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必然

涼しい風。熱風を巻き込んで、遠くへ飛ばす。

 夏が終わる。外の風は涼しくて湿気た空気も薄れていく。8月の最後。

 高那 翠は病室で目を覚ました。薄暗い部屋に一人だけ。衣服は患者服に変わっており、胸元には何かが巻き付いているような圧迫感があった。翠はベッドから降りようと左手で布団を剥がそうとするが、その左手無かった。

 欠損しているのは元からだ。しかし、義手はどこへいったのだ?さしぶりに感じる喪失感が心に絡み付いてくる。そうやって放心しているとカーテンがゆっくりと開いた。



「もう起きたのか」



 プルートー基地の軍医だった。



「僕の左腕は何処だ」



 翠は会って早々質問する。その言葉に呆れた感情を表す軍医。



「腕よりも胸の傷を気にしたらどうだ。今から君の状態を説明してやろう」



「そんなことはどうでもいい。今すぐ原隊復帰出来るのかどうかだけ教えろ」



 右手で布団を剥がしてベッドに座る。



「傷は塞がってる。君が運ばれてきたときには既に瘡蓋が出来上がっていた。削られた骨もこの回復速度なら一週間以内に元に戻るが、胸骨は造血器官だ。完全に回復するまで後遺症はあるからな。原隊復帰は明後日に申請可能だ」



「明後日だな。左腕は?」



 忙しい雰囲気を漂わせて話を進める翠。軍医は市販の鞄に手を突っ込んで、中に詰め込んでいた義手を取り出した。その戦闘義手を目にして翠は狼狽する。

 頑丈に設計された合金の腕がまるで粘土のようにひしゃげていたのだ。くっきりと手形が残っており、あと少しで握り潰せそうな形に成り果てていた。



「掴まれたのがこっちで良かったな、少尉。もしも右手だったらどうなっていたか考えたくもないだろう」



 と、軍医は皮肉のように言葉を放つ。



「新しい義手が支給されるまで少し待て。原隊復帰までには間に合わせる。それまで応急の義手を使っててくれ」



「またあのガラクタを?」



「文句があるなら付けなくてもいい」



「それは持ってきてるのか」



「あぁ、ほら」



 軍医は肉と皮を剥がされたような義手を翠に渡した。かつて翠が付けていた物だ。教師に殴られて壊された安物。

 翠は慣れた手付きで義手を無くなった左腕に固定して立ち上がった。床に置かれていたスリッパを履いてその場から去ろうとする。しかし、軍医に引き留められる。



「君が寝ている間に精神ストレスをチェックさせてもらった」



 と、軍医。それに翠は苛立った様子で言葉を返す。



「人の脳を勝手に調べたのか」



「そうじゃない。簡易的なものだ」



 軍医は座っているパイプ椅子の背凭れに体重を掛けると、見透かしたような雰囲気で話を続けた。



「君の戦闘時におけるストレスはゼロ。それ以外のストレスが占めている。家族関係や人間関係、異性との付き合い」



「僕の家族は全員死んだ。もういない」



「それはどうだっていい。どうして君は戦闘ストレスを感じていないんだ。あのトン・モーザでさえ一度はメンタルをやられかけた。しかし、君はその兆候が全くといっていいほど存在しない。どうしてだ」



 翠は少しだけ彼の方に顔を向けて静かに質問に答える。



「恐怖は感じてる」



「しかしそれはストレスではない」



「恐怖がストレスでなかったら、何だというのだ」



「……君は、自分を見詰め直した方がいい。あまり良い方向へ進んでいないようだ」



「貴方の哲学には興味ない。それでは」



 翠は話を切り上げて病室を後にした。軍医の警鐘なんぞ心底どうでもいい。自分は戦うために今を生きているだけだ。少なくとも今はそうだ。死んでいった者達の分を戦うのだ。それが自分が出来る彼等への償いなのだから。それを否定されるつもりなんてない、この身がどのように滅んでいこうが構わない。幾度でも地獄から甦って牙を見せよう。翠はそう考えた。

 あのとき、炎に包まれたときから自分はハーベスターとして生きていくと決めたのだ。自分が死んでも世界は続く、現実は終わらない。ファントムは人類へ歯向かい続ける。ならば、この身が燃え尽きるまでそれに抗ってやろうではないか。この自分に与えられた全ての力で。


 自室へ向かって戦闘服へ着替える。着慣れた服に袖を通そうとしたとき、ふと目の前の段ボールに目がいった。そこまで大きくはない箱。宛先は自分宛だ。着替え終わった翠はがさつにテープを剥がして中身を確認した。

 黒い服。いや、若干青っぽい地味な色が視界に映る。密閉されたビニール袋に詰められたそれは、戦闘服だった。

 全部で4着。段ボール箱の底には全文英語の説明書。翠はそれを手にとって読み出した。


 解説によれば、従来のスコーピオンW2迷彩のバリアドレススーツの欠陥点を克服し、更なる高性能を実現した新型バリアドレススーツとのこと。名称はBDS2。 迷彩パターンをスコーピオンW2からA-TACS LE CAMOへ変更。ジャケットタイプからコンバットシャツタイプへ改良し、32%の軽量化。

 そして旧世代のバリアドレススーツでは実現出来なかった機能が追加されている。


 それは超能力エネルギーによるバリアの再充電である。旧式では充電器によって蓄電した電力と超能力エネルギーの反応でバリアを形成しており、一度そのバリアが破壊されると再充電しなければ機能しなくなるというものだった。

 しかし、このBDS2はバリアを破壊されても装着者の超能力エネルギーが途絶えない限り、バリアを再形成して回復し続けるというものだ。ハーベスターの生存性が飛躍的に跳ね上がる新技術である。


 長ったらしい文章を読み終えた翠は、その説明書を再び段ボール箱の底へ投げ入れ、旧式の戦闘服のままアルベン少佐の元へ足を歩かせた。また、面倒くさい報告書を書き上げる時間がやってくる……。



 プルートー基地から解放された高那翠は特に行く宛も無くて困っていた。

 適当にバイクを走らせながら、例の新タイプのファントムについて思い出す。


 新型のファントム。頭部に該当する部位にチェーンソーが生えているという前例の無い異形の存在。翠のヘルメットカメラに記録されたデータを見た研究軍団はさぞ驚いているだろう。撃破後、現場に駆け付けた調査部隊は寝る暇もなく働くことになった。最後の夏祭りは軍用車両で溢れるという結末となったのだ。

 情報を得るために翠は尋問される予定だったが、想像以上の重症の為に休養の方が先だと判断されて、身柄を解放されているのだ。怪我が治って復帰した時が地獄である。


 結局行く宛もなく、新谷宅へ戻ってきた翠。光を浴びて熱を帯びたバイクを駐車して、ブルーシートを被せる。ヘルメットを外して、インターホンを押した。

 応答したのは綾美だった。


 挨拶することもなく、目線も合わせず家の中へ入る翠。全身迷彩の男。

 慣れない左手を使って半長靴を脱ぎ、どこか軍人らしい大股で居間へ向かうと、使い慣らしたアサルトバックパックをテーブルに置いた。

 重たい音が鳴る。木製のテーブルが軋む音。翠は構わず中身を確認していく。


 その様子を近くのソファーで眺めていた綾美。電子端末にイヤホンを装着して音楽を聞いているフリをしているのだ。どうしてそうしているかは、自分でも分かっていない。おそらく、ただの好奇心だろう。


 薄目で悟られないように翠の事を見つめる。古くから知っていたはずの彼は、大きく変わってしまった。

 背が低く、細身だったのは変わらないが、性格も思考も別人になってしまった。軍隊というものは、人間を洗脳する訓練でもやっているのか?彼女にとっては、そう疑いたくなるような変貌だったのだ。

 幼少期から部屋に閉じ籠ってばかりだった彼。百合音の仕事の関係で、何度か家に訪問したことがあるが、翠の姿は見ることは滅多になかった。幼い好奇心に駆られた綾美は恐る恐る扉を開けて、彼が閉じ籠っている部屋に入ってみたのだ。その中には一歳だけ年上のはずなのに、自分よりも幼く感じる姿。

 無心にゲームをしているだけの少年がいた。自分の入室に気付いた幼き翠は、綾美のことを拒むわけでも、特別に歓迎にするわけでもなく、ただゲームに没頭していた。


 綾美は、あまりゲームというものに興味が無かった故に、彼が新鮮に感じた。やっていたのは名前も知らないゲームばかりだった。

 中学生になって引っ越す頃には、彼の家に家族が向かうことも少なくなった。

 高校で再会したときは顔がうまく思い出せなかったのは事実だ。内向的で友達の少ない綾美にとっては、唯一身近にいる家族以外の異性の人間だった。



「……」



 沈黙。翠はまだアサルトバックパックの整理を続けている。やがてチャックを閉めようとしたとき、ふいに着信音が鳴り響いた。

 着信音というよりは警報。聞き慣れない音がイヤホン越しに綾美の耳を障る。



「こちら高那 翠少尉」



 英語を話す彼。綾美は断片的ではあるが、その言葉の内容を理解する。



「所属部隊の明言は必要か?分かった。18時までに基地へ?また研究軍団の口割らせ尋問だろう。やるなら早くやった方がいい。相手も待たされるのは腹が立つだろうしな。胸の傷は大丈夫だろう。少し骨を削られた程度だ。軍医からもすぐに治るって言われた。今のところ後遺症もない。それにしても研究軍団は性根が悪い。こちらは正式に休暇を受け取ったのに、それを焦らせるつもりか。ああ、今から向かう。それでは」



 そう言い終えると自分から通信端末を切った。それを綾美はずっと見て、聞いていた。

 尋問、胸の傷、不穏な単語が次から次へと飛び出してくる。綾美は、目の前の青年が自分の知らないところで何をやっていたのか、想像もできないでいた。


 バックパックのチャックを閉め切った翠はそれを背負って再び外へ出ようとする。時間はもうすぐ昼だ。梅が買い物から帰ってくる。彼女の人間性からして、わざわざ翠のために昼食を作り始めるだろうが、それを避けるように翠は逃げていく。

 どうして、彼はそこまでして日常から逃げようとするのか。それが綾美には分からなかった。



「私、英語分かるんだ」



 緊張を押し殺して、綾美は翠に聞いてみた。顔だけこちらを振り向いた彼。遠い景色を眺めるような目。



「胸の傷ってなに?」



 綾美の質問。それに戸惑う翠、



「さっきの話、聞いてたの」



「うん」



 だが、彼は顔を背けて言葉を返す。



「君には」



「関係ないって言うんでしょ?」



 そしてその言葉を遮った。綾美の言葉に驚いて、背けた顔を再び彼女の方へ向けた。



「……君は、知らない方が良いんだ」



「どうして」



「……」



 それに翠は答えられない。二人の目が見つめあった。

「ハーベスターの使用する戦闘靴」

・様々な任務に赴くハーベスターは、その状況によって靴を臨機応変に使用する。

 走行バイクに搭乗する作戦においては半長靴型のコンバットブーツを着用し、通常作戦においては登山靴型のタクティカルブーツを着用する。

 半長靴型はサイドジッパーが使用されている。

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