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整脈

 風が吹く。瞳が乾く。

 秋。10月になって一週間。雨雲が多い空が続いていた。冷え込む風が吹くときもあれば、未だに肌を焼くような熱線が降り注ぐ時もある。

 閉鎖されていた学校はついに解禁となり、正式に登校が開始された。しかし、生徒数は大きく減っている。未だに心的ショックで回復出来ていない生徒が多数。責任問題によって教師の入れ替えも強制的に行われている。

 校門にはブルーリーパーの一般歩兵が衛兵として二名。まるで将校学校のような佇まいだ。


 翠は相変わらずバリアドレスで登校し、衛兵達から敬礼を受ける。彼等にとって翠はただの高校生ではない。対策作戦において戦力の中核を形成する戦闘員。そして、実質的な部隊長である。ケルディー・カーベック少尉。トン・モーザ中尉が亡くなった今、隊員が補充されるまではモーザ隊は翠だけなのだ。


 ラフな敬礼で翠は返礼。衛兵は額まで振り上げた右手を小銃の握把に戻す。

 翠は敬礼するのをやめろと言いたかった。しかし、それを拒否すると少尉の威厳が損なわれてしまう。ならば気にかけないようにすれば良いだけである。


 校門を抜けて生徒玄関へ足を進める翠。早朝だ、他には誰もいない。空いた階段に足をのせたその時だった。



「敬礼。隊長殿って感じ?」



 後ろから声。その音は翠に向かって放たれているのが分かる。

 翠は振り向く。



「おはよう」



 岡崎 優斗がそこにいた。不良らしい厳つい服装と染め上げた髪。最後に見たときから変わらない姿が確かにあった。



「不良が朝一番から登校か」



 翠は茶化すように言葉を返す。



「部活に入ったからな」



「やらないんじゃなかったのか」



「彼女に誘われたんだ。それと、やらないと肥っちまう」



 優斗はそう言って笑う。



「部活か」と、翠。「どこに入った?」



「バスケだよ。ガキの頃にやってたから都合がいいね。それにしてもここの男共はボール運びが下手だな。そこらへんにいる中学生の方が上手いんじゃないかってくらいにだ」



「バスケね。僕も訓練生の頃にやってた」



 二人は修復された生徒玄関を抜け、優斗はそのまま体育館へ。翠は教室へ向かう。

 何週間か前にここで戦闘が行われたとは思えなかった。翠が見た光景は、廊下は撃ち殺したファントムの血でまみれて、至るところが破壊されいた。だが今は完全に修復されて何事も無かったかのような雰囲気を出している。むしろ前より綺麗になったくらいだ。


 翠は複雑な気持ちだった。本来ならば自分はこの学校を救ったのだと。しかし、そんな英雄的な気持ちは出てこない。偏向された報道連中は自分を讃えるどころか批判していた。何故学校に待機していなかったのかと。


 何十年も前、とある政党が政権を握り、無条件移民受け入れを許可したことを皮切りに日本は紛争地帯へ変貌した。かつて傭兵時代と言われた時代が過去にあった事実。条約が締結されてから日本は再び元の政権へ戻り移民の返還と受け入れの拒否を実行することが出来たが、一度付けられた爪痕は深い。

 戦後の反戦教育のように軍事に関する事柄は悪と認識させる社会が、今でも僅かに残っている。故に反ブルーリーパー団体なんていう異常者の集団が生まれてしまうのだ。


 そういった負の感情を喉奥に溜めながら、翠は教室に入る。修復された自動ドアが開く。

 目眩がしそうな程に眩しい太陽光に照らされた人影。そう長くない髪が開けた窓から入り込む微風に揺れている。


 新谷綾美がそこにいた。翠が入ってきたことに気付いて、ゆっくりと視線を合わせた。



「さしぶり」



 先に言葉を放ったのは綾美。



「見てたよ、あのとき。君が血だらけになって学校から出てくるのを」



 そのまま言葉を続ける彼女。



「……怖かった」



 そう言えると軽く目を伏せた。どこか朧気で不安な感情を籠らせた言葉だったが、翠にそんな感情は届かない。



「だから何なんだ。君は助かった。僕も生きている。何が怖いんだよ。あの事件は負傷者こそいるが、死亡者はいない。幸運じゃないか」



 翠はそう言い返した。翠は戦士だ。そして軍人である。価値観も、倫理観も、思考も普通の人間とは違う。

 彼のその言葉に、綾美は自分の感情が届いていないことを察した。そして綾美は返す。



「いつも簡単に言い切るね」



「君は何が言いたい。僕が殺人鬼のように見えたって言いたいのか?」



「そんなこと言ってないでしょう。頭を冷やして話をしてほしい。私がいつそんなことを?」



「そう受け取れる言葉じゃないか」



「だから、君のそういう所が怖いって言ってる」



 綾美のその言葉に悩む翠。



「戦って死ぬことを何とも思っていない。ごく自然体で自己犠牲を厭わないで生きてるその姿が、私は怖い」



「何をいってる?」



「君は……いつも軍人だから、戦士だからって言葉で片付けるよね。でも、何も知らない"普通の人間"から見たら君は異常なんだよ。平和な日常を否定して、愛をはね除けて、戦うことをだけを望んでいる。私にはそう見えるんだ」



 綾美ははっきりとした口調で翠に告げた。声を荒げることなく、ただ単調に。

 翠はその言葉を理解するのに時間を有した。すぐに答えを出せなかった彼を見かねた綾美は椅子から立ち上がる。



「転校する前の記憶。君がまだブルーリーパーに入る前の記憶。思い出してほしい」



 微風が吹いた。

 戦い、生きる。引き金はそこにある。

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