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言霊

 文字は言葉になり得るか?

 翠はプルートー基地に到着し、装甲バイクを自動運転で駐車場に向かわせて足を進める。向かう場所は研究軍団が潜む戦術作戦本部の研究室だ。前に尋問を受けた所だ。

 道中、見知った顔に会うことなく、翠は目的地に到着する。周りの空気が冷たくなったような気がする。陰気臭く、どこか肌寒い。自動ドアを開けて、研究室へ入る。



「こっちだ」



 遠くから翠を呼ぶ声。それに従って慌てることなく声の元に辿り着く。

 今度は手動のドアを抜けると、さほど広くない部屋に入って椅子に座らされた。周りには整頓された夥しい書類群。きっと執務室か何かだろう。2分以内に戻ると告げた痩せぎすな研究員は、翠を置いてそそくさと部屋から出ていく。


 翠は退屈する余裕もなく、ただ俯いて時間が過ぎるのを待っていた。アナログな掛け時計の針音が耳障りだ。

 やがて、1分程度で帰ってきた研究員は電子端末を手に持って翠と対面。



「待たせました。それでは、話に移りましょうか」



「何を話せば良い。前みたいに哲学議論はごめんだよ」



「いいえ、今回は少尉殿を問い詰める話ではありません。これを見てください」



 そう言って研究員は端末に映した映像を翠に向ける。



「これは」



「ええ。この前の作戦ですよ。夏祭りの」



「チェーンソーで胸を斬られたときか。それで、これが一体?」



「この映像は、作戦の後日に第6現地研究調査対策開発部隊が撮影したものです。少し動画を飛ばしましょう」



 彼はそう言うと端末を操作して映像を送り、1分を過ぎたあたりで等倍速に戻す。

 画面に映っているのは例の未確認ファントムが翠によって殺害された位置だった。辺り一体に飛び散っていた筈の血は綺麗に蒸発しきって無くなっている。調査隊が簡易ゲートを設置して閉鎖しているのが見えた。そのゲートを跨いで、撮影者はカメラを地面へ向けた。

 そこには、オレンジ色に光る文字。まるでホログラムのように浮かんでいるような不思議な文字がそこにあった。



「合成ではない。現地の部隊からも報告が上がっている。少尉殿、貴方はこの作戦で大きな怪我を負いましたが、無事に遂行しました。だから心身共に疲れきっているのは分かっています。しかし、この事態を一刻も解明するには貴方の証言が必要なんだ」



「証言といっても、な」



 一旦、沈黙を挟んで再び映像へ視線が変わる。確かに文字は文字だが、今まで生きてきて見たことのない形をしていた。古代文明の文字のように歪で共通性が不明なデザインである。

 映像が終了すると、端末を懐に戻した研究員は翠を見つめた。



「少しだけでも良いのです。一般部隊に情報を公開するには情報が少なすぎる。きっと混乱を招いて士気の低下へ繋がるだろう。故に、研究を進めなければ……」



 段々と表情が曇っていく彼は、翠の言葉で意識を取り戻したかのように視線を上げた。



「貴方の心境は理解できる。しかし、僕からは何も言えない。出来るとすればヘルメットカメラの映像を渡すくらいだ。だが、僕が記憶してる限りではこんな文字が浮かんできたことはなかった」



「そうですか。残念ですが、こちらで研究を進めるとしましょう」



「ところで、未確認のファントムについては?」



「貴方が殺害した未確認ファントムについては研究が完了しています。しかし、アルファベット番号を割り当てようにもタイプbとの共通点が多く、難儀しているところだ。今のところゲインと命名し、作戦コードに登録しています」



「ゲイン?どこからとった名前だ?」



「エド・ゲイン。レザーフェイスの元になった殺人鬼の名前ですよ」



「あぁ、古い映画の」




 そのあと、翠は研究室を出ていった。重苦しい空気から解放されたような気分だった。

 ロビーのソファーにもたれこみ、モニター投影で写し出された外の景色を眺める。まるで全面ガラス張りのビルにいるような錯覚に陥ることができる。外から見れば、頑丈な防壁に囲まれた軍事基地だ。

 翠は、この瞬間だけが自分が全てから解放されているのだと感じるようになってきた。プルートー基地で身を休めているこの時が。

 誰にも縛られることなく、誰にも文句を言われることもない。顔を会わせるのは同じ軍人だけだ。礼儀も、意志もお互いに理解している。いつ、どのタイミングで出動命令が発動されても2分以内に準備ができる。

 最高じゃないか。他にも必要な全てが揃っているのだ。それが軍事基地というものだ。


 魂を抜かれた骸のような顔で、実際には浴びていない日光の光を感じているような気になっていた翠。嫌なことも、今だけは忘れることができる。そう思った刹那に、翠は叩き起こされることになる。


 部隊連絡用の端末に緊急連絡。同時に基地内にもアラートが鳴り響く。

 ファントムだ。ファントムが発生したのだ。歩兵たちが自分の装備を求めて走り回る。

 翠もそれに応じて一瞬で気持ちが切り替わり、自分の装備が置かれている部屋へ走り出した。軍靴の音が鳴り響く。


 狭い廊下を抜けて、仮の自室へ。登録されたカードでロックを解除して入室。既に何人かの歩兵たちが着替えている途中だった。




「どこから湧いたんだろうな」



「東京のアリーナ会場らしい。佐官達が騒いでた。前に翠少尉と……あぁ、本人が来た」



 翠の入室に気付いた頃には、大体の戦闘装着が完了していた。翠も急いで自分の装備を着込み始める。



「少尉殿、最新のバリアドレスは?」



「まだ着なれてないんだ」



 既に戦闘服は着込んでいるため、後は必要な装備を装着するだけだ。慣れた手付きでボディーアーマーとバトルベルトを着けて、腰に下げていた拳銃をレッグホルスターの方へ入れ換える。


 ヘルメットは着けたままなのが幸いだ。もしもバイクに乗せていればもっと遅れてしまっていただろう。



「さぁ、いこう。眼鏡野郎の長話が待ってる」



 翠はそう言いながら部屋を後にした。

「第6現地研究調査対策開発部隊」

・ブルーリーパー日本支部プルートー基地に所属する部隊。研究軍団に所属する戦闘兼調査部隊。

 戦闘力を持つ研究員といった集団で、第1部隊はアメリカで活動しており、日本のみで活動している部隊は第5部隊と第6部隊のみ。

 ハーベスターの出撃に追従する場合もある。

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