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 人類を救う事は出来ても、誰かを救うことは出来ない。

 現在時刻12時13分。場所はプルートー基地。研究軍団は背後から追われているかのように忙しい雰囲気を見せていた。FOGビル事件以来のファントム発生に伴う爆発現象。そして出現後の謎の文字。アリーナ会場にはおぞましい量の文字が浮かび上がり、まるで路地裏に落書きされたコンクリート壁のような状態になっていた。今回は監視カメラによってリアルタイムに文字が浮かび上がる過程を記録することに成功したが、結局、事態の判明には至っていない。ハーベスターである高那翠が撤退を開始したと同時に浮かび上がってきた謎の文字群の存在が更に研究軍団の頭痛を悪化させていた。


 例の爆発の規模と跡はFOGビルのものと一致していた。奇跡的に監視カメラが爆発の瞬間を捉え、それを記録している。映像から分析できる情報は少なかったが、一つだけ判明した事があった。

 爆発の瞬間、謎の触手のような物体が爆発地点に映っていた。しかし、それはほんの一瞬であり、60フレームレートで何とか触手が映りこんでいるのを確認出来るほどの僅かな出来事なのだ。初めは、触手を有するタイプのファントムとの比較が進められたが、どれも不一致で関連性を見付けることは出来なかった。


 今回の異常大量発生したタイプGの出現事件は"アリーナ会場事件"とそのまま命名され、ネット上では"アイドル捕食事件"と非常に不謹慎な名前でミームとして拡散されてしまう。

 松宮唯華の死亡は大ニュースとなり、殆どの報道機関がそれに釘付けになってテレビに流す。そして、当然のようにブルーリーパーの批判へ繋がっていく。


 今回の事件を取り上げた記事を電子端末で調べていた翠は鬱蒼な気分でいた。

 翠にとって、死体は見慣れている。四肢がもげて、好き放題に内臓が飛び出た死体なんて何度も見てきた。今更人間の骸を見たところで、翠の感情が大きく揺れることはない。ただ、死体があるとしか認識しない。

 百合音の死が翠の倫理観の鎖を切り離したのだろう。とはいっても、冒涜的な思考に変貌したわけではないのだ。ただ、人が死ぬという事に感情が麻痺してしまっただけなのだ。それなのにどうしてこんなにも気持ちが落ち込んでいるのか。それが理解できないでいた。

 共に出撃した歩兵連中は小さい子供がファントムに食い殺された事実にショックを受けた者が多く、項垂れたような重たい空気が部隊に流れていた。翠は少尉としての威厳を崩すことのないように、彼等には依然とした態度で接している。軍人とはいえ、まだ17歳の翠にとっては、周囲から求められる重圧が苦しすぎる。翠は心にダメージを負っているのを見てみぬふりをして、軍人としての自分を崩さないようにするのだ。


 腕を失い、薬物使用で捕まった教師に殴られてからというもの学校に行けるタイミングを掴めないでいた翠は、何が切欠となったのか、学校へ向かおうと決心する。

 ロビーに置いてある椅子から立ち上がり、荷物を詰んだ装甲バイクを取りに行こうとしたそのとき、後ろから声を掛けられる。



「やぁ、翠少尉」



 アルベン一等軍曹だ。



「なんだ」



「この前の出撃、話は聞いてる。まだ初夏の頃だったか。あのとき、護衛していたアイドルだったんだろう」



「そうだ。それがどうした。もう終わったことさ」



 翠の態度に、アルベンは眉をひそめる。



「随分と飄々としているな。彼女は君の関係者ではなかったのか?」



「だからなんだというのだ。亡くなった妹の方は知らない。アルベン、あんたは何が聞きたいんだ?話の主体が見えてこない。言っておくが、同情なんかいらないぞ」



「別にそんな気持ちで話し掛けたわけじゃない、翠少尉。自分の顔をよくみてみろ」



 アルベンは話を反らす。



「今朝、髭を剃るために鏡を見たさ。すまないなアルベン。あまり機嫌が良くないんだ。あんたに八つ当たりしそうで、だから話す気分になれない」



「ああ、そうだな。俺もここまでにしておくよ。悪かった」



 そう言って彼は去っていった。自分でも分からないうちに、気分が苛立っている事に気づく。この立腹はどこからこみ上げてきたものなのだろう?それが分からなくて、余計に気持ちが悪くなってくる。翠は吐きそうな気分を無理矢理呑み込みながら、駐車場へ。


 IDキーをかざしてロックを解除して跨がる。今日は火曜日、丁度昼休みに入ったところだろう。翠は発進させる前に個人用の携帯端末で優斗へ連絡した。



「さしぶり」



 先に言葉を投げたのは翠だった。



「なんだよ、不良生徒」



 と、優斗はやさぐれたように返事をする。



「お前にだけは言われたくないね。今日は学校に行こうと思う」



「そうかよ。俺も公欠で二週間くらい休んでみたいぜ」



「腕を切り落とせば、それ以上の休みが貰えるぞ」



 翠は冗談交じりにそう返す。



「なんだって?」



「いや、ただの冗談さ。ところで、そっちはまだクスリで檻にぶちこまれた先公の話で賑わってるのかい?」



「もう古いけど、あれは傑作だったな。俺の思った通りだぜ」



「何が?」



「俺も伊達に不良やってるわけじゃねえからな。クスリやってる奴の顔ぐらい分かる。それで、的中したんだよ」



「空港の検査員に向いてる」



「馬鹿を言うな」



 軽い雑談で盛り上げると、優斗は思い出したかのように話題を変えた。



「そうだ、翠」



「なんだ」



「今日は転入生が来てるんだ」



 と、優斗。



「へぇ」



 それに対して、テンションを変えずに返事をする翠。



「興味無さそうだな。外国人だってよ。もっといえば、帰化日本人ってやつだったか」



「何処からやってきた?」



「どこだったか。アメリカのマサチュー……なんだったかな」



 言葉が詰まってる優斗を助けるように翠は話を繋ぐ。



「マサチューセッツ州か」



「そうだ、それ。アーカムってところだったような気がする」



「有名な南極探検隊のミスカトニック大学があるところだな」



「大学は分かるけど、探検隊は知らない」



「ま、学校じゃ習わない歴史だからな。僕に伝えたいのはそれだけか?」



「ああ、それでな。その転入生が凄いんだ。来てみれば分かるぜ」



「楽しみにしておくよ。そろそろバイクを出すから切る。また」



「わかった、じゃあな」



 別れの言葉を告げて、通話を終了。翠はヘルメットを被ってハンドルを捻る。


 プルートー基地から藍深山高校までは遠い。歩いて行くならばそれなりの時間が食われる距離だ。かつての自宅。従姉妹の百合音が住んでいたアパートからは近かったが、今はそうじゃない。翠は新しく完成した戦闘義手の調子がいいことに安心しながら、無心に公道を走る。

 ヤク中の教師に殴られてからというもの、なんだかんだあって学校に登校できていなかった翠は、どんな顔をしていけばいいのか分からなかった。しかも遅刻という形でだ。

 優斗の言った通り、このまま不良生徒に一直線だな。と翠は微かな危機感を覚えていると、視界に藍深山高校が映ってきた。


 近付く度に憂鬱な気持ちになってくる。どうしていきなり学校へ行こうと決心したのか自分でも分からない。別にこのまま通りすぎ去ってもいいのだ。いや、そうしたい。

 しかし、身体は思考とは真逆に動いて次第に学校の校門に近付き始める。そのときだった。


 どうも様子がおかしい。


 校庭の方が異常に騒がしいのだ。体育の賑やかな声ではなく、どこか不安の混じった喋り声が微かに聞こえてくる。何やら不穏な空気を感じた翠。無意識に腰のホルスターへ手を伸ばし、拳銃が入っているのを確認する。

 ゆっくりとバイクを進めながら、校門を抜けようとすると……



「はやく外へ、喋らずにさっさと出ろ!死にたいのか!」



 中年の男性教師の怒鳴り声が響く。彼が飛び出してきた正門から、ぞろぞろと生徒達が出てくる。その顔ぶれは、翠が所属しているクラスだった。

 避難訓練にしては空気が違う。未だに状況を理解できずに、バイクに跨がったままの翠。

 その姿が彼の視界に入ったのか、驚いた顔で翠の方へ視線が変わった。



「おい、そこの軍服男!関係者以外は立ち入り禁止だ!」



 その教師は再び怒鳴る。逃げまとう生徒を放置してこちらへやってくる。

 大股で歩いてくるのを横目に、翠はヘルメットを外した。



「あ、お前は」



「1年の高那翠です。何があったんですか」



「化物だ、化物が出たんだよ!緊急避難で生徒を校庭に集めてるんだ!お前もはやく校庭へ行け」



「化物だって?」



「そう言っただろ。さっさと……」



 翠は、ホルスターから拳銃を引き抜いた。



「それはファントムではないのか?ブルーリーパーに通報はしたのか?」



「何を訳の分からない事をいってんだ。ふざけているのか」



「ふざけてなどいない!もしもファントムなら校庭に生徒を集めている場合ではない。車を出すなりなんなりして一刻も早く学校から離れさせるんだ!」



 翠は怒鳴り返す。



「散らばったら逆に危険だろうが!鉄砲のオモチャなんてぶら下げやがって。この不良め!」



「これはオモチャじゃない、実銃だ!それに、貴方は教師なんだろう!あの駐車場に山程とめてある車で生徒を逃がしてやれよ!生徒を守るのが教師の役目なんじゃないのか!」



 バイクから降りて翠はトランクからPDWを取り出して、スリングを首に掛けたそのときだった。ガラス張りの正門を突き破る音。それに反応して叫ぶ生徒達。風を切る音が大きくなっていく。目標は、教師だった。


 翠は瞬時に判断して彼を庇い、肩甲骨で飛翔物を受け止める。バリアドレススーツならば大丈夫だと安心しているところを激痛が体を駆け巡る。スーツを貫通して骨に直撃したのだ。

 幸い、ハーベスターの頑丈な肩甲骨で止まり、翠は呻きながら背中に突き刺さった物体を引き抜く。


 自分の背中を貫いたのは、間違いなくタイプAの飛ばす槍だった。

 それを地面に投げ捨てると、翠はPDWの薬室に弾丸を送る。



「あ、あぁ。背中に」



 狼狽する男性教師に翠は言い放つ。



「これより我々ブルーリーパーは校内へ突入する。いいか、貴方はプルートー基地へ通報を入れて、他の教師達に自分の車で生徒を逃がすように命令してくれ。それが出来ずに生徒が一人でも死んでみろ、それは貴方の責任だ!」



 背中の痛みを堪えながら、翠は正門へ走り出す。

「ミスカトニック大学」

・アメリカ合衆国マサチューセッツ州アーカムに1797年に創立された総合大学。

 南極に探検隊を派遣したことで有名であり、学部として考古学部、人類学部、歴史学部、動物学部、化学部、数学部、物理学部、政治経済学部、心理学部および医学部等が存在する。そして、学部の上に大学院が設置されている。

 付属の図書館には、研究中の古代文学が厳重に保管されているようだ。

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