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碧の死神 "Beyond heat haze"  作者: dispense
確かな記憶
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眼球

 燃える炎。甦る記憶、過去は消えていく。

 午後6時37分。FOGと協力関係であり、東京都に本社を置く新聞社"読都新聞"にてファントムが発生。

 近年のファントム問題に対応し事前に装甲機動隊による警備体制が敷かれていたが、ブルーリーパーの対策部隊が到着した頃には陥落寸前であった。民間人の安全確保と誘導に注力したのだが、機動隊は"対策マニュアルに存在しないファントム"に苦戦し、幾多の犠牲を強いられてしまう事態となった。


 アンセム少佐はFOGビルの反省を踏まえ、4名のハーベスターを基軸とし、多数のアンドロイドを投入した突撃銃機械化部隊を編成。第一対策部隊として真っ先に読都新聞本社へ突入した後、第二対策部隊として歩兵による短機関銃部隊を出撃させた。


 その頃、高那 翠は待機室にて戦闘装着を済まして時間が過ぎるのを待っていた。翠は非番も当然であった。第三対策部隊、完全殲滅部隊として編成されたが、要はファントム駆逐後の最終確認として投入される残党狩り部隊にぶちこまれたのだ。

 ハーベスターは自分一人のみ。数人の歩兵を指揮する隊長として出撃する。



 今回は前線を他の奴に取られてしまった。そう考えてしまう自分が非常に憎たらしくて気持ちが悪くて、そして嫌いになりそうだった。

 翠はテーブルに足を乗せて腕を組む。いつもと変わらない、アラームが鳴ったら駆け足でヘリに向かうだけだ。気さくな下級の軍曹達と一緒に。今の翠が喪う物は自分の命だけだった。家族も、命をとして守りたい人なんていない。どうせみんな死んでしまうのだ。自分が守りたいと思えば思うほど、一番死んでほしくない大切な人が死んでしまう。

 ただ、人類を守る誉れ高い戦士として命を散らせるならいつ死んだって悪くない。まったくいい気味だな。もうそれだけでいい。翠はそう思いながらただ俯く。



「ヘイ、翠」



 気が薄くなっていた頃、声を掛けられて目が覚める。



「やぁアルベン」と翠が返す。「その装備だと顔がわからんな」



「まったく退屈だな。みんなはFOGビルの再来だとか騒いでいるが、どうせすぐに鎮圧されるだろう」



 アルベンは足を雑に組みながらそういった。



「怠慢か?僕の階級を見ろ、目の前に上官がいるんだぜ」



「勘弁してくれ。やっと幹部試験が受かったんだ。これで懲戒なんてされたら首を吊らなきゃならん」



「聞き逃してやるよ。あんたの言いたいことはわかる」



 やがて20分ほどが経過しただろうか。緊張感の失われた待機室のドアが勢いよく開く。

 制服姿の将校が焦りながら入室。忙しない雰囲気を漂わせながら皆の前で停止。



「報告。第一、第二対策部隊が戦闘行動継続不可能」



 強ばった顔で放たれた第一声。彼女の報告に夢から覚めたかのように隊員達は立ち上がる。



「大至急出撃せよ。ブリーフィングを聞いてる暇はない、現地にて無線による伝達を行う。以上」



 凍り付いた空気が割れた。翠達は大急ぎでヘリポートへ。廊下を大勢の隊員達が踏み鳴らしている。この雰囲気は尋常ではない。

 基地から飛び出して待機しているステルス輸送ヘリに次々と部隊が乗り込んでいく。遠くでは人型兵器のグレイ-Wまでもが出撃しているのが見えた。

 これは大事だ、本当にただごとではないぞ。翠は少しずつ焦りを覚えながら突撃銃を握る。ヘリが離陸を開始。不気味なほどに静かなローターの音がグレイ-Wの圧倒的なエンジン音によって掻き消される。


 ヘリに揺られ、翠は無線を聞きながら外を見渡す。読都新聞本社に近付くにつれて道路の様子が騒がしくなっているのが分かる。

 完全殲滅部隊を再突入部隊に訂正。緊急出撃したグレイ-Wを護衛として読都新聞へ突入するという内容だった。

 敵勢力はビル周辺を1匹のタイプeが巡回、ビル内部で確認されているものはタイプaとタイプc。そして未確認のファントムである。かつて株式会社土山本社に出現したタイプcだが、今回のように他のタイプと共に出現する前例は無く、既に母体が活発化しているとの報告が上がっている。加えて未確認のファントムについては、おそらくゲインであるだろうと推測されている状況だ。

 よってこの作戦における最終目標は取り残された民間人の救出のみであり、ビルは放棄することになる。事後処理については空中機動力を保有するグレイ-Wによる焼却処理にてビルごとファントムを焼き払う予定だ。

 故に救出漏れが起きてはならない。もしも一人でも残して焼却処理を行えばブルーリーパーは民間人を見放して自ら焼き殺すことになってしまうのだ。

 それだけは回避しなければならない。


 翠は無線による指揮の元、ヘルメットに送信されたチェックリストをホログラムで表示させながら部下に詳細を説明していく。そうしている内に読都新聞本社が見えてきた。確かにタイプeがまるで蜂の巣でフラつく雀蜂のようにビルの周りを飛んでいる。こちらの護衛機であるグレイ-WがA/Bで急速接近したのを確認すると、タイプeは慌てたような様子でビルから離れていった。当然、それを追う。

 その瞬間にヘリがビル側面に接近、装甲機動隊が踏み込めなかった12階から突入を試みる。

 現在チェックリストに残っている民間人は13名のみ。社員の殆どは定時退社で本社から逃れていたのが幸いだった。非武装の警備スタッフは自力で脱出し、装甲機動隊と合流したのち無事に保護されている。残るは少人数。冷静に作戦を進めれば失敗はしない。

 最終確認で再びチェックリストに流すように目を通す翠。端末をスライドさせながら、ふと指が止まる。

 見覚えのある名前と顔が、二人。翠の精神が揺らぎそうになる。忘れる筈がない名前が、まだ鮮明に記憶に残った顔がそこに映し出されていた。


 新谷 綾美と、新谷 梅。

 

 気が飛びそうになる。義手は手の震えを正確に反映して振動する。時間が硬直した。



「ハッチを開く。ジップラインを架けろ!」



 ヘリパイロットが報告。その声で意識が現実に戻る翠。

 翠にとって既に喪うものは喪い切っていた。家族も、仲間も、自分の片腕すらも。今更知人が亡くなったところで何だというのだ。そもそも作戦を成功させれば死ぬことはない。13人全員を確実に救出するだけの話なのだ。


 そこに私情なんて生温い感情は存在しない。



「ジップライン射出」



 翠は、FOGビルの頃と同じようにワイヤーをビルへ架ける。カラビナを引っ掛けて、迷うことなく突入する。

 ガラスを突き破ってビル内部へ侵入。着地した瞬時に銃を構えて周辺を確認。複数のタイプaがこちらを見つめていた。

 後ろから続いてくる部下の邪魔にならないように位置をズラしながらこちらの突入を待ち構えていたタイプaに発砲開始。1匹ずつ正確に撃ち殺していく翠。他の隊員がカバーに移る頃には殲滅を完了させていた。

 最後の隊員が侵入したと同時に進軍を開始。ひたすらチェックリストを照らし合わせて数を掌握しながら作戦を遂行するのみだ。


 人間の体温を発見するように調整した熱源探知装置を装着した翠を先頭に再突入部隊は着々と作戦を進めていく

 携帯担架に民間人を乗せ、翠を含め3名の戦闘要員の援護を受けながら回収用のヘリに乗せていく。ワイヤーに吊るされるような形でホバリングしたヘリに担架を送る。

 間違いなく順調に作戦は進んでいた。チェックリストも確実に掌握している。


 やがて新谷親子がリストに残った。翠は探知装置に示された位置へ正確に到着し、救出を実行していたのだが、この2人だけが中々見付からない。弾数に余裕があるわけではない。時間も余裕がない。タイプcがビルから溢れ出るまでには撤退しなければならない。でなければ、自分等も焼き殺されてしまう。少しずつ焦りを感じながらひたすら階層をチェックしていく翠。しかし、探知装置に反応は無い。



「どうなっている、隊長。いつまで階段を上るのですか」



 背後にいる小銃手が翠へ疑問。



「最後の2人が見付からない。」と翠。「あと3階で最上階だ。」



「機動隊の報告は正確です。リアルタイムカメラでも確認が取れている。救出漏れなんてあり得ない」



「しかし」



 翠の言葉が詰まりそうになった刹那、後方にいた担架要員であるアルベンが叫ぶ。



「おい、あそこに人の手がある。細いぞ、子供の手か?」



 アルベンが思わず単独で近付こうとするのを制止し、必ず翠を先頭にアルベンが指した方向へ前進を開始した。

 確かに手が落ちていた。手の向きからしておそらく左腕だろう。切断面から血が痕を残しており、持ち主までの道標となっているようだ。部隊は警戒心を緩めないように血痕を辿る。



「まだ続いてる。これじゃあ出血死するぞ」



 後ろの隊員がそう呟く。やがて血痕は瓦礫に塞がれて途絶えてしまった。

 しかしよく見ると瓦礫の向こうまで血が続いてるのが分かる。



「僕に任せろ。作業中は周囲警戒を頼む」



 翠は率先して瓦礫を持ち上げて道を拓き始めた。さして大きな瓦礫ではないが、人の手で簡単に動かせそうなものではない。ハーベスターの肉体を持った翠だからこそ可能なのだ。

 様々な形状に砕け散ったコンクリートを退かし、舞い上がる粉を払いながらなんとか血痕を視認。翠は他の隊員へそれを報告。

 


「やはり向こうに繋がってる。前進開始。」



 何とか人間一人が通れる隙間を作ってそこを潜り抜ける部隊。瓦礫の先は曲がり角になっており、その向こうまで血痕が繋がっていた。

 確実なクリアリングで通路を掌握したその時、翠は左腕の持ち主をついに発見した。


 白いドレスが赤く染まっている。美しい長髪は乱れ、乾いた血は凝固。

 新谷 綾美。ヘルメットバイザーに映し出された情報には彼女が確かに映っているが、熱源探知装置に反応していない。感知温度は35度から37度に設定している。つまり、それより体温が低いということになる。

 翠は綾美へ近付いていく。感情で揺れる心は日常に置いてきた。今の翠は、戦士だ。


 左腕が肘の先から切断されている。抉られながら切り離されたような切断面。まるでチェーンソーで斬られたような状態だ。ゆっくりと顔を覗きこむ。唇が青い。



「……生きている」



 翠は呟くように。



「今なんと?」部下達が反応。「しかし、この出血量は」



「いや、生きている。息がある。間違いない」



 翠は次第に声が大きくなっていく。



「止血すれば間に合う」



 立ち上がって担架要員に命令を実行しようとした瞬間、か弱い力で腕を引っ張られた。

 綾美は最後の命を振り絞るかのように、震えた指先が機械の腕に絡む。その引き寄せられた力に従うように、翠は綾美の元へ身体を接近。

 そして、僅かに聞こえる彼女の声。



「ママが、炎に……連れていかれた」



 翠は彼女が発した1つの単語を聞いて、己の記憶が甦る。


 炎。きっとその炎は。翠の全てを燃やし尽くした赤い炎。過去を焼かれ、守るべき者を焼かれ、仲間を焼かれ。何もかもが燃やされて消えていった。


 翠は相槌を返す。それを見た綾美は安らぐように目を閉じて、力が抜ける。



「死んでしまったのか」



 アルベンが思わず口に出す。



「担架要員は彼女に応急手当を施したのち、戦闘要員の援護のもと、回収ヘリに向かえ。回収した後、そのまま待機していろ」



 翠は部隊に命令を開始。



「僕が最後の1人を見付ける」



「何故単独行動を?」



 近付いてきた担架班が翠へ疑問を投げる。



「彼女は人を連れ去った炎を見たと確かに囁いた。意思を持った生きる炎。ここまで言えば検討はつくだろう」



「FOGビルの怪奇爆発と同じことが起こるとおっしゃるのですか」



「部隊を死なせるわけにはいかんのだ。故にハーベスターであるこの僕が、僕ならばやり遂げる事が出来る。必ず最後の1人を見付け出し、救出する」



「……了解。これより臨時的にアルベン上級軍曹の指揮下にて、回収ヘリに向かう。上級軍曹、先導を」



 アルベンは迷うことなく隊の指揮権を受諾してそのまま部隊を先導し始めた。こうして会話している内に綾美の手当ては完了しており、あとは担架に乗せるだけだった。



「それでは」



 翠は走り出した。同時に、やっと熱源探知装置が機能し始めた。最上階のフロアに熱源反応が1つ。新谷 梅はきっとそこにいる。

 階段を駆け上がり、装置が示す熱源に辿り着いた翠。壁の向こうだ。そこまで分厚そうには見えない。翠は思いきって目の前の壁を体当たりで破壊した。

 舞い上がる粉を払い除けて、バイザーに映し出された情報。翠はその光景の理解に一瞬の遅延が発生する。

 まるで儀式が行われているような場所。近頃確認されるようになったファントム出現後の光る文字が至るところに浮かび上がっており、散乱した部屋の中央には未確認ファントムの"ゲイン"が両手を挙げて祈るような動きをしていた。そして、奴の目の前には炎が陰るように燃えていたのだ。あまりにも異常すぎる光景に銃を握る手が緩みそうになる。


 疎む翠を置き去りにゲインはチェーンソーの回転を開始。大きく上半身を沿ってそのまま振り下ろそうとした。

 翠は全力疾走してゲインを羽交い締めにする。ナイフを首元に突き刺し、そのまま首を切断しながら部屋の隅に投げ飛ばす。大量の血を撒き散らしながら吹き飛んでいく巨体。


 翠は足元には新谷 梅が眠っていた。ゆっくりと、安らかな呼吸であることを視認。そして翠は顔を上げて視線を正面へ。


 陰っていた炎の光が強くなっていく。次第にシルエットが形成され始め、ついには1つの目玉のような姿へ変貌。間違いない。この炎は……。


 翠の全てを奪い、燃やし尽くした炎だ。


 炎の目玉は大きくなっていき、やがて瞳孔の部位が口のように開いて翠を飲み込もうとする。

 翠は梅を抱えてその場から撤退を開始。先程破壊した壁を潜って、梅をファイヤーマン方式に担ぎ直す。

 背後から迫ってくる熱気。それを微かに感じながら走り続ける。



「最後の民間人を発見。回収地点に向かう」



 それでも翠は冷静にヘリパイロットに通信。切れそうになる息を我慢しながら、ひたすら足を走らせる。

 回収ヘリは下の階でホバリング中だ。

 道中、何故かファントムに遭遇することはなかった。翠は疑問と違和感を感じながらついに回収地点に到着。



「少尉。担架を」



 既にジップラインでこちらに送られている担架に梅を括りつけて、完全に固定されたことを確認したらヘリ側から担架を回収する。機内に身柄が確保されたのを視認。その間に射出されたジップラインの解除を進める。



「上を見ろ!」



 作業中、隊員が全力で翠に向かって叫ぶ。反射的に翠は上を向く。

 巨大な瓦礫が降ってきていた。これに巻き込まれたらハーベスターといえど即死する。走ってヘリに乗り込むほどの猶予はない。よって翠の判断は明快だった。

 ワイヤーを超能力エネルギーを付着したナイフで強引に切断。そして間一髪のところでヘリとは反対の方向へ身を投げ出した。ガラス張りの景色が瓦礫で埋まる。

 翠は立ち上がりながら、熱気を感じる方向へ身体を向けた。


 真っ赤な炎。まるで蛙を睨み付けた蛇のように蛇行した残り火が引く。ゆっくりと翠に近付いていき、目を見開いた。

 翠と対峙した炎は、目玉のシルエットを崩して悶えるように震え始める。やがて、一瞬だけ硬直した後、漆黒の破片を全身から射出した。

 無数の破片が翠に襲い掛かる。まるで狙いを定めた誘導弾のように迷いなく進んでいく。


 それでも翠は焦ることはなかった。左腕を正面に突き出し、右手でそれを支える。何も考えることなく、自然と体がそう動きたのだ。そして、握り締めた拳を開き……


 すべての破片を跳ね返した。


 そうだ、今の翠が使っている力は紛れもない特殊能力。亡きモーザが使っていた力だ。

 まるで衝撃波のようにエネルギーが翠から放出され、破片が炎に送り返される。次々と突き刺さっていく破片に苦しむかのように炎はシルエットが崩壊し始めた。

 やがて全ての破片を跳ね返し、翠は左腕を下ろす。完全に形が崩れた炎が再び目玉の形に収束していく。そのまま小さくなって、光が弱くなった瞬間。


 爆発した。


 爆風で吹き飛ばされ、瓦礫もろともビルから落下する。翠は炎と煙に包まれながら、力無く地面へ落ちていった。

「携帯担架」

・折り畳み式の人員救出用担架。椅子型に展開したのち、背負うように運搬する。

 エグゾスーツ等のパワードスーツを着用した状態での運用を想定されており、最大荷重は230kg

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