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絡む糸

 軍人と何も知らぬ一般人。互いにまみえることのない世界で生きる別の生き物。

 正門の扉を蹴り破って、その先にいるタイプAに発砲。エネルギーが付着した特殊口径弾が標的の体内で暴れ、組織を破壊する。

 6発の射撃で仕留め、そのまま下駄箱置き場を抜けて廊下に出る。

 翠は第3世代ヘルメットの簡易熱源探知装置を起動させ、半径30mの熱反応情報を確認しようとした。

 しかし、コンクリートで空間を塞がれている室内ではレーダーが遮られてしまいまともに機能しない。実際の有効半径は数mに縮まってしまう。ヘルメットに内蔵されたものは特殊ドップラー機能が搭載されていないため、オプションとして装着できる大型装置よりも遥かに性能が劣っている。翠は苛立ちを噛み殺しながら、PDWを構えて走り出す。


 廊下を抜ける前に周囲の安全を確保し、翠は部隊連絡用通信端末を起動させて救難要請をプルートー基地に発信する。もとよりあの教師のことは信用していない。自ら連絡をいれるのが確実だ。

 コードを入力し、GPS位置情報を基地へ送信すると、すぐに緊急出撃の準備が行われる。しかし、対策部隊が到着するまで10分は掛かるだろう。それまで自分一人で持ちこたえなこればならない。

 端末をポケットに戻し、再び走り出した。




 その頃、2階の学習室前。机の下に隠れている一人の少女。彼女は逃げ遅れた生徒だ。正確には、今日から生徒になった新入生。 

 数分前、彼女は教師の誘導に従って他の生徒達と避難する筈だったが、廊下に現れたファントムに混乱した教師が生徒の誘導を誤り、結果的に散らばるように逃げることになってしまったのだ。彼女は何とかその場から逃げることができたが、他の生徒は分からない。顔はおろか名前すらも覚えていない他の同級生を、心配する余裕もない。

 そして今、ついに銃声が鳴り始めた。きっと警察か軍隊が駆けつけてくれたんだろう。そう信じて彼女は立て籠っていた学習室を飛び出したのだ。


 だが、廊下に出てきた彼女を待っていたのは頭にチェーンソーを生やした怪物だった。

 皮を剥がしたようなグロテスクな表面。そして筋骨隆々の人型。紛れもない、翠が夏祭りの警備任務の際に遭遇した未確認ファントム。ゲインだ。

 しかも肉体が発達したのか、身体のバランスが均等になっている。


 ゆっくりと歩み寄ってくるゲイン。少女は冷静に、焦らないように深呼吸するも心臓の鼓動は爆発しそうなほどに高まっていく。素早く首を回して背後を確認すると、1階へ降りる階数が見えた。

 運が良ければ逃げ切れるかもしれない。ただそれだけ。当たり前だが、正面切っての勝負では彼女に勝ち目はない。足を擦りながら少しずつ後退する少女。唾を飲み込む暇もない。ゲインが片足を上げて、一番動きが遅くなる瞬間、彼女は全力で走り出した。


 駆けるその身体は壁に叩き付けられる。刹那の出来事に少女は理解が遅れる。そうか、自分は逃げ切れなかったのか。

 あと少しで階数に辿り着けたのに、ゲインの巨大な腕に体を拘束されて、壁に押し付けられている。必死にもがいて何度も腕を殴るが、微動だにしない。

 このままでは殺されてしまう。死んでしまう。声にならない声を吐き出しながら全力で抵抗するが、それでも腕力が緩まる気配はない。


 ついにチェーンソーが動き出した。甲高い音を響かせながら、顔面へ回転する刃を見せ付けてくる。まるで人が恐怖しているのを楽しんでいるかのような仕草。そのままゆっくりと刃は近付いてくる。

 だが、貫いたのは顔面ではない。左腕に走る激痛に少女は絶叫。喉を切り、血の味が滲む声が廊下に轟く。

 ゲインは彼女の左腕を切断したのだ。肘から下を見事に切り離し、その腕を掴んで眺めている。やがて、切り離した左腕を握り潰す。

 骨と肉が砕け散る音。足元には肉片が零れ落ちて血溜まりを作る。

 少女の感情は腕を切断された痛みよりも、目の前の猟奇的な行動への嫌悪が勝っていた。

 あの怪物は殺人を楽しんでいる。そうとしか思えなかった。知能が、ある。

 ゲインは握り潰した少女の腕をまじまじと眺め、再びチェーンソーが顔面へ。

 次こそは殺される。間違いない。痛み、絶望、嫌悪、感情が頭の中で掻き回されて、思考が出来ない。


 少女は目を瞑ろうとしたその時、ゲインの身体が持ち上げられて投げ飛ばされた。彼女の目の前に立つ一人の戦士。鋭いV字のバイザーが輝いて、光る。


 高那翠だ。

 彼は投げ飛ばしたゲインが起き上がる前に、その体を足で踏み、PDWを発砲。チェーンソーを振り回されないように首の根本を全力で踏み潰す。チェーンソーの駆動音と特殊弾の銃声が重なりあって鼓膜を障る。



「大丈夫です。止血すれば間に合います」



 翠は冷静に、冷たい声で少女に告げる。腰に下げたメディックポーチから様々な応急医療道具を取り出して彼女の左腕を処置する。

 この場で骨を削って肉のカバーを被せることは出来ない。強力な局部麻酔を打ち込んでから二の腕を縛り上げ、抗生物質で形成された医療パッチで断面を塞ぐ。余った布をテープで固定して完成させた。

 処置を終え、道具をポーチに片付けているとき、翠は少女の微かな声を聞き取る。



「……後ろ」



 翠は瞬時に振り返って銃を構えようとした。だが、太い腕が一直線に翠の首を狙う。

 ゲインはまだ生きていたのだ。軽く持ち上げられてから翠は壁に叩き付けられた。

 宙を舞った体がコンクリートの壁に打ち付けられるが、翠はその程度で体が動かなくなるほど貧弱ではない。すぐに立ち上がって再び銃を向けた。


 金属を切断する轟音が廊下に鳴り響く。


 ゲインは自らのチェーンソーでPDWを両断したのだ。負い紐が外れて、その反動で翠の手から吹き飛ぶ。

 驚いている場合ではない。そのあとゲインは刃を横振りして翠の体を斬り付けようとする。間一髪で地面を転がって回避。立ち上がりながら腰のホルスターから拳銃を取り出そうとするが、ここで過去のことを思い出す。

 ゲインはそのチェーンソーで銃弾を弾く。もしもここで45ACPが跳弾し、少女に被弾してしまったらどうなってしまう?それこそ彼女にとどめを与えることになるだろう。ならば、残された選択肢は一つ。

 左腰に下げたナイフを抜いた。格闘戦でゲインを仕留める。翠はそう判断したのだ。


 刃渡りのあるナイフ。カーベックが残した遺物を握り締め、ゲインの攻撃を待っている。

 ゲインは右手を突き出しながら翠の方へ走り出した。おそらく、掴みあげてから刺し殺すつもりなのだろう。

 翠は焦らずにそれを待ち構え、掴もうとしてくる腕を受け流しならゲインの喉元に刃を突き立てた。丁度チェーンソーの根元に該当する部位に全力で刃を押し込んで、超能力エネルギーを送る。

 ゲインの足の力がゆっくりと抜けていくのがわかる。全体重が身体に掛かる前に翠は死体から離れて、少女の元へ。彼女は既に気を失っていた。翠はその軽い身体を抱えてファイヤーマン式で担ぐ。

 その時、ヘルメットの通信機に反応。



「こちらヘリパイロット。ブルーリーパー第4対策部隊、第2歩兵中隊と共に到着した」



「すぐに隊員を降下させろ。医療班もだ。逃げ遅れて腕を無くした子供がいる。応急措置では間に合わない」



 翠はそう答えて通信を切る。階段を駆け、そこから最も近い出口の生徒玄関へ向かう。

 外にはヘリから懸垂降下する歩兵隊が見え、先に飛び降りたハーベスターが翠に近付く。



「こちら第4対策部隊バルドマン隊のイシャク・トプチュ少尉である。状況は?」



「校内の生存者は彼女のみ。ファントムの全滅は確認が取れない。再突入してくれるか」



「了解。君はもう休んでくれ、後は任せろ」



 彼は歩兵隊と共に校内へ突入する。その後を追うようにやってきた医療班に少女を預け、翠はグラウンドの方へ向かう。

 まさかとは思っていたが、やはりか。グラウンドにかき集められた生徒達は未だに帰っていない。ブルーリーパーと共に到着した装甲機動隊の誘導によって、やっと保護されている。


 翠は異常すぎる危機感の欠落を感じ、その不気味さに嫌悪を感じる。

 ファントムが目の前に現れたのだ。人類の敵がそこにいるのだ。自分達は殺されてしまうかもしれないのに、どうして悠長に死を待っていられるのだ。翠には、自殺を願望しているようにしか見えなかった。


 背中が痛む。血は乾き、既に傷口は塞がっている筈なのに、身体が苦しんでいる。

翳り、濁ってその先へ。

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