプレッサーを装着したMK.5を構え、そう言った。



「ロビーに4匹。翠の方に2匹いる。そっちは頼んだ」



 カーベックは既に射撃体勢へ。



「了解。翠はドアの近くにいる左の個体を狙え」



 モーザが近付く。目の前には確かにソルダーが4匹。それが2グループに分かれていた。自分は言われた通りにドア周辺で警戒している個体へ銃口を向ける。照準を合わせ、引き金に指を。



「発砲。3、2、1……」



 カーベックは囁くようにカウントを開始した。数えきった刹那、窓ガラスが割れる音が聞こえた。その音に反射するようにこちらも引き金を弾く。

 消音された7.62mm弾の銃声。肩当てが出来ない無茶な体勢であるため、腕力のみで重たい反動を抑え込む。

 一瞬の出来事だ。風の音に掻き消されるような僅かな音と共に、4匹のソルダーは沈黙。



「確認」



 モーザが一言。



「撃破完了。次だ」



 そして再び空中へ身を投げて降下する。とてつもない緊張感だ。今にも気を抜いたらそのまま落っこちそうだ。ここまで息を潜めたことは人生で初めての経験である。

 自分一人だけだと足がすくんでまともに動かないだろう。



「翠待て、翠。近いぞ。気を付けろ。お前のすぐ近くにいる」



 下の階に到達しようとしたとき、モーザが警告。その唐突な言葉を聞いて窓を蹴ろうとした足が凍結しそうになる。



「体勢をスパイダーに変えろ」



 命令通り、音を立てないようにゆっくりと体の向きを変える。窓ガラスに対してうつ伏せになり、例えるならば伏せ撃ちのような体勢になる。頭は地面の方を向いている。

 銃を構えた先には、窓ガラスのすぐ側に1匹のソルダーが触角を忙しなく動かしていた。もしもあのまま降下していたら、間違いなく鎌のような前足で殺されていただろう。

 そう思って驚愕していたら、カーベックが慌てた様子でこちらに通信してきた。



「撃て。そいつは勘付いてる。お前に合わせるから早くしろ」



 僕は目の前にいる個体へ発砲。同時にモーザとカーベックも攻撃を開始。



「数が多い。翠はカーベックの援護にいけ」



 モーザが命令。咄嗟にスパイダーから通常の降下体勢へ姿勢を変えて、カーベックの方へ向かった。

 やがて、全テリトリーのソルダーを排除し、溶接機で窓ガラスを円形に切ってビル内部へ侵入。モーザがヘルメットの側面に取り付けた大型の熱源探知装置を操作しながらこちらに連絡する。



「これで全てだ。次は本体を破壊する」



「カーベック、爆薬は落としていないよな?」



 モーザが茶化す。



「ちゃんとベストに貼り付けてある」



「良し。ここまで作戦通りだ。こっちだ、ついてこい」



 モーザを先頭に広い内部を走る。出来るだけ音を立てず、曲がり角を警戒しながら非常階段を上り、49階へ。

 通信会社のオフィス内へ突入し、天井を見上げる二人。



「ここだ」



 モーザは指をさす。



「本体は真上の会議室で産卵を続けてる。カーベック、爆薬を」



「了解」



 カーベックは職員が使っていたであろう机を土台にして天井に強化爆薬を貼り付ける。テープ状に加工されたプラスチックの爆弾だ。

 爆発に巻き込まれないように離れてから、起爆する。


 狭いオフィスに鳴り響く轟音と共にコンクリートの天井が破壊され、瓦礫と共に"タイプC"が落ちてきた。その姿は、まるで巨大な芋虫が全身から触手を生やしているようで、一番シルエットが近い生物は毛虫だろうか。非常に不気味な姿をしているのだ。



「撃て」



 モーザが発砲する。続いて自分とカーベックもMK.5を撃ち続けた。空の薬莢が次々と床に転がり、タイプCは輝くほど真っ赤な絵具のような血飛沫を撒き散らし、風穴だらけになる。蠢いていた触手も硬直して、完全に沈黙。



「何度見ても気色が悪い」



 カーベックは言葉を溢した。



「作戦完了……いや、待て」



 モーザは熱源探知装置を操作しながら、天井を見つめた。




「サーモレーダーの熱源は一つだけの筈だ。不味いぞ、故障じゃない」



「どうしたんだ?」



 カーベックが焦り始めるモーザへ質問する。彼は第一世代の特徴である幅の広いバイザーをカーベックに向けて答える。



「ソルダーが残っていた。今すぐ脱出するぞ。爆発する」



「なんで残ってるんだ。全て窓側にいたんじゃないのか?」



「本体に貼り付いていたんだ! きっと起爆することを察知していた」



「くそったれが。おい翠、はやくこっちに来い。消しカスになるぞ!」



 その言葉が聞こえてくる頃、天井に空いた穴からソルダーが落ちてきた。僕はすぐにその場から離れて二人を追う。非常階数を全速力で駆け下りながら、モーザがヘリパイロットへ通信。



「作戦は失敗だ。ソルダーを殺し損ねていた。」



「熱源探知装置が狂っていたのか?」



「違う。本体に貼り付いて熱源の数を誤魔化そうとしていた」



「そんな馬鹿な」



「このままでは爆発に巻き込まれてしまう。よってこれより46階から緊急脱出を実行する。地上の部隊に伝えてくれ」



 通信を切ったモーザ。



「奴等の方が足が速い。急げ、追い付かれる」



 彼は閉鎖されている扉を蹴り破り、ガラス張りの空間へ飛び出る。



「あの窓に飛び込め!」



 ついに爆発音が聞こえてきた。絶え間ない爆発が上の階が起きているようだ。天井から瓦礫が降ってくる。



「翠! 危ない!」



 僕の頭上に落ちてきた複数の瓦礫。それを横から飛び込んできたモーザが左手で受け止める。そして、"弾き返した"。彼の飛翔物体を超能力エネルギーによって捕らえ、ベクトルの向きを変えてそのまま反射する特殊能力が発動したのだ。驚いて転けそうになったを支えられ、彼に引っ張られるように全速力で窓の方へ駆け、窓へ身を投げた。

 粉々に砕かれたガラスと共に宙を舞う身体。後ろで感じる巨大な爆風に押されてるような気がする。こんな高度から飛び降りたことは今までない。



「着地体勢をとれ」



 モーザとカーベックは銃を背中の方へ回し、出来る限りの落下速度が落ちるように両手を広げ、超能力による慣性制御を開始。聴覚保護装置越しでも風を切る轟音は消えない。恐怖心を煽る。


 やがて無事に着地し、降ってくる瓦礫から逃れるため迅速にその場を離脱。

 爆発は既に収まっているが、炎上は止められなかった。僕はその光景を眺めていた。



「あれは、倒壊するのか」



 僕はカーベックに質問する。



「倒壊はしないが、二度と使えないだろう」



 諦めたような口調で答えたカーベック。その言葉を聞いて、目の前の状況が如何に重大で最悪な事態なのか、深く脳に焼き付いた。

「特殊能力」

・超能力エネルギーを操るハーベスターの中でも、更に特化した特殊能力を持つ者がいる。特殊能力に覚醒するハーベスターは非常に希少であり、その殆どが高い攻撃性をもった能力である。

 トン・モーザ中尉はエネルギーを収束させ、様々な飛翔物体を捕まえて反射するシールドを作り出す事が出来る。

 現在、科学的な解明はされておらず、実験データも少ないため特殊能力の使用を想定した作戦を実行する事はない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ