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碧の死神 "Beyond heat haze"  作者: dispense
確かな記憶
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怨嗟の光

 過去は、ただ記憶の中で廻るのみ。

 暑苦しい。翠は不快な感情によって目を覚ました。身体にかけられている毛布を剥がし、上半身を起こす。


 視界が狭い。頭が締め付けられている。翠はゆっくりと自分の顔面に手を伸ばし、確かめるように触れる。包帯が左目付近に巻き付けられていた。片目が見えない。

 爆発に巻き込まれたことは記憶しているが、そのあとの記憶が曖昧である。おそらく、あのままビルから落下したのだろう。服装が焦げ付いた戦闘服のままだ。長い間眠っていたわけではなさそうだ。袖口のLEDを確認すると、既にバリアドレスの機能は停止していた。

 ベッドから降りようと床に片足をつけた瞬間、病室の自動ドアが開いた。



「もう目を覚ましたのか」



 翠は入室してきた男のネームプレートを確認する。プルートー基地の執刀医だ。



「まだ眠っていた方がいい。針を縫ったばかりだからな」



 翠の身体を心配する言葉を掛ける彼。



「僕の左目はどうなった。失明したのか」



 執刀医へ単刀直入に質問する。



「完全に失明したわけではない。眼球自体は無事だが、視力が大きく落ちている」



「どれくらい落ちたんだ」



「眼鏡では矯正不可能なほどだ」



「殆ど失明しているようなものじゃないか、いっそのこそ目玉を摘出して戦闘義眼にしてくれ。その方が良い」



 翠は思いきったように提案するが、執刀医はそれを否定する。



「簡単に言ってくれるな。まだ使える眼球が残っているのに、それをわざわざくり抜いて機械にするのか?戦闘義眼は脳に神経を繋げる手術がある上に、調整にも時間が掛かる。義手とは違うんだ。顔面の半分を切り開く大手術なんて気軽に行えない」



 執刀医は話を続ける。



「詳しい容態を説明していなかったな。君は読都新聞本社ビルの爆発に巻き込まれ、21階から瓦礫と共に落下。熱風はバリアドレスが限界まで稼働して何とか防いでくれた。しかし、破片がヘルメットを貫通して左目に直撃した」



「何の破片だ?」



「不明。FOGビル事件の跡地に発見された破片に似ているが、まだ一致した訳ではない」



「僕のヘルメットカメラの映像を調べろ。そこに全てが映っている」



「いま調べてる最中だよ。研究軍団が珍しく慌てていた」



 執刀医は翠に数枚のプリントを渡す。



「これは?」



「網膜投影眼帯の説明資料だ。さっき話した通り、君の左目は失明したも当然の視力に落ちている。よって網膜投影による補助機械を君に渡すことに決定した」



「眼帯ね、海賊にでもなれって言いたいのか」



 翠の皮肉。



「文句を垂れる前に少しは自分の身体を心配してみたらどうだ。義手の次は失明だ。簡単に日常へ戻れる身体ではないぞ」



 その皮肉に執刀医は咎めるように応えた。



「だから何だと言うのだ。今更軍隊をやめて、ただの高校生に戻った所でどうなる?自分でも平和を楽しめるような人間じゃないって分かってるさ。こうなったら戦死するまでブルーリーパーとして生きてやる」



 翠はそう返した。



「自暴自棄か?」



「他人から見たらブルーリーパーに洗脳された少年兵士に見えるだろうな。だが違う。全部僕が望んで選んだ道だ。それを勘違いするなよ」



「志の高い軍人というのは、どいつもこいつも自殺願望があるものだな。私には狂人にしか見えない」



 そう語った執刀医はブルーリーパーの階級章を着けていなかった。彼は軍人ではなく、民間からプルートー基地に配属された執刀医であることが分かる。

 それを確認した翠は激昂するわけでもなく、単調に言葉を返した。



「民間人がこの倫理観を理解するべきではない。軍人にだけ罷り通る倫理なのだ。執刀医、貴方の考えは正しいよ。しかし、軍隊という世界は常人の価値観で生きていける世界ではないんだ」



 執刀医はその言葉を最後まで聞いて、返答する。



「未成年の君からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。やはり軍隊は恐ろしいものだ。私には一生理解できない」




「貴方に説教されるために目を覚ましたわけじゃないんだ。何か報告があるんだろう」



「今が何時なのか分かって聞いてるのか?もう23時だ。詳しい報告は明日に引き伸ばされた。ここで待ちたいなら待てばいい。アンセム少佐は明日の9時までに顔を出せと仰っていた」



「焦げた服のままいろと?」



「嫌なら自宅にでも帰るんだな。私服勤務が許されてるんだろう?」



「ならばそうさせてもらおう。僕の拳銃とナイフは何処にある」



「棚を調べろ。それでは私は先に失礼するよ」



 執刀医はそそくさと病室を出ていった。翠はそれに構わず棚に置かれた拳銃の状態を確認した後にレッグホルスターに突っ込む。下半身は戦闘装着したままだ。殆どのポーチが外されていたが、 拳銃嚢とナイフの鞘は残されていた。

 次にナイフの刃こぼれを気にかけながら鞘に差し込んだ。翠は身体の節々に走る鈍痛を堪えながら病室を後にした。

 やがて駐車場に到着。翠は装甲バイクを探す。自分の認識番号がホログラムとして浮かんでいるためすぐに見付かった。ロックを解除してバイクに跨がる。

 予備のヘルメットを被り、運転に細心の注意を払うことを自分の運転技術に約束させてエンジンを回した。


 真夜中ということもあり車の通りは少ない。法廷速度よりも少し遅めに走らせて、無事に新谷宅に到着。合鍵で玄関を開け、戦闘靴のジッパーを下ろして家に入っていく。

 誰もいない空間。電気も、テレビもついていない真っ暗なリビング。まるで靄に包まれていたかのように、翠は忘れかけていた記憶を思い出した。


 今日の襲撃事件で、巻き込まれていたんだ。


 最近はいつも夜中に帰ってきている。梅も綾美も眠りについていることが殆どだったため、この光景はいつも通りなのだ。しかし、翠には異常に静寂した空間に感じた。

 人の気配が自分だけ。それだけで孤独感がいつにも増して心を蝕んで来るような気がした。


 壁掛け時計の微かな駆動音が翠の鼓膜を刺激する。呆然としているわけにはいかない。早く汚れた身体を洗い流して、明日の勤務に着ていくバリアドレスを探さなければならない。



 翌日、午前8時31分。11月末。高那翠は新しく支給された新型バリアドレスを着用してプルートー基地に出勤した。

 A-TACS LE CAMO迷彩が目立つ。遠目から見れば黒にしか見えないが、間近でみると淡い紺色にも見える。ステンレスの義手が袖から覗く。まるで死神のローブから骨の手が伸びているようだった。


 片目が見えない状態での運転は危険だ。殆ど自動操縦でプルートー基地までやってきた翠。衛兵に身分証明をした後、内部へ。

 冷えた右手を握り締めながらアンセムの待つ事務室へ足を進ませる。気乗りしない。道中にすれ違う下士官にラフな敬礼を受けながら早足で廊下を歩く。

 どこか朧気に視界が定まらない中、事務室前に到着。新兵の頃に叩き込まれた入室手順を完璧にこなしながらアンセムが座る机の前へ。2人の視線が複合する。



「ついてこい」アンセムは立ち上がる。「こっちだ」



 翠は下手に答えることなく彼の後を追う。事務室を退室し、無言の空間が続く。ずっと追いかけていると医務室のロビーに到着した。質素なパイプ椅子にアンセムが着席する。



「適当に腰かけなさい」



「いいえ、私はここで」



 翠は反対して立ち続ける。



「ならばそうしていろ。君に話すことは少ない、痺れることはないだろう」



 アンセムは事務室から持ってきたボードを目で流すように確認すると、翠に一枚のプリントを手渡す。



「これは?」



「君の除隊希望届だ」



 翠はその言葉を聞いたあとにプリントを確認した。そこには明確に除隊案内が説明された英文が並んでいた。



「少佐殿」



「分かっている。何故、こんなものを渡されるんだ?と言いたいのだろう」



「それもありますが、どうしてこのタイミングにこれを?」



「前に話したかどうか覚えていないが、君は未成年だ。6ヶ月の従軍を終えれば自由に除隊を申請できる。従軍経験を活かして新しい職に就くか、自分の才能を開花させるかは個人の判断に任せよう」



「何が言いたいのか理解できません。除隊処分となるような処罰なら甘んじて受けますが、私の記憶が正しいのならば、そのような行為は一切及んでおりません」



「ああ、そうだな」



 アンセムは軽く俯く。



「君は、もう戦わなくても良い。いつでも戦場から逃れ、自由な日常に戻ることが許されている身だ。それを伝えたかった」



「そうですか」



 翠は動揺せずに応答する。



「高那翠。君は間違いなく優秀な隊員だ。ここ数年でも珍しい勢いで戦績を伸ばしている。このまま従軍を続ければトン・モーザを越えることだって夢ではない」



「だが、今、君の身体はどうなっている?」



 アンセムは翠へ。



「身体?」



「そうだ。この質問には考えて答えてくれ」



 そう釘を指すアンセム。翠は自分の身を確認するが、特に疑問が出てこない。



「どう答えるべきか全く分からない、という顔だな」



「何が、駄目なのですか」



「左腕を欠損したのち、左目も失明。ずっと戦ってきた仲間は戦死。家族も死去、そして養子先の家族さえも失いかけた」



 アンセムは言葉を続ける。



「君は、これ以上何を失える?」



 彼の眼を見れば、翠を試すような挑発ではないことが分かる。だが、それでも翠の覚悟は変わらない。一度握りしめた拳を解くことは出来ない。



「私は戦います。この命が戦死するまで、世界の為、母国の為、人類を守る戦士となることを誓います」



「宣誓の言葉を返せとは言っていないぞ、翠少尉」



「これが私の覚悟です」



「本気で言っているのか?」



 アンセムは翠を睨んだ。



「真実であります。少佐殿」



「私は君を洗脳した覚えは無いのだがね」



 アンセムは冗談を放つが、表情は硬直したままである。



「ならばこれ以上語ることはありますまいか」



 と、答えた翠にアンセムは溜め息。決して侮辱や蔑視をしているわけでないと翠は雰囲気を感じとる。



「そうだな、もうこの話は終わりにしよう。次は君の養子縁組の容態についてだが、直接見に行った方が早いだろう」



 そう言ってアンセムは立ち上がるが、翠は彼の言った言葉に対して反論を返す。



「いいえ、その必要はありません」



「冷徹を気取るつもりならばやめておけ。そういう一時の感情で決めるべき行動ではない」



「先程も語ったでしょう。これは私の覚悟なのです。少佐殿」



「……ならば好きにしろ。君に後悔を説くような真似はしない。だが判断を見誤るなよ。自ら与えるプレッシャーはいずれ毒となる。その毒に気付いた頃には、既に全身を駆け巡り、二度と治療できない身体になってしまうだろう。それだけは忘れないように」



「肝に命じます。アンセム少佐」



 別れの敬礼。翠は先に医務室ロビーを抜けて、基地本部の中央ロビーに足を進ませる。最後にアンセムが放った言葉を何度も反復し、咀嚼しながら廊下を歩く。


 自分は、見誤ったりなどしない。常に戦士として正しい判断を選択してきたつもりだ。何も間違ってなどいない。間違っている筈が無い。翠はそう自分に言い聞かせ、説得させるように何度も言葉を心の中で繰り返してしまう。


 もう二度と過去に戻ることは出来ない。悔いることすら出来ない。ただ前に進むしか、翠には道が残されていなかった。仮に、他の道が残されていたとしても、翠はそれを選ぶことはないだろう。


 戦い、生き続けることが贖罪なのだから。

 光は常に満ち足りている。どんな暗い道であっても必ず足元を照らすことが出来よう。

 それが何を燃料にして燃やされた光なのかは、知るよしもなく。

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