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閃光

心、揺らいで。

 静まり返る教室。硬直する二人。冬の訪れを知らせる冷たい風が素肌を障る。針で刺されたような感覚。冷えていく皮膚。

 綾美は立ち上がったまま、翠を見詰めている。透き通った琥珀色の瞳が彼を睨み付ける。まるで剣を突き刺されたかのように翠は表情を変えた。そうだ、翠は彼女のこの目が、瞳が怖かったのだ。空恐ろしいほどに透き通り、美しく、綺麗な瞳孔。



「僕に何を思い出せっていうんだ」



 翠は声が震えそうになるのを必死に堪えながら彼女の問い掛けに答える。



「高校生になって君と出会った時、君は何も覚えていなかった。私の顔も、名前すらも」



 彼女は続ける。



「別に特別仲良しだった訳じゃない。でも、君とは仲が悪くない方だと思ってた。なのに完全に忘れきってしまってる。それがショックだった」



「一人で勝手にショックを受けてるだけじゃないのか。僕にはそう受け取れる」



「そうかもしれない。でも、そんな簡単な言葉で終わらせて欲しくないって言うのは、我が儘になるかな?」



「さぁ、僕が決めることじゃない。もういいだろう。朝からこんな辛気くさい話は嫌だ。やめてくれ」



「……そう。じゃあ話を変えよう。私、今日は早退するんだ」



「君の話には興味ない。もう話しかけないでくれよ」



 翠は彼女の瞳に視線を合わせ、覚悟と同時に決意する。拳を握り締めて、はっきりと言葉を口に出した。



「僕は君のことが嫌いだ」



 秋の風が、冷たい。



 やがて時間が過ぎて授業が始まった。大きく入れ替わった教師の自己紹介から開始される授業はこれといって新鮮味を感じることはない。ただ翠にとっては早くプルートー基地で射撃練習をしたい。カーベックの成績を追い抜きたいという気持ちで一杯だった。

 午前の授業も終了し、綾美は予定通り早退したようだ。理由は親の仕事が関係していると教師が説明してくれたが、翠にとっては心底どうでもよい事である。

 その後、彼女と入れ替えになるように転校生のリリーネが教室に遅刻してくる。



「言った通りだろ、翠。まるでアニメからそのまま出てきたみたいだ」



 後ろにいた優斗が翠に耳打ちする。



「彼女がいるのに、他の人間に色目を使って良いのかい」



「そういうな。ただそう思っただけさ」



 彼の言い訳を聞き流す翠。リリーネの周りにはすぐに女子生徒の包囲網が出来上がる。


 翠は想う。ついこの前まではアイドルであった咲華が人気の的だった。なのに、今はリリーネがその対象であった。別にそれに対して嫌悪しているわけではないが、翠にとっては何処か喉につまる感情がある。


 咲華。どうして、自分は彼女を突き放してしまったのだろう。もしかすると自分がしっかりと彼女を見てあげれば、自殺という道は防げたかもしれない。しかし、この考えはあまりにも自信過剰であると冷静に判断した翠は、何も考えないようにした。

 それがいいだろう。所詮、死んでしまった者は帰ってこない。話すことも、見ることも出来ないのだ。この世からはいないのだから。


 百合音の声を微かに、まるで朧気な白昼夢のように思い出す。ずっと翠を愛してくれていたあの声が、耳から消えようとしている。あの声があるから翠は戦い続けてきた。それが、消えていく。


 消えていく。



「大丈夫かよ?」



 優斗の声で起こされる。



「あぁ。」と、翠。「少しだけ、眠たくなっただけさ」



 もう、夏は過ぎた。



 放課後、翠は迷いなくプルートー基地へ向かって装甲バイクを走らせる。いつもとおり衛兵にラフな挨拶を交わして射的場へ向かうつもりだった翠だが、どうも基地の様子が慌ただしい。そうしていると、衛兵が翠の元に駆け付けてくる。



「タイミングが良かった。出撃命令が下されています」



 歩兵達に急かされ、翠は彼等と共にブリーフィングルームへ向かった。青い照明が怪しく光る部屋に雪崩れ込むように入室。

 アンセム少佐が既にそこにいた。



「席へ。話が長くなる」



「いつも長いでしょう、少佐殿」



「悪いが冗談を言い合えるほどの余裕はない。FOGビルの再来になるぞ」



 アンセム少佐のその言葉を聞いて翠は硬直。まだ学生の気分が抜けきれてない表情が一気に変貌し、戦士の顔へ。


 戦いが始まる。

微かな記憶は、やがて過ぎていく。

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