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碧の死神 "Beyond heat haze"  作者: dispense
微かな記憶
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思考

 変化を知りたいのならば、一度だけ自分の立場を考えることだ。

 2日連続で発生したファントム。駆逐を目的とした戦術作戦が実行されて30年が経ち、初の事例であった。対策開発部隊は直ちに現場の調査を開始。出現区域は立ち入り禁止となり、一週間もの間、武装した隊員が情報を収集していた。2日とも戦闘部隊として出撃した翠とカーベックは基地にて待機を命じられ、騒動が収まるまで緊迫した空気が漂っていた。

 その後、調査自体は既に完了しているがこれまでにない異常事態ゆえに未だに道路は封鎖されて交通機関にダメージが入ってしまっている。プルートー基地総司令部によれば後3日は安全のために封鎖するとのこと。その後も三週間は完全武装した歩兵隊が現場を警備する方針で事を進めている。


 やっと軟禁状態から解放された2人は、一週間ぶりの清浄化されていない空気に触れて懐かしさを感じていた。駅の近くにあるビルに挟まれたジャンクフード店で気怠そうに座っている。



「一週間ぶりに外で食べる飯が、これか」



 店の一番奥の席に座る翠が愚痴を溢す。



「文句を言うな。誘われて来たのはお前の方だぜ」



「ハンバーガーなんてそこらの店でいつでも食えるだろう」



 その言葉にカーベックは説教するように言い返す。



「"アメリカ"の味が食えるのはここだけなんだ」



 翠は呆れて肩をすくめた。無言でコークを飲み、満遍なく塩が振り掛かったポテトに手を付ける。2本目をつまみ上げて口に入れようとしたとき、カーベックが語りかけてきた。



「ファントムの動き。最近おかしくないか」



 唐突な疑問。どう返せばいいのか分からず翠は困惑。



「どういう風に?」



「頭が良くなってる」



 翠の質問に彼は即答した。



「それだけ?」



「それだけか、だと? 少し考えてみろ。これまで余裕を持って対処し、制圧していた優勢な立場がついに崩れ始めてるということになる。もしも本当に奴等の知能が上がっていたとしたら、いつ人類とファントムのパワーバランスが崩れても不思議じゃない。一週間前の事件だって前例がない異常事態だ」



 彼は危機感を感じていた。その口調から怯えのような感情が垣間見えている。



「いま考えたって、こっちは後出しでしか動けないのにどうにかなるか?」



 翠は彼を落ち着かせるように言葉を返す。



「それはそうだ。しかし知能が上がってるのは確かだ。お前は実戦に投下されて日が浅いから分からないと思うが、昔と明らかに動きが違う」



「奴等は人間の事を理解し始めたんだ。人間がどんな時間に活動し、どのタイミングが一番反応が遅れるのか。だから間髪入れずに二日続けて出現することで、対応が遅れる事を知っていたんだ」



 彼はそう言い終えると、溢れんばかりにレタスとベーコンが挟まれたハンバーガーに食らい付いた。それを押し流すようにコークを飲む。



「飯の時までファントムの事を考えるのはやめよう」



 翠は諦めたような口調で会話を切った。今は平穏を思う存分に感じて飯を食べているのだ。そんなときにまで戦いの話をするほど心に余裕はない。そう思って翠は、決して健康的とはいえない油だらけのハンバーガーを平らげた。


 その後、カーベックは個人用ヴィークルの装甲バイクで帰路へ、翠は徒歩で自宅まで歩くことになった。

 ファントムが現れてからというもの、民間人が行き交う交差点にも武装した警備員が日常的に歩くようになっていた。何度か角を曲がると全長5.6mの有脚装甲戦闘車が待機状態で鎮座していたりと平和だった東京の街並みは変化した。兵器が身近に存在している街。一昔前の日本では考えたこともないような風景が目の前にはある。軍事への理解が乏しかった時代とは違う。安定した平和を保つために、かつては人を殺すために作られた兵器が必要となっているのだ。では、その事実を受け入れる準備が出来ているのか?

 翠はつい一週間前の出撃任務を思い出す。デモ隊と衝突したあの任務を。17歳の翠にとって、狂暴な大人の圧力に恐怖を感じた瞬間だった。どうしてそんなにも暴力的になれるのか?と。置き去りにしてしまったドライバーは、予めカーベックが救護要請を他部隊に出しておいた為、その後すぐに救出されたらしい。怪我は一つもないが、ドライバーを降りたいと申請を出しているそうだ。


 嫌われ者は、いくら良い顔を見せても媚を売っているとしか思われない。翠はそう考えた。そもそもブルーリーパーという組織体制が日本という国に合っていないのだ。武装した兵士が一般人と同じように外を出歩く?しかも毎日だ。歩道、車内、施設内でも一般人は兵器を見ることになる。ただそれだけでも、戦いとは無関係の彼等にとっては兵器が目に映ることが不快になってしまうのだ。

 我々はそれを理解しているつもりだとモーザ中尉はよく言っていた。しかし、一方的に理解を求めているのは一般人だけであって、こちらの要求は飲み込んではいないではないか。ならばそれは、束縛である。


 そう考えていたらアパートに到着した。コンクリートの階段を上がり、合鍵で自宅へ入る。

 懐かしい匂いだと思っていたところ、目の前には仁王立ちで従姉が立ち塞がっていた。



「よくもまぁ一週間も家をほったらかしにしてたわね」



「お姉ちゃん」



 彼女の顔は怒っている様子ではない。むしろ笑みを浮かべている。



「ほら、早く上がんなよ。どうせまともな昼御飯食べてないんでしょ?」



 図星。



「ちゃんと食べた。大丈夫」



「あんたの言う大丈夫は信用出来ないわ。ちゃんと白ご飯食べなさい。おにぎり作っておいたから」



 何年も着込んだであろう仕立ての良いスーツ姿の百合音は、翠と入れ違いでヒールを履く。



「仕事、早いね」



「あんたに比べりゃ楽な仕事よ。夜の8時までには帰るからね。今日は伝説さんと会うから早いのよ」



 彼女の今日の仕事はかつては新谷 梅という伝説級とも賞賛された元歌手との企画だ。彼女とは歳が離れてはいるが近所付き合いでプライベートでも友好関係は良好である。過去に翠の面倒を見た事もあるほど親密であったが、翠自身は全く記憶にない。

 そんな特別ともいえる新谷 梅とのさしぶりの再会である。ゆえに気が抜けない。


 じゃあね。と百合音は言い残して家を後にした。残された翠は、Scorpion W2迷彩のバトルジャケットを脱いでソファーにもたれかかった。

「超能力エネルギー」

・ハーベスターが保有する特殊流動エネルギー。電流に近い性質を持っており、エネルギーが送り込まれた物体は摩擦係数の低下や強度の上昇など攻撃に繋がる性質が大幅に向上する。

 また全身からエネルギーを放出する事も可能であり、それを推進力として利用出来る。ハーベスター自身の身体能力と併合して落下傘無しでの空挺降下を実現させた。

 最大の特徴は強固な皮膚を持つファントムに化学反応を起こし、反応した組織を著しく損壊させる性質を持っており、対ファントム作戦において最も重要な要素となっている存在である。しかし、現在この超能力エネルギーを有している生物はハーベスターのみであり操作訓練も必要である。

 だが、エネルギーを送り込んでも2時間以内に物体からエネルギーが自然消滅する上に物体の質量や大きさによっては流動途中で消滅する場合もある。

 よって小銃などの歩兵用兵器へのエネルギー流動が最も効率的とされる。

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