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荒涼

 人は孤独では生きていけない。そんなもの、他人が勝手に決めつけた妄想だ。

 重なりあう2人の瞳。夏を過ぎた空。透けた雲の上、太陽が射し込む。綾美の顔がそれに照らされる。

 美しい茶色の瞳。透き通るように輝く虹彩。翠はその瞳が怖かった。理由は分からない。きっと大したことではないのだろう。それなのに、彼女の透き通る眼が恐ろしかった。



「君は何が知りたい」



 翠は恐る恐る言葉を放つ。



「知りたい?そっちが隠してばっかりで、まともに話し合おうとしないからでしょう」



「隠してなんかない」



「君が背負い込む性格とは思わなかった。この前、百合音さんのアパートの前で死にかけてるのを助けたときも、君は礼の一つも言わずに苦し紛れの文句を吐いて出ていった。なのに今は養子でいさせてくれなんて。虫のいい話だね」



 綾美は容赦なく言い放った。返すことができない言葉に、翠は俯く。



「別に面と向かって嫌いだって言ってるわけじゃない。喧嘩なんてしたくないから」



「……君は、君がどうしたいのか。僕は分からない」



「どうしたいって、私はそういう態度が気に入らないって言いたいの」



 その言葉に翠は俯きながら答える。



「君が怒っているのかどうか判断できるほど、僕は心理学に詳しくない」



「冗談のつもり?なら一生そうやってればいい。こっちもコミュニケーションのやり方を変えた方が良さそうだね」



 綾美は言い切った。真っ直ぐに、迷いなく。翠はその言葉に大きく心が揺らされた。


 それでも翠は綾美の考えている事が理解出来なかったのだ。彼女とどう接すればいいのか、幼馴染みというのに、その記憶を全く覚えていない事から、綾美という人物が全く頭に浮かんでこない。その事実に嫌気がさしてくる。

 翠からしてみれば、そもそも新谷家への恩義もない。ただ、過去に関係があっただけ。その程度の認識なのだ。従姉の百合音の知り合いであるということだけなのだ。

 しかし、百合音はもういない。翠には守るべきものがなかった。戦う理由も、生きる理由さえも。世間からは煙たがられ、転がり込んだ居候先では訳もなく不快感を覚える。


 翠は、自分でもどうしたいのか理解出来ていないのだ。


 綾美の言葉を最後に、部屋には静寂が漂う。綾美は翠を見詰めるが、翠はそれを拒絶するように目を反らす。

 この空気に耐えきれず、翠は家を出ていこうと玄関へ歩き出した。綾美はそれを引き留めることもなく、ただ足音が響く。

 半長靴に足を突っ込んでサイドジッパーを上げる。そそくさに玄関を開けて装甲バイクに跨がった。エンジンを起動してタイヤを走らせる。向かう先はプルートー基地。


 翠は、ヘルメットがいつもより重たく感じていた。モニターに映し出される情報が煩い。まだ夏の空気が残る風が袖の隙間から入り込む。

 無心にハンドルを捻り、ついさっきの記憶を忘れようと頭を絞る。細い義手の指が、絡む。


 途中、通り掛かったコンビニで軽い昼食を購入し、バイクにもたれかかってそれを食す。味がしない。味が感じない。翠は食べ物を食べているという感覚が薄れていた。ただ、空いてしまった腹を満たすために物体を飲み込んでいる。そんな風に感じる。空きっ腹では身体が動かない。


 栄養ゼリーとビスケット型のバランス栄養食を胃袋に流し込み、再び装甲バイクに跨がろうとしたとき、携帯端末の連絡通知が響く。

 太股のポケットからそれを取り出し、誰からのものなのか確認する。ずっと通常端末を放置して、部隊連絡用の特殊端末ばかり使っていたせいなのか、トークアプリに大量の通知が届いていた。最大で6件。それを開く。



―生きてる?



 最新の文章がそれだった。送り主は松宮咲華。他はライブ衣装の写真や同じような生存確認を促すものばかり。三週間も時が過ぎてやっと既読がつく。

 翠はなんて返信すべきなのか迷っていた。今までに起きた事を全て話してよいものなのか、それとも黙り通しておくべきなのか。どちらにしろ、彼女にとって翠が何をしていたかなんて興味もないだろう。そう思って携帯端末をポケットへ突っ込もうとしたとき、電話が掛かってきた。

 慣れない安上がりの義手のせいで端末を落としそうになる。鈍い反応の画面をタッチして応答する。機械のその向こうに、聞こえてきた声は……。



「ビックリした?」



  松宮咲華だった。



「やっと既読つけてくれたんだもん。ずっと何してたのさ。お仕事?」



 電話を掛けてきた矢先、翠の返事も待たずに質問を投げ掛ける咲華。高いテンションの彼女とは反対に、翠は気が滅入った声で返す。



「何の用」



「さしぶりに電話したのに、酷いなぁ。何か悪いことでもあったんでしょ」



「君も知りたいのか」



「はぁ?君もってどういう」



「知らなくて良い。僕は今から基地に向かうから忙しくなる。それと、トークアプリの連絡先はブロックしてほしい。もう、君と話すつもりはない」



「あぁそう。じゃあそうするよ。バイバイ」



 彼女の方から電話を切った。翠の鼓膜には寂しい機械音が流れるだけ。


 今の翠は錯乱している。咲華の好意を全てはね除けて、百合音が亡くなったこと、左腕が義手になったこと、仲間がいなくなったこと。抱えに抱えてきた悩みを打ち明けることは出来なかった。ただ、誰にも苦しみを吐き出せずに隠し続けているだけ。


 優斗は翠のどこか荒れた気を勘づいているのか、あまり干渉しようとしてこない。翠はその態度が悪いとは思っておらず、むしろ感謝をしている。何故ならば、この鬱憤が優斗に八つ当たりしてしまう可能性があるからだ。

 それに、優斗ならば義手になったことくらい簡単に流してくれるだろうという勝手な願望があった。


 翠は内に押さえ込んだ気持ちを何度も嘔吐しそうになる。それを堪え、ゆっくりとヘルメットを被った。



 覚悟はできている。ただ、その覚悟が必要になる瞬間が早かっただけなのだ。

「義手」

・本来は欠損した腕を補う為の医療道具。本作品では戦闘義手という技術が存在し、カーベックや翠が装着している義手のように、軍事関係の用途に特化したモデルが存在している。

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